モーターサイクル
「本当に帰るのか?」
「仕方ないよ、明日の朝一に提出しないといけない書類があるんだ」
夜も遅くなり、ヘンリーは城に泊まっていくようにとのレスターの忠告を断りロンドンまで帰るというので、アーサーたちは玄関まで見送ることにした。
「お役所勤めとしては、やらなきゃいけない事も多いんでね。今日は徹夜仕事だよ」
廊下を歩きながら、ぼやくヘンリーにノーラが告げる。
「相手の正体がわかったところで、とりあえず極力ひとりにならないようにして、身の回りに気をつける事ね、ヘンリー。あんたわかってる?」
「……相手はいつ、何を仕掛けてくるかわからないってことだな」
ヘンリーは肩から下げた鞄から戦闘機のパイロットがかけるようなゴーグルを取り出しながら応える。
「そうよ。単なる権力や財産目当てなんかじゃあない、復讐に取り憑かれた過去の亡霊、歴史に残る魔女が相手なんだから。できるだけ用心しないとね」
「おやおや、心配してくれてるのかい?ありがとう、白猫のねーさん」
ニヤリと笑うと、ウインクをしてゴーグルをかけた。
「あんた、あたしをナメてるの?本当にわかってるのかしら」
二人の掛け合いを聞きながら、ノーラをイラッとさせるなんてヘンリーさんはすごいなあとアーサーは心の中で感心していた。
玄関に着くと、ヘンリーは正面近くの植え込みから、大型のバイクを引っ張り出してきた。
「ヘンリー、おまえまたそんな物を……」
レスターのなげくような声を遮るように、アーサーが突拍子もない大声をあげた。
「うわあああああ!ほ、本物のモーターサイクルだ!!」
「へえ、アーサー君はこいつを知ってるのかい?」
アーサーの意外な反応にヘンリーは笑みを浮かべる。
「ぼくのパパが、イギリス留学時代に乗ってたことがあるって写真を見せてくれたことがあるんです!ママを後ろに乗せてツーリングしたこともあるって言ってました!
これって、BSA社ですか?」
「残念!こいつはトライアンフの最新型、その名も『スピードツイン』さ」
「『スピードツイン』…ですか!」
「そう、ここを見てごらん。その名の通り、並列二気筒になっているんだ」
ヘンリーはピカピカに磨き上げられたエンジン部分を指差した。
「しかもこいつはうちの部署で特別にチューンナップしているから、トップスピードはマン島レースに出してもぶっちぎる速さだぜ!」
「すごいすごい!ノーラ!見てほら、すごいよコレ!」
大はしゃぎするアーサーを見てノーラが呆れたようにつぶやく。
「あんたたち、ホントーに今の状況を理解してる?」
ヘンリーはバイクに跨ると、中腰の体勢からペダルに足をかけ、踏み込んだ。続けて二度、三度と踏み込むと
パン!パパパパン!とエンジンがかかり、ヘンリーのアクセルワークに合わせて並列ニ気筒のエンジンは、カミナリのような爆音を奏でる。
「あーもう、うるさいし、臭い!本当に男って訳のわからないものが好きね!」
うんざり顔のノーラと対照的に、ヘンリーとアーサーは盛り上がっている。
「アーサー君、今度よかったら乗ってみるかい?」
「ええ!いいんですか!?ねえ、聞いたノーラ?」
あまりの音にノーラは耳をふさいで知らんふりを決め込んでいる。
「ヘンリー、あまり飛ばしすぎないように、くれぐれも気をつけて帰るんだぞ」
「わかってるよ、父さん。じゃあ!」
ひときわ高いエンジン音を響かせて、丘を下って行くヘンリーの後ろ姿をアーサーはうっとりとした目でじっと見つめていた。
「アーサー、いつまでも見てないの!早く寝るわよ!」
「あ、うん」
レスターとノーラに続いて城内に入ろうとしたアーサーは、城の周りを漂う小さな光を見つけた。
それは本当に小さく、弱々しい光でアーサーたちを見下ろすようにふわふわと漂っている。
『あれ…何だろう、ホタルみたいだけど……?イギリスにも日本と同じようにホタルっているんだろうか』
「アーサー!」
「ああ、ごめんなさい!」
慌てて駆け込むアーサーを見送るかのように、小さな光は闇にスーッと消えて行った。




