第四十九話「発覚」(2)
「心配かけて、すみませんでした」
ベッドから上半身だけを起こして、クリスはぺこりと頭を下げた。二人の少女は、クリスの前の床に直接座り、シンは、ベッドの横の壁に背中をあずけて立っていた。シンがクリスの正体を知ってから、明けて翌日のことである。
「それは別に構いませんけど…」
「身体の方は、もう大丈夫なの?」
四人が揃って顔をあわせたのは、クリスが倒れて以来であった。二人の少女は、昨夜シャワーを使用したが、その時クリスは眠っていた。
「うん。たぶん、もう大丈夫。熱も下がったし、食欲もでてきたし…」
まだ少し、弱いながらも笑顔を見せる。
「そう、よかった…けど…」
「少尉から聞きましたわ。女だったというのは、本当ですの?」
ナチアはまだ、信じていなかった。シーツの下はやっぱり男なのでは、と疑っていた。
「うん、そう。隠しててごめんね。今のところ、とりあえず、女だから…」
「とりあえずって、なんですの?」
「ええっと。そうだな。どこから話せばいいのかな…」
クリスは言葉を選びつつ、話し始めた。
「まずね。ぼくの故郷は、エステバルっていう、グリューンの中の小国家なんだけど、昔、男性の出生率が低い時期があって、それで今でも、一夫多妻が推奨されてるんだ。制度的には、男女平等ってことで、多夫多妻制、だね」
「エステバルの多夫多妻制は、知っていますわ。パートナーのあり様を法で縛るなど本来はナンセンス。人数に上限無しはさすがにどうかと思いますけれど…、それと、クリスと、関係がありますの?」
「うん。でね、そういう古い社会だからかな。男は社会に出て働きなさい、女は家で子どもを育てなさい、みたいな風潮が強くって、昔から何となく、違和感があったんだ…。だけど、そうはいっても、自分の家族は仲が良かったし、お母さん三人に兄弟姉妹いっぱいいたけど、不満って、特になかった。いつかは自分も、旦那さん見つけて、子どもでも産むのかな、って思ってた」
そうしたらね、とクリスは続けた。
「出会っちゃったんだ。好きな人と」
「好きな人?」
「うん。前に話したでしょ、初恋の先生」
「女だった、ということですの?」
「うん、そう。女の人を好きになっちゃたんだ。それでようやく、自分は他と違うんだって、気が付いた。笑っちゃうよね。遅すぎるよね。…その時に、これはもう、ほんとうに男になるしかないって、決めたんだ」
シンは納得がいったが、腰かける二人は、まだ信じられない、といった顔をしていた。
話の展開に、若干ついていけない。
「そこから先は、よくあるパターンだよね。家を出て、他の星に行って、誰も知らない街で、男として暮らし始めて…。公的なデータは書き換えちゃったし、仕事やお金に困ることもなかった…。新式ワープ航法を思いついて、マーベリック博士とのやり取りも、その頃だったかな…」
クリスにとっては、懐かしい思い出である。
「…それって、よくあるパターンなの?」
「知りませんわよ、そんなこと」
ユーキとナチアの小声を聞き流して、クリスは先を続けた。
「小さい頃からサイバー・スペースにダイブしてたから、その辺りの影響もあると思う。教官から声がかかって、セリオスへと戻ってきて…、でもまさか、こんなに長い時間、船の中で生活するなんて思ってなかったから…。ヘブンにいる間は、男性ホルモンを接種してたんだよね。それが、艦内には持ち込めなかったから…」
「では、ホルモンのバランスが崩れたのが、今回の発熱の原因ですの?」
「うん、もう、間違いないと思う。精神的な疲労なんかも、あったかもしれない。よくないタイミングで、ナチアさんの体なんか触っちゃったから、過剰反応しちゃったのかもね。はは…」
失礼な言い草ですわね。
心中の不満を口にしそうなナチアに代わり、ユーキが確認した。
