黒いドレスの女 part3
「アーサー、あんた、中世ヨーロッパで魔女狩りが盛んに行われたのは知ってる?」
「うん、でもあんまり詳しくは」
「本来、魔女ってのは普通の人間に比べ長命で、特殊な能力を持ってはいるけれど、それ以外は普通の人間と変わりなく、人里離れた森の中で平和に人間たちと共存してきたわけ。
ところが中世になって教会の力が強くなってくると、他人より優れた力や考え方を持つものを異端者として徹底的に迫害する様になっていき、ヨーロッパ全土に広がっていったのよ」
「あ、あの、ノーラ。うちのご先祖は大丈夫だったの?」
「あんた話を聞いてなかったの?さっきヘンリー坊やが言ってたみたいに、このウォルズリー家だけはイギリスの長い歴史の中で、その魔力で他国の侵略を防いだり、財政難の時には莫大な経済援助をしたりと教会はもちろん、政府や王室も手が出せない特別な存在な訳だったのよ」
「……何だか凄いんだねえ」
アーサーはため息をついた。改めて、自分が思っていた以上に母親の生まれたこの家の歴史と凄さを実感させられたのだ。
「でも、他の国の魔法使いや魔女たちはそんな訳にはいかない。フランスでも、ドイツでも魔女狩りは盛んに行われていたの。中でも有名なのが十七世紀のドイツで起きた『シュヴァルツヴァルトの惨劇』と呼ばれる事件よ」
「しゅ、しゅゔぁるつ?」
噛みかみのアーサーを放っておいて、ノーラは話を続ける。
「ドイツではバーデン地方一帯の森林地帯をドイツ語でシュヴァルツヴァルト、「黒い森」って呼んでたんだけどね。その辺りは昔から魔女の一族が平和に暮らしていたんだけど、教会がそれらの魔女たちを片っ端から死刑にするって宣言したのよ」
「そんな、むちゃくちゃな話じゃないか!」
「日本で生まれ育ったアーサー君には理解し難いだろうね。実に教会らしい話じゃないか!神の御心に背くもの、従わざるものには神に代わって使徒が裁きを下すって訳だ」
ヘンリーが皮肉めいた軽い口調で話すのを聞いて、レスターが厳しい視線で見つめると下を向いて反省したそぶりを見せた。
ノーラは冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。レスターが目線でお代わりの確認をするが、小さく手を振って却下した。
「そう、理屈も糞もない無茶苦茶な話。ぱっとしない田舎の教区に派遣され焦った司祭が、中央に自分の力をアピールするために行ったのよ。
でも当時、黒い森に住む魔女の中に、強い魔力を持つリーダー格の魔女がいた。彼女は争いを避け、迫害から逃れるために一族が住む村を魔法で丸ごと隠してしまったのよ」
「丸ごと?家も生活している人もそのまま見えなくする事なんてできるの?」
「魔法自体はイギリスにも古からある『目くらまし術』と言われているものと同じだと思う。だけど、普通は人や物を隠すのに使う魔法で、そんな大規模なものはあたしも聞いたことがない。
一体どれだけ魔力と体力、精神力を削られるかを考えたら、ゾッとするわ」
「一族を守るためにそれだけ必死だったと言うことでしょうな」
それまでほとんど口を開かなかったレスターが、感嘆したように小さな声で言葉を漏らした。
「まあね。恐らく当時のドイツ、いえヨーロッパでも指折りの魔法使いだったと言われているわ。
焦ったのは教会よ。声高に魔女狩りを始めたのはいいが、いくら探しても肝心の魔女を見つけられない事で中央からの信頼度が下がるのを恐れ、近隣の村人を魔女だと偽って大量に捕らえ、死刑にすると宣言しちゃったの」
「えええ!だってその人達は関係ないんでしょ?」
「そうよ。まったく無関係な人々。その事を知った彼女は、一般の人を巻き込む訳にはいかないからと自分だけが名乗り出て死刑になる代わりに、村の人たちの解放と自分の一族の恩赦を求めたの」
「自分を犠牲に?」
アーサーはもし自分の命で誰かが助かるなら、ぼくならどうするだろうと考えた。
『パパや、ママや、妹のためなら。でも、他人のためになんて、そんなの無理だ……』
「教会は出頭してきた彼女を捕まえた。しかし処刑する前に、彼女が行なった自分の仲間や村を隠した魔法の秘密を教えるように彼女に迫ったのよ。
だってその魔法を手に入れる事ができたら、見えない軍隊が他国の首都に突然現れる事だって簡単にできるんだから。
でも、彼女はそれを拒んだ。火、水、刃物。およそ考えられる限り、ありとあらゆる拷問が行われたけど、彼女はその秘密を口にはしなかったそうよ」
アーサーは、ノーラの話が進むにつれ、吐き気がこみ上げてくるのを感じていた。
「そして処刑の日、黒い森の魔女は市民が集まった公開処刑場へ引きずり出された。その時彼女が目にしたのは、自分の一族すべての、焼かれ切り刻まれた無残な姿。自分が助けた村人たちが、何とまあ懸賞金欲しさに彼女の一族を売り渡したのよ」
「……自分を助けてくれた人たちを?」
アーサーは絶句した。
「彼女は十字架に縛り付けられ、生きたまま火あぶりにされたけど、炎の中で叫び続けたそうよ。『この国を呪う、すべての人間を呪う、たとえこの身は滅びても必ず蘇り、おまえたちを呪う』ってね。
そして、おりからの強風に煽られてその火はあっという間に町中に燃え広がり、魔女裁判に関わった人間はもちろん、町の人間すべてを焼き尽くすまで三日三晩燃え続けたそうよ」
耐えられなくなり、口元を抑えるアーサーをレスターがバーカウンターの内側へ連れて行った。静まり返った室内に、アーサーのえずく声だけが響いている。




