高き塔の秘密 part1
ウォルズリーの城は東西にコの字型になった本館と、本館の東の果てから中空の渡り廊下で繋がった離れの塔で構成されており、ハワードの居室は塔の最上階にあった。
メアリーを見送ったハワードは部屋を出ると、自身の居室のある離れの塔へと続く長い廊下を進んでいく。
廊下には中世から近代に至る名画や彫像など様々な美術品が飾られ、まさにウォルズリー家の長年に渡る栄光と繁栄を象徴している。そしてその中を進むハワードの堂々たる歩みは、先ほどの部屋に満ちていた哀悼の気配を一切感じさせない。
ふと気がつくと、いつの間にか建物の周辺の樹々の枝という枝に大鴉がびっしりと止まり、廊下を進むハワードを窓の外からじっと見つめている。
夜更けとともに強くなっていく風が窓を叩き、その音に混じり何者かの低くくぐもった笑い声が聞こえてきた。
……ハワード、とうとう独りになってしまったな。二人の弟と愛する妻を失った気分はどうだ……?。
……まだまだ、これからだ。おまえの廻りの者は誰ひとりとして楽には逝かせない……。
……これからだ、本当の悲劇は……ハワード……。
廊下の四方から、じわじわと黒い影の様な気配が浸食し、歩みを止めないハワードにすがりつくようにしてとり囲んでいく。
その時だ。
ハワードは一瞬立ち止まると、前方を見据えたまま、低く、しかし力強さに溢れた声で一喝した。
「調子に乗るな、薄汚い亡者ども!!」
ハワードの身体が黄金の光に包まれ、それと同時に凄まじい気があふれ、近寄る闇の気配を一瞬でかき消してしまった。
と、同時に窓の外にあれだけいた大鴉たちが一羽残らず姿を消していた。
ハワードは再び歩き出した。
やがて渡り廊下を通り塔に着くと、石造りの頑丈な扉の前に立った。この塔には扉はここしかなく、有事の際には渡り廊下を落としてしまえば外部から塔に侵入することはほぼ不可能となっている、
この城は十三世紀に初代当主によって建造され、以来七百年以上の歴史の中で時代に合わせ、何度も修復や改修工事を行なってきたが、この塔だけは建造当時からまったくと言っていいほど手を付けられていない。
情報が外部に漏れることを恐れ詳しい設計図などは残されておらず、塔の内部を知るのは当主以外はごくわずかの限られた人間となっていた。
ハワードは懐から、長年使い込まれてきたのが一目でわかる古く大きな鍵を取り出し、重い扉を開けた。
見上げると螺旋状の長い階段が最上階まで繋がっており、所々に備え付けられたランプのみがうっすらと足元を照らしている。
手すりもなく幅の細い石段は、普通の人間なら足がすくんで動けないところだが、ハワードは足元も見ずに最上階までたどり着くと、自分の居室の扉を開けた。
室内は三つに分かれており、まず特別な賓客を迎えるための応接室がある。ここに通されるのは、イギリスでも王室の関係者か閣僚以上の政治家ぐらいであった。そしてドアを開けるとハワードが執務を行うための執務室があり、一番奥が寝室になっていた。
ハワードは室内に入ると応接室と執務室を素通りし、寝室に入り二つ並んだ四層仕立ての大きな本棚に歩み寄ると、その中からランダムに十三冊を抜き出し、ベッドサイドの机の上に並べた。
並べられた本は、アングロサクソン年代記やシェイクスピアの戯曲集の初版本の様な、歴史的に非常に価値が高い古書から著者不明のソネットの詩集、あるいは伝統的な英国家庭料理のレシピ本まで共通性がなく、多種多様な顔ぶれになっている。
今度はそれぞれを元々収蔵されていた場所とは違う場所へ差し込んでいく。すると最後の一冊を収めたと同時に、二つの本棚が左右にゆっくりと移動し、隠されていた秘密の扉が出現した。
それは高さ3フィート(約90センチ)足らずで、6フィート以上あるハワードにはあまりにも小さすぎる上に、ドアノブらしき物がどこにも見当たらない。
だがハワードがそっと右手を差し出すと、ドアは見る間に大きくなり、ゆっくりと内側へと開いた。
室内からは白い光があふれ、中の様子は伺う事ができない。ハワードがドア向こう側に足を踏み入れ、その姿が完全に室内に消えると、扉は閉まり、再び小さなサイズに戻り、二つの本棚も元の位置に戻った。
この部屋こそが強力な魔法障壁を使って初代当主から現在に至るまで守り続けられたウォルズリー家の秘密が収められている部屋なのだ。




