ひとりぼっちの朝食
舞台は再び現在のイギリス、ウォルズリーの居城に戻る。
まだ、ベッドの中で深い眠りについているアーサーに、どこか遠くから呼ぶ声が聞こえる。
アーサー……アーサー……ここにいてはダメ……アーサー……アーサー……早く……アーサー……早く……アーサー……
それは、聞いたことのない、しかしどこか懐かしさを感じさせる声だった。
『だれ……?ぼくを読んでいるのは、誰なの?』
暗闇の中で、声のする方向に目を凝らすのだが、その姿は一向に見えない。
『だれ?誰なの?あなたは誰?』
シャーッ!カーテンが勢いよく開かれ、アーサーの顔を朝日が照らし出す。
「アーサー様!起きてください、アーサー様!」
寝ぼけながら目を開いたアーサーの顔の前に、メイドのフローレンスのまんまるい顔がある。
「ん?ん?ん〜ああ、お、おはようございます、フローレンスさん」
フローレンスはにっこりと笑うとぺこりと頭を下げた。
「朝食のご用意ができております!」
アーサーはフローレンスの案内で、朝食の用意が整えられた部屋に案内されてきた。
「おはようございます、アーサー様。昨夜はよくお休みになられましたか?」
テーブルに案内されると、執事のレスターが話しかけてきた。
「あ、はい。ぐっすり眠れました。あのう、昨晩はありがとうございました」
「いえ、とんでもございません。それはようございました」
とは言ったものの、本当は遅くまで仁王立ちのノーラに長時間厳しい説教をされ、眠りについたのは明け方近くになっていたため、アーサーは生あくびをかみ殺していた。
テーブルには朝食用の銀食器が整然と並べてられており、フローレンスだけがバタバタと忙しそうに動き回っている。
昨日の部屋ほどではないけれど、このダイニングも広く、大きなテーブルが配置されているのだが、席に着いているのはアーサーひとりだ。
「あのう、お祖父ちゃんはまだなんですか?それに、他の親戚の人たちは?」
アーサーはレスターにたずねた。
「ご当主様ーハワード様は会議の時などを除けば、普段から離れの塔で過ごされることが多く、食事もそちらで取られることが多いのです。昨日のご出席されていたご親戚の方々は、それぞれ別に居を構えていらっしゃいます」
「あ、ああ……そうなんですか」
アーサーが考えていたのは、朝ごはんを食べながら、お祖父ちゃんと仲良くなっていろんな話を聞き出す作戦だったのだが、初手からつまずいてしまった。
「奥様のメアリー様がお亡くなりになられてからは、塔から出られる事が更に減ってしまって」
レスターは低く、小さな声で淋しそうに呟く。
アーサーは思い切って質問してみた。
「あのう、おばあちゃんが亡くなったのは聞きましたが、そのう…どうしてそんな急に亡くなっちゃったんですか」
「……原因不明の病気で倒れてしまわれ、悪化されたのです」
「それって倒れる前に……何か、その……具合が悪くなるようなことがあったんですか?」
「……いえ、特にこれといっては。何故そんなことをお聞きになるのです?」
レスターの口調が、ほんの少し強くなった。
「あ、いえ、気になったものですから」
「朝食のついでにお話するような話題ではございませんよ、アーサー様」
ピシャリ、と扉を閉じられた感覚がした。
「は、はい、すいません」
気まずい沈黙の中、広いテーブルにフローレンスの手により、次々と料理が並べられていく。
「卵料理はポーチ・ド・エッグでよろしいでしょうか?」
「カレー風味のケジャリーでございます」
「こちらはドーバー海峡で獲れたドーバーソールのムニエルでございます」
「こちらのローストビーフにはこのグレービーソースをかけてお召し上がりください」
レスターは無言のまま後ろに立っている。
盛り付けられた料理は、今まで見たこともないご馳走ばかりだ。
ぎこちなく料理を口に運ぶ。
美味しい。
アーサーは思った。
どれもすごい料理なのはわかるし、うん、美味しいけど。
それでも、家族四人揃って囲むテーブルに乗った、カレイの干物やアオサのおみそ汁の方がずっと美味しいや。
そうか。
ごはんって誰かと食べるのが一番美味しいんだな。
ふと手を止め、顔を上げると、ひとりぼっちのテーブルの向こう側に、パパやママ、華子の姿が見えた。
みんな笑顔で、でもほんの一瞬ですぐに消えてしまった。
アーサーはレスターに気づかれないように、フォークを握った手でそっと目尻をぬぐった。
「ごちそうさまでした」
アーサーは両手を合わせ、軽く頭を下げた。
レスターが一瞬怪訝な顔をしたが、何事もなかったかのように声をかける。
「アーサー様、お食事がおすみになられたら、しばらくご休憩の後、家庭教師が参りますので」
「へ?家庭教師?」
え、なにそれ?意味が分かんないんだけど。
「はい」
「え、え、家庭教師って、なんで?」
「アーサー様には、当ウォルズリー家の後継者にふさわしい人物になっていただくため、正しい言葉と教養を身につけていただく必要があるため、これから毎日家庭教師をつけるようにと、ハワード様からのご指示がございました」
『ううう、食事が済んだら、この屋敷を調査して、呪いや魔法の証拠集めを行おうと思っていたのにいいい』
アーサーの作戦はまたしても失敗に終わった。
「それでは、また後ほど」




