高き塔の秘密 part2
部屋の中は、塔の最上階に作られた隠し部屋のはずなのに、何もない空間が広がっていた。
足元にはうっすらと雲が漂い流れており、自分のつま先さえ霞んでしまっている。
頭上には、波ひとつなく凪いだ深い湖の様な、濃紺に近い青一色の世界が広がっている。
一体どこまでが地平で、どこからが空なのか。
それすらも曖昧になるほど、目印と呼べるものは一切ない空間がどこまでも果てしなく続いている。
杖をつきながら黙々と歩き続けるハワードだが、それが数分なのか、数時間なのか。あるいは数日間なのか。
それすらも曖昧になるようで、時間という概念すら存在しないようだ。
突然、歩き続けるハワードの前に幅十ヤード、高さは軽く二十ヤードを超す、巨大な門が出現した。
門は、サハラ砂漠で産出される大理石のように漆黒の輝きと鍛き上げられた玉鋼のような重厚な質感を持ち、門自体が一体どれほどの重量を持つのか想像もつかない。
表面には19世紀にトランシルバニアで発見されたとされるヴィンチャ=トゥルダッシュ文字のような、絵とも文字とも見える奇妙な図柄が一面に彫り込まれている。
ハワードが両手を掲げその図柄に触れると、見る間に触れた箇所を起点として描かれた図柄の隅々にまで光が巡ってゆき、うやうやしく王の帰還を出迎えるように門は音もなく開いていった。
ハワードが足を踏み入れると、完全な暗闇だったのがどこからか光が差し込み、周囲の状況がはっきりとしてきた。
内部は見方によっては異教徒たちが信仰する礼拝堂のようでもあった。円形の空間を囲む壁には、古代から中世、近代へといくつもの時代の生活ー大人や子供、平和な日常から戦争までーが幻想的で、美しい筆致で描かれている。それは天井から正面の巨大な壁画へと続いている。
だが正面の壁画だけは、周囲の絵とは筆致も、モチーフも違っていた。そこに描かれているのは天地左右に分かれ、罵り合い、憎しみ合う人々の姿で、巨大な獣や大きな機械が人々を押しつぶし、やがてすべてが闇に包まれていく様が描かれていた。
ハワードは正面の壁画へと歩み寄り、目を閉じると何事かをつぶやき出した。それは現代英語とは明らかに違い、古英語のような、あるいはかつてのイングランド七王国のウェセックス王国の方言に近い、いにしえの響きを伴っている。
つぶやきはやがて荘厳な詠唱へと変化してゆき、それに合わせて正面の壁画がうねうねと動き出し、絵の中に新たな人物が描き加えられていった。
それは、苦しみに満ちた表情を浮かべ力無く横たわる女性ー妻メアリーの姿だった。
ハワードが詠唱を続けると、絵画にまた、新たな人物が現れてきた。それはぼんやりとしており、金髪の少年のようだが、浮かんでは消え、まだはっきりとその姿は描かれていない。
やがてハワードは目を開くと新たに描かれた壁画をじっと見つめると、満足そうにうなずいた。
「……あと一つ。これで、ようやく最後の駒が揃う」
小さく呟くと、踵を返して部屋を出て行った。