「だいたい分かったけど…。その喉仏はどうしたの? ボディ・スーツだって、女物が必要だし。それに…、ヘブンでの訓練中、更衣室とかシャワーとかどうしてたの? シンやボーイと一緒だったでしょ?」
「喉仏は、自分で作った。男性ホルモン切れたから、その内に小さくなると思う。スーツは、製造工場のデータをいじったし。ヘブンでは男性器のギミック付けてたよ」
さらりと答えるクリスである。
ギミック、って…。
ユーキは僅かに赤面した。
「ほんとは、こういうこと全部、ぼくが熱を出した時に言えばよかったんだけど…。なんか、頭が働かなくて…。それに、ぼくが検査を受けなかったのも本当だったから。だから…」
「それ以前の問題ですわね。そもそも事情を、隠していた意図が分かりませんわ」
「そうね。エステバルでの風潮はともかく、連邦軍は、性別に寛容だし。初めから、素直に言ってくれたらよかったのに」
二人の言葉に、クリスは体を縮める。
「…えっと。理由を言っても、怒らない?」
「ええ」
「理由によりますわ」
「ナチア」ユーキが横目で睨む。
「…怒りませんから、言いなさい」
じゃあ、と言ってから、クリスが述べた理由は。
「めんどくさかったら」
はあ、と、二人の溜め息が重なる。
「聞いて損しましたわ」
「普通は、プロフィール・データを書き換える方が、めんどくさいと思うけど…」
普通ならば、政府の管理するデータの書き換えなど不可能である。サイバー・スペース上で、神や悪魔と称されるクリスならではの感覚であった。
「とにかく、わかったわ…。もう、こんな心配させないでね」
「うん。ごめんね、ユーキさん」
ユーキの手で頭を撫でられ、クリスが、嬉しそうに目を細める。
「…それで、これからはクリスを、どう扱えばよろしいですの?」
そんな二人を見ながら、ナチアが話を振る。
「これから先の二ヶ月半で、少なくとも肉体的には、女らしくなっていくのですわよね?」
「うん。でも、どうせ成長期終わったら、ちゃんと改造して男になるつもりだし…、今、多少体つきが女っぽくなっても、心は男なんだ。だからみんなも、今までどおり接してよ」
三人は顔を見合わせて、互いの意向を確認する。
ほんとうに、そんな風にいくのかしら?
本人が言うのですから、いいのではないですの。
どちらでも構わん。
一瞬で結論に達する。
「じゃあ、当面の間は、クリスは男の子ね」
三人を代表して、ユーキが微笑む。
男の子、というのが、少し気になったクリスであったが、わざわざ訂正を求めはしなかった。
いつか成長したら、一人の男として、ユーキさんの前に立ちたいな。
頭の中だけで、そう思う。口にしたのは、別のことである。
「ありがと。ただね、ユーキさんとナチアさんには、教えてもらいたいことがあるんだ」
「なに?」
なんですの?
ユーキが口に出して聞き、ナチアは表情で尋ねた。
「さっきからね、なんか、始まっちゃったみたいなんだ…」
ユーキとナチアは、即座に気付いた。
少し遅れて、シンも思い至った。
「へへっ、初めてなんだ、ぼく、せーり」
「ばかっ、言わなくていいのよっ」
「少尉は、あちらへお行きなさい」
ユーキとナチアに追い立てられ、シンは、自らの操縦席へ戻ろうとした。
「じゃあな、クリス。またあとで来る」
去ろうとするシンを、クリスが引き止めた。
「何だ?」
名前を呼ばれ、振り向いたシンが、クリスの横に立つ。
「ぼく達、まだ、友達だよね?」
少しだけ心配そうな、クリスが尋ねる。
「ああ、友達だ」
シンの方から右手を差し出したのは、或いはこれが、初めてかもしれなかった。
…やっぱりクリスは、女の子として見なくちゃだめね。
目の前で、シンと握手を交わすクリスを見ながら、思った。
ほんの少し、嫉妬を感じたユーキであった。
第七章 終
<次回予告>
マーベリックの船首に青白い光の輪が出現し、その中央を突き抜けるように、光の矢が放たれた。
次回マーベリック
第八章 第五十話「幽霊」
「オバケって、本当にいるのですわね」




