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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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黒いドレスの女 part1

 驚くべきことに、大蛇の亡骸はあっという間に小さく縮んでゆき、ごく普通のサイズの蛇になっていった。

「…こんな小さな、どこにでもいる蛇があんな大蛇になっていたの?」

 アーサーは驚きの声をあげた。

「そうよ。自由に操ることも、怪物化させることも強力な魔法を用いればできるのよ。それは動物だけでなく、人間もね。でも、それにしても大したもんだわ」

 ノーラが感心した様に呟くと、ヘンリーとレスターの方を向いた。

「とにかく、ここではゆっくり話もできないわね。場所を変えましょう」


 レスターは普段、ゲストの遊技室として用意されている部屋にアーサーたちを案内した。室内には、ビリヤード台やバックギャモンの設備、本格的なバーカウンター、深紅のゆったりとしたソファーなどがある。

 ノーラは、レスターとヘンリーに命じて、アーサーの部屋にあった黒板を部屋へと持って来させると、今回の件で現在わかっていることを時系列を追いながら書き出させた。

「ふん。これでとりあえず、ここまでの流れは大体掴めるわね。んー、疲れたらなんだか喉が渇いちゃった」

 レスターは何も言わず、カウンターの設備を使って紅茶の用意を始めた。

「で、ヘンリーだったっけ?あんたの正式な所属と、この家に近づいた本当の理由を教えてもらえるかしら?」

 ノーラはソファーでかしこまるアーサーの横に座ると、どこまで話していいか、思案する様に腕組みをして立っているヘンリーをじっと見つめる。


 しばしの沈黙が流れた後、

「オーケー、わかった。この場のボスはあんただ。全部話すよ」

 ヘンリーはお手上げといったポーズで両手をあげ、話し出した。

「僕の名前は、レスター。ヘンリー・マクレガーじゃなくて、ヘンリー・レスターだ。所属は英国シークレットインテリジェントサービス秘密情報局、陸軍情報部第6課。主な業務は我が国に関連するであろう国外の政治や経済、その他秘密情報の収集及び情報工作を担当する通称MI6の人間だ」

 聞いたことのない単語が並び、アーサーの顔にはてなマークが大量に浮かんでるのを見て、ヘンリーは苦笑いしながら付け加えた。


「わかりやすく言うと、軍のスパイだよ」


「やっぱりね」

 ふんっと鼻先で嗤うノーラとは対照的に、アーサーは驚いて叫んだ。

「スパイ!でもなぜ軍のスパイがウチに来たんですか?」

「そうだね、いい質問だ」

 ヘンリーはメガネを外すと、ネクタイを緩めた。

「本来、僕たちの仕事は外国での諜報活動や国内に入り込んだスパイの捜査が対象だ。セレブリティでゴージャスな貴族様とは、一切関係ない地味な仕事だ」

「…なんだか嫌味な言い方をするんですね」

 アーサーは身内の悪口を言われた様で、ちょっとムッとした。

「怒ったかい?でも実際そうなんだよ。こんなお城に住んで、たくさんのメイドと執事に囲まれて優雅にティータイム。

 君たち貴族のライフスタイルは、おれたち一般の国民とはかけ離れたものだって事を忘れてもらっちゃ困るんだ」


「ヘンリー。口が過ぎる」

 レスターが紅茶をテーブルにセットしながら、静かに告げた。


 ヘンリーは気まずそうに話を続ける。

「ああ…すまない、脱線したな。話を戻そう。君ら一族の争いが単なる家督、まあ財産目当てだったら我々としても知ったこっちゃない。どうぞ、ご自由に、だ。

 それでなくともウォルズリー家ってのは英国政府にとって、アンタッチャブルなー厄介な存在なんだから」

「アンタッチャブル?」

 アーサーは聞き返した。

「そうとも」


 ヘンリーは断言して、話を続ける。

「世間一般にはこのウォルズリー家は、英国有数の莫大な資産を持つ大貴族。まあ、あくまで金持ちではあるが単なる貴族と思われている。

 だが、政府の上層部と王室、そして軍の一部には暗黙の了解として伝わっている。ウォルズリーの一族は、その魔力で陰から英国政府をコントロールしているってね」


 ヘンリーの説明を呆然と聞くアーサーとは対照的に、ノーラはソファーでくつろぎながらゆっくりとレスターの入れてくれた紅茶を味わうと、この時期のベストな茶葉の産地や、ティーカップの趣味についてレスターと紅茶談義をし始めた。


