第五十話「幽霊」
マーベリックの船首に青白い光の輪が出現し、その中央を突き抜けるように、光の矢が放たれた。
相対距離は、約二百二十万キロ。帝国軍の駆逐艦に命中する。
続けて第二射。さらに第三射。
駆逐艦は、三射目で爆発した。
「やったあっ!」
クリスが制御シートの上で小躍りする。
「少尉、中央の駆逐艦を撃沈っ。他の三隻も後退をはじめましたわっ」
ナチアの声も、喜びを抑えきれていなかった。
「撤退、してくれるの…?」
ユーキは、目の前の光景が信じられなかった。
「するしかないよっ。残りの三隻も、同じクラスの駆逐艦。射程で優劣決した以上、もう、むこうに勝ち目はないんだっ」
クリスはほぼ完全に、身体の調子を戻していた。
「敵艦隊、撤退するようですわ。少尉、追いますの?」
「いや。逃げてくれるなら、逃げてもらおう」
ナチアの問いに、シンが応じる。
当然の勝利を、当然として受けとめているシンであった。
「わかりましたわ。ではこちらも、設定を戻しますわよ」
「頼む。ユーキとクリスも、第一種臨戦態勢を解除。ノーマルまで移行」
「うんっ」
「了解っ」
クリスとユーキが弾んだ声で応える。
臨戦態勢が解除されると、体の重心がふわりと上がる。艦内の重力制御が解除され、いつもの低重力へと戻った証拠である。
「前回は余裕がなかったけど、重力制御は…いいものね」
「戦闘中でなければ、もっと楽しめるんだけどね」
クリスは続けて、シンに話しかける。
「シンさん、フリーズ・モードには入らなくていい?」
フリーズ・モードとは、マーベリックの消費エネルギーを最低限にまで節約するための、特殊設定の呼び名である。命名者は、もちろんクリスである。
「まだだ。一応、敵艦隊が亜光速空間に入るのを待つ」
「りょーかい」
クリスの返答を聞き、シンはひとつ、息をついた。
二回目のワープ。その直後の敵襲。
前回の襲撃より、通常空間で十日後。途中ワープによる亜光速空間にいたマーベリックにとっては、八日後の出来事である。
勝てたのは、マーベリックの戦闘能力が、前回よりも大幅に回復していたためである。クリスの体調が戻るまで、五日ほどワープを遅らせたこともあり、結果として、総合的な回復率は約三十四パーセントまで向上し、単純に主砲のメイン・レーザーの出力で考えると、四割近くまで数値が引き上げられていたのである。
有効射程距離約百九十五万キロの駆逐艦がいくら集まっても、同射程距離約二百四十万キロまで回復したマーベリックを、倒せる道理はなかった。
「それにしても、どういうつもりかしらね…」
ユーキが呟いた。
「前回が三隻、今回が四隻…」
「前でしたら、やられてましたわね」
「それはそうだけど、三隻がだめだったから、じゃあ次は一隻増やそう、って、なんか…」
「前回は戦艦がメイン、今回は駆逐艦ですわ。敵はこちらを、大型戦闘機として分析したのでしょう」
射程距離が長い戦艦は、駆逐艦に対して優位を誇る。同様に、駆逐艦は火力で戦闘機に優り、戦闘機は機動力で戦艦に優る。この三すくみは、宇宙戦闘における基本である。
今回の襲撃が駆逐艦のみで行われたのは、前回の反省に基づいてのことであろうが、結果としては遅きに失した。わずか十日間とはいえ、マーベリックは修復を進め、本来ならばありえない、駆逐艦より火力の強い戦闘機へと、変貌してしまったのである。
「注目すべきは、さ」
クリスが会話に入ってきた。
「帝国軍が安易な形で、対策してるってこと。つまり、マーベリックの正体を、全然掴んでない」
「そうなりますわね」
「とりあえずの戦闘面では、有難い話だけど…」
ちらりと、ユーキを見る。
「前回だって、きちんと解析すれば、レーザーが連邦製だって分かる筈だし…」
「ボーイ達が亡命していない、ってことよね」
言葉を引き継いだのは、ユーキ。
「うん」
ユーキの口調が、多少とはいえ吹っ切れていたことに、クリスは安堵した。
「いずれにしても、次回の襲撃は、厳しくなるな」
シンの発言に、三人も同意した。
マーベリックの次回ワープまでの準備期間は、約十七日間。それまでは、同じ宙域に留まらなくてはならない。敵が再度の襲撃をかけるのに、十分な時間であった。
連邦への道のりはいまだ遠く、国境をなす不可空域まで、少なくともあと三回のワープが必要となる。
シンの思考が、空中に巨大な三次元航路図を描いていると、金髪の少女からの通信が入ってきた。
「少尉、敵艦隊、ワープ航法に移行しましたわ」
最近、ナチアの口調が少し柔らかくなった。シンにはそう思えた。
「了解した。マーベリック全艦、フリーズ・モードへ移行」
「オッケー」
「了解」
「わかりましたわ」
二回目の戦闘は、これで無事に終了した。一回目に続いて、実質的な機体の損害がなかったことは、大きな収穫であった。
続く




