第四十九話「発覚」
シンが三号機のリビングに着いた時、すでに少年は眠っていた。
外見に似合わず、神経の太いクリスであった。
ひとつ息をついたシンであったが、これまでにない現象があった。
…汗が、ひどいな。
クリスは、滝のような汗を流していた。
これまで看病の中で、これだけの汗を見るのは初めてであった。
治る兆候か、それとも病状の悪化か…。
とりあえず、額の汗を拭った。
ボディ・スーツを着ている以上は、頭部以外の汗の処理をする必要はない。シーツの内側に籠もった熱を逃がすため、ベッドのベルトを外し、少年を起こさないようにシーツをはがした。空気を入れ替えるために、軽くあおぐ。
短いその時間に、シンの気持ちは、すっかり暗いものになっていた。
この三日間で、さらに細くなった体が、そこにあった。例えではなく、抱きしめたら折れてしまいそうな体であった。
こんなに細い体で、戦っていたのか…。
シン自身が強靭な身体を持っているために、昔は、つい、他者も同列視してしまうようなことがあった。気を配ってはいたが、それでも無茶を言う時があった。まわりに、やはり超人的な部下が集まっていたことも、それに拍車をかけた。
イシスを殺された時に、知った。
人間が脆いということを。
イシスの復讐をしていた時に、知った。
人間が弱いということを。
一部の人間にとって、その他の人間は、恐ろしいほどの脆さを呈する。シンの頭脳と、手足と、部下達は、恐ろしいほど簡単に人を傷つけ、殺し続けた。
多くの屍が山となって、シンの背後に積まれていった。
…すまん、クリス。無理をさせていたな。
白龍を離れ、軍隊に入り、チーム・マーベリックに配置された。初めは、戦いのための戦い、訓練のための訓練であった。それが、途中で変化した。シンにとって、初めての戦いであった。イシスの時には、何もかもが遅かった。
だからこそ誓った。
チームを護る、と。
すでに、二人を失った。せめて、残る三人は護るつもりであった。けれど、その誓いを前にして、クリスの体は、あまりにも細かった。
必ず連邦に戻る。だから、早く病気を治せよ。
心なしか、クリスの顔色は良くなっているように感じた。気のせいでなければ、それに越したことはない。
シーツを戻そうとして、手がとまった。
…?
違和感がある。どう違うのか分からないが、何かが違う。
クリスのボディ・スーツ。色は黒。緑のラインが入っている。身長の割には、長い手足。細い身体。とても十四歳には見えない。
…クリスの食事は、少し増やさんといかんな。
思いながら、気が付いた。ボディ・スーツの形状が若干、違う。下半身の部分である。
クリスだけが調子を崩した理由がスーツの形状にあるのではと、半ば無意識に推測した。シンは戻しかけたシーツをめくり、下半身に顔を近づけた。
よく見れば、そこだけ自分のスーツと違った。シンはクリスの片足を持ち上げた。
スーツは身体に密着している。厚みもそれほどない。そのために、ボディ・ラインがよく分かる。
………どこに、あるんだ?
シンは、上半身に視線を移した。
あどけなさが残る顔立ち。その下に、小さな喉仏がある。胸板、というほどの筋肉もないが、脂肪もない。
男、…だよな?
「ひどいや、シンさん」
改めて下半身を見ていると、上半身から声がした。クリスと目があった。
「すまん」
シンは慌てて手を離し、シーツをかけた。かけられたシーツは、低重力の中、いつのまにか目を覚ましたクリスの上で、静かに漂いはじめた。
「あーあ…。見られちゃったね。」
シーツの動きを手で押さえようとするシンに、クリスが声をかけた。
「クリス、お前…」
さすがのシンが、僅かとはいえ動揺していた。そんなシンを見ながら、クリスはおどけて笑顔をつくった。
「ごめんね、今まで隠してて…」
クリスの言葉を聞き、ようやくシンも、現実を受け入れた。「では、やはり…、女なのか?」
「うん。今のところは、ね…」
「今のところ?」
クリスの言葉は、シンには理解できなかった。
「それより、水、くれるかな。ちょっと…、喉かわいてて…」
「ああ、少し待て」
シンがコップを用意する間に、クリスはゆっくりと半身を持ち上げた。
「ありがと…」渡された水をゆっくりと飲み干し、クリスは息をついた。
「このまま、シャワー浴びていいかな?」
「構わんが…。一人で大丈夫か?」
「うん。危なかったら、警報鳴らすよ」
「そうか。では…。俺は席を外すが…、あとで事情は話せよ」
「うん。ありがと、シンさん」
小さく手を振るクリスを残して、シンはその場を、あとにした。
続く




