黒いドレスの女 part4
話し終えると、ノーラはふうっとため息をついた。
「これが、あたしがその当時聞いた事件のすべて。その後、彼女の遺体は切り刻まれ、再度灰になるまで焼かれた後、ドイツのどこかに封印されたはずなんだけど、それがなんでまた」
「考えられるとしたら、ヒトラーだ」
ヘンリーが話し出した。
「MI6の調査では、ヒトラーはオカルト主義の信奉者で、人間を超えた力を手に入れる事に執着し、黒魔術に傾倒したり、世界各地の遺跡や封印された霊廟を探しまくっているって報告がある。
さっき言ってたその魔法って、手に入れる事ができれば、現代でも他国を侵略するのにすごい武器になるんじゃないのか?」
「と言うことは、ヒトラーがその魔法目当てで封印されていた魔女の遺灰を見つけ出し、現代に復活させた可能性が高い訳ね」
「あのチョビひげ、まったく余計な事をしてくれる」
ボヤきながら、ヘンリーの眼光が鋭く光った。
「だが、これで連中の狙いはわかった」
「ヘンリーさん、何がわかったんですか」
背中をレスターにさすられながら、青い顔色のアーサーがソファーに座った。
「大丈夫かい?」
「ナチ党って、単にドイツの政権を取っただけじゃ無いんですか。何をしようとしているんですか?」
「うん、いい質問だ。単に政権を取っただけなら何も問題はないんだよ。本来ナチ党はソビエト連邦の推し進める社会主義への対抗勢力として我々イギリスやアメリカ、フランスなどと同じ民主主義陣営だと思われていたからね」
ヘンリーは黒板にナチ党の戦略を書き出していく。
「ところが政権を取った頃からドイツ国民とドイツ民族を優先する強烈な民族主義を全面に打ち出してきたんだ。
ヒトラーに言わせると、優秀なドイツ民族とそれを率いるナチ党こそが正義。
他民族はそれに劣る存在だから、自分たちが正しい管理を行うことが幸福。劣等人種、劣等民族の作り上げた国や社会は支配されて当然。いやこの世から抹殺されるべき存在。簡単に言うとこれがナチズムだ」
「そして彼らの思想を象徴するのが、反ユダヤ主義。
具体的に言うと、ユダヤ民族に対する社会的圧力と排除、そしてその先にあるのはジェノサイドーユダヤ民族の抹殺だ。」
「ジェノサイドって、そんな…だって、彼らには何の罪も無いわけでしょ!」
ヘンリーはアーサーを見つめながら問う。
「違う思想を持つ、違う民族は滅ぼされて当然。これって何かに似てないかい?」
「……魔女狩りだ!」
アーサーは叫んだ。
「そうよ、アーサー」
ノーラがゆっくりと喋り出した。
「これはヒトラーの意思なのか、どこまでニナがコントロールしているのか。それは今の所わからない。
でもニナがやろうとしているのは、自分たち魔女の一族がされた余りにも酷い仕打ちを、行った側のドイツ人であるヒトラーを利用して世界中で行おうとしている訳よ」
ヘンリーが話をつなぐ。
「ユダヤの次はどの人種?どこの国?魔女狩りと同じだ。暴走した正義は止まらないよ。
よしんば失敗してもドイツは人道的、国家的犯罪を行った呪われた国として永久に歴史に刻まれる」
アーサーは言葉が出なかった。
彼女がされた仕打ちは、確かに酷い。酷いけど、でも、これは違う。
「じゃあ、なんで彼らはウォルズリー家に、ルーパスさんに近づいたんですか?」
「そこだ」
「ドイツは手中に落ちた。続いて狙いを定めたのが、世界に影響力のある我がイギリスなんだろう。
そして今のイギリス政府と王室に最も近く、発言力を持つのがウォルズリー家だ」
ヘンリーが黒板に王室とイギリス政府、そしてウォルズリー家の関係をトライアングルで結んで書き表した。
「ただ、現在の当主ハワード氏は、政府にも王室に対しても極めて慎重に距離を置いている。
そしてウォルズリー家は外部の人間が容易に近づいたり利用することができるような存在じゃない。だが」
ヘンリーは黒板にルーパスの名前を書き、大きな丸で囲った。
「そんなウォルズリー家で唯一のウィークポイントと言えるのがルーパスだ。
一族の鬼子として放置され、自由に振る舞ってる彼なら接近しやすいし、彼自身に魔力が無い分、取り込んでコントロールも容易だろう。
その彼が、もし当主になったら?政府と王室に対して圧力をかけて、今のナチ党率いるドイツを肯定する方向へ導く可能性がある」
「もっと最悪のケースも考えられるわ」
ノーラが絶句するアーサーを見つめ口を開く。
「ドイツと同盟を結び、英独同盟として戦争を引き起こす可能性もある。ファシズム国家としてね」
最後に、まるで自分自身に言い聞かすように言葉を締めくくった。
「ルーパスと一緒にいた女が黒い森の魔女だとしたら、あたしたちも覚悟を決めないといけない」