「これがどれくらい異常なことかわかるかい?中世からあれだけ魔女狩りを行なって来た教会は一体何をしてるんだ?魔法が使えて、政府に顔の効く貴族なんてありえない話じゃないか。それが代々続いているという事実だけでも英国にとって特別な存在なのがわかるだろ?」


「前置きが長いわねえ。要点を、簡潔に。プレゼンテーションの基本よ?」

 ノーラは退屈した様にヘンリーの話に口を挟むと、再びレスターにやはりウエッジウッド一色になるのはどうかと思うと、レスターの食器選びのセンスについてダメ出しをしている。


「しかし、今回だけはちょっと違う。次期当主の座を狙うのは、一族の中でも問題があると言われているルーパスだ」


 アーサーは母親との会話で、なぜルーパスがそんな行動に出たのかを調べる必要があると言っていたのを思い出した。


 ヘンリーは一息つくと、テーブルの上の冷めかけた紅茶に手を伸ばし、口をつけると再び話し始めた。


「英国政府内部でルーパス氏の調査を始めたところ、約一年前から彼の行動に変化が現れたことと、その時期にルーパスの身辺に一人の女性が現れたことまではつかんだ。

 だが、いくら調べても、彼女の正体がわからない。自称オーストリア出身という事だが、オーストリア当局に彼女に関しての一切の記録がないんだよ」

「え、記録がないって……?」

「そこでー」

「そこで、海外担当のあんたたちにお呼びがかかったという訳ね」

 ノーラが再び口を挟む。


「そう。で、彼女の身辺を調査した我々は、ある事実に気づいたんだ」

「ある事実って?」


 ヘンリーは一枚の写真を黒板に貼り付けた。

 これにはノーラも興味を示し、覗き込んできた。

「これは……何かの集会かしら?」

 それは随分と遠くから隠し撮りされたと思われるあまり画質の良くない写真だった。だが、何万、いや何十万という大観衆が熱狂しているのがはっきりと伝わってくる。


「昨年の九月に開かれた、とある国の政党の党大会だ。かつては資金不足で青息吐息だったが、この数年で国民から異常とも言える支持を受け目ざましい躍進を遂げている」

「われわれ海外諜報が担当のMI6は、この政党が急激に力をつけていることから、以前から内偵を続けていたんだ」

「これが……何の関係があるんですか?」

 事態が飲み込めないアーサーが声をあげた。


「この写真の壇上をよく見て欲しい」


 アーサーはソファーから立ち上がり、黒板に近づくと、改めて写真を凝視した。

 大観衆を前に、壇上で片手を突き出して演説をしているであろう男と、彼を取り囲む高級将校に混じって黒いドレスの女が写っている。

「えっ、これって?」

 ヘンリーは無言でもう一枚、写真を取り出した。それは同じ構図だが随分と拡大されている。

「………!」

 アーサーは息を呑んだ。

 その黒いドレスの女は遥か遠方から撮影されているにもかかわらず、周りの将校たちとは違い、明らかに撮影者に気づいている様に真っ黒な両目でこちらを凝視している。


 あの女だ!


「その写真を撮影したのは、党大会に潜入していた僕の同僚だ」

 ヘンリーがポツリとつぶやいた。

「翌日の朝、巨大な獣に襲われたかの様に全身を引き裂かれて遺体で発見された。ドアも窓も壊されていないホテルの一室でね」

「解剖の結果、彼の胃からこのフィルムが見つかった。あの女は危険だという短いメッセージとともにね」


「僕たちはその政党の記録を洗い直した。そこで見えてきたのが、彼女が五年前突然現れ、党首の愛人的な存在になったと言う事だ。そしてこの数年でその政党は国民から熱狂的な支持を受け、国内を完全に掌握した。

 そして現在、周辺諸国に対して虎視眈々と領土侵略を狙っている。このまま行けば、またヨーロッパ全域を巻き込んでの戦争が起こる可能性が非常に高くなってるんだよ」


 ヘンリーは再び、紅茶に口をつけ喉を潤すと、続けて話し出した。


「そして、現在ルーパスに影の様に寄り添っているあの女こそ、われわれが追っていた通称「黒いドレスの女」と呼ばれる、この女だったんだ」


「ヘンリーさん、その政党ってどこなんですか?」

「……国家社会主義ドイツ労働者党。アドルフ・ヒトラー率いるドイツのナチ党だよ」

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