第四十八話「対巡回警備隊戦」(3)
「納得がいかないですわっ」
敵の艦隊がワープしていく姿をレーダーで確認しながら、ナチアは、操縦席で叫んだ。
「俺はクリスの所に行く。ユーキ、ナチアを頼んだぞ」
「はい。わかりました」
シンからの通信に、ユーキがにこやかに答える。
「ちょっと、少尉、説明はないのですかっ」
ナチアの声に、シンは直接的な答えをしなかった。
「ユーキ、頼む」
「はい」
いってらっしゃい、とでも続きそうなユーキの返事を受け、シンは通信から姿を消した。
「少尉っ」
呼んでも、すでに相手は操縦席にいない。仕方がないので、ナチアは矛先を変えた。
「ちょっと、ユーキ。あなた、なにを言いなりになっているのですっ」
激しい怒りも、穏やかな笑顔に弾き返された。
「ほーら、そんなに怒らないで。さ、ナチアもシャット・ダウンを手伝ってよ」
「ユーキっ、あなたは納得できますのっ。あんな支離滅裂な戦い方をされてっ」
「勝ったからいいじゃない」
答える方は、平然たるものであった。
ユーキの言うとおり、マーベリックは勝利した。敵艦隊は、ミサイルによる総攻撃ではなく、三方向からの高精度位置測定を選択したのである。
一瞬でダミー・シールドは崩壊したが、それだけである。直後に発射された敵艦隊からのレーザー群は、いずれも超高反射率のミラー・シールドに阻まれた。
その隙に、マーベリックはミサイルを放ち、その半数が命中した。
敵戦艦は、物理と論理、両方のシールドを損失したのである。
二隻の巡洋艦は無傷で残っていたが、帝国軍はそれ以上の無理をすることなく、シン達も撤退する船を追いはしなかった。
「勝てばいいというものではありませんわっ。あんな戦い方、わたくしは認めませんわっ」
感情を納めないナチアに、ユーキが、静かな声で話しかける。
「ナチア」
「なんですの?」
「言い方が悪かったわ。たしかに、勝てばいいというわけではないわね」
「そのとおりですわ」
「でも、決してまぐれで勝ったのでも、ないよね?」
「ダミー・シールドの影響など、微々たるもの。それをわざわざ、位置測定など論外ですわ。コン・シールドをブレイクしたのですから、残るミラー・シールドをミサイルで破壊する。それがセオリーですわよっ…」
「あのタイミングでの位置測定は、確かに愚策ね。でも、その愚策に、敵を誘導したのは、シンなのよ」
「…どういうことですの?」
ユーキはゆっくりと首を振る。なぜナチアには、それが分からないのか。
「わたしも最初は不思議だったけど、結果から見れば、全部、シンの言ったとおりになった…。最初にマーベリックを後退させた時のこと、覚えているわよね?」
「…チキンでいい、と」
「そう。侮ってくれれば、それでいい、とも言った」
「ミラー・シールドの反射率を侮った。ですけど、だからといって、ミサイル攻撃を選択しない理由にはなりませんわっ」
理由になるのよ、ナチア。
「ミサイルには、コストがかかるわ」
「そんな…ことは…」
一瞬、言葉に詰まる。自分の経済感覚が、およそ一般的でないと、指摘された気がした。
「レーザーは準備に時間がかかるけど、数に制限はない。ミサイルは、その逆ね。火器管制の立場からすれば、必ず倒せる敵ならば、ミサイルは使用したくないものなのよ」
「自分達の…命が懸かっているのに…」
「命が懸かっていても…、いえ、懸かっているからこそ、都合のいい真実を求める…。誰もが、あなたのように、冷静に分析できるわけじゃないわ」
「………」
可能な限りレーザーから逃げて、それでも無理だと分かったら、コン・シールドを有効にするために、やむなく前進を選んだ。さらには、ダミー・シールドまで使って、コン・シールドの延長を図ろうとした。そうしてシンは、臆病なマーベリック像を作りあげた。
大きいといっても、たかが戦闘機。戦艦のレーザーなら、ミラー・シールドごと落とせる。そう、錯覚させた。
ナチアにも、分かりかけてきた。黙ってしまった少女に、ユーキは語りかける。
「レーザーに怯えて、敵の戦闘機は支離滅裂になっている。そんな状況の中で、自分達は、高精度位置測定を行うポジションを獲得する。それこそ、教科書に載せたくなるような、理想的なポジションをね…。相手の司令官の気持ちが、私にも分かるわ。レーザーでいけるなら、レーザーで落としたい。ミサイルによる総攻撃なんて…、そんな地味で、臆病な作戦を、とることができなくなったのよ…」
ここから先を、言うかどうか、ユーキは少し迷った。
けれど、言うことにした。ナチアを信じて。
「最後に少し、きついことを言ってもいいかしら…」
「…なんですの?」
「いずれにしても、今回の、戦闘中のあなたの態度は、許されないわ」
ナチアの心に、冷水がかけられた。そこまで言われることではない。ユーキには分かってもらえる。そう思っていた。
「戦闘中には、いえ、たとえ戦闘中でなくとも、シンの命令は絶対よ。逆らうことは…、わたしも許さない」
「そ…、それはおかしいですわっ。理不尽な命令にまで従う必要はない筈ですわっ」
「ここは戦場で、わたし達は軍人よ。シンは理不尽な人間ではないけど…。たとえ理不尽でも、わたし達は従わなくちゃならないの」
「そんなことは…」
「今みたいに討論をしている時間が、いつでもあるとは限らないわ。さっきはなかったでしょ。本来、軍とはそういうものなの。逆らうな。疑うな。スタイナー教官のような例外があったとしても、それが原則。わたし達には、従うべきリーダーが必要なのよ」
「ですけど…」
「なに?」
「従うべきリーダーが…、少尉であると決まっているわけでは…」
ナチアは悔しかった。シンに勝てないことが。ユーキが、シンの味方をすることが。
「甘えるのもいいかげんになさい」
そんなナチアに、ユーキは断言した。
「シンは、わたし達のリーダーよ。それは、無言の了解だったはずでしょ?」
「わたくしは、認めていませんわ」
「階級的にも、経験値としても、シンはわたし達のリーダーです。…それは受け入れなさい」
言葉に詰まったナチアに対し、ユーキは諭すように話しかける。
「ねぇ、ナチア。どうしてこれまで、そういうことを明確にしてこなかったか、その理由がわかる?」
「…いいえ」
「あなたのためなのよ、ナチア」
ナチアは驚いて、眉をひそめる。
「わたくしの…ため?」
「そうよ。あなたが、自分よりも上の人間を、認めたくないからよ」
「………」
「わたしもクリスも、シンをリーダーとして認めているわ。シンも、自分がみんなを引っぱってく立場だって、わかってる。こんな状況だし。シンだって、立場を明確にした方が動きやすいはずなのよ。…でも、そうはしなかった。あなたのためにね」
そのような話、これまで聞いたことがなかった。話したことがなかった。
「うまくいっても、三ヶ月もの間、密閉空間で共同生活しなきゃならないのに…、誰が上だの誰が下だの、決められたくないでしょ、ナチアは?」
ユーキの言うとおりであった。そのようなこと、ナチアには我慢できなかった。
もし、自分が下になったならば。
だが、この時ナチアは理解してしまった。自分は、シンよりも下なのだと。ユーキよりも下なのだと。能力ではない。軍人としてのキャリアが違う。
「自分からでは、うまく表現できない人だけど…、それが、シンの優しさなのよ。戦闘において、ちょっとくらい厳しくなっても、それはしょうがないの。戦闘中が厳しいんじゃない。普段が優しいのよ」
ユーキは的確に、シンの長所を見抜いていた。それが、恋愛感情の有無によるものかどうかは、ナチアには分からなかった。
「だからって、普段から構えることはない。いつもどおりでいいの。ただ、いざって時には、リーダーの言うこと聞かなくちゃ、ね?」
しばらく俯いていたナチアであったが、いつまでも駄々をこねる訳にはいかなかった。
戦時に理不尽を通すため、平時に信頼関係を築く。シンの行動は当たり前で、ユーキの言葉も当たり前。自分の返答も、だから当たり前である。
こくり、と頷く。
「少尉を…リーダーとして認めれば…、そうすれば、今日のあなたのように真意を…作戦を、洞察できるようになりますの?」
「ふふっ。どうかしらね…」
そんなナチアを見ながら、ユーキは軽く、胸を撫で下ろした。ナチアの理解が得られてよかったし、何より、シンとの約束を果たせたことが嬉しかった。
ユーキ、ナチアを頼んだぞ。
シンの言葉に、はい、とユーキは答えていたのである。
「好きになって、なんて言わないけど、もう少し…、マイナスの感情を、抑えてくれるといいのかな…」
「それは難しいですわね」
真顔で答えるナチアに、ユーキは肩をすくめる。
「さぁ、長く話しちゃったね。エネルギー節約のためにも、さっさとシステム、移行させちゃおう」
再度の提案は、快く受け入れられた。
<次回予告>
シンが三号機のリビングに着いた時、すでに少年は眠っていた。
次回マーベリック
第七章 第四十九話「発覚」
「心配かけて、すみませんでした」




