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第四十八話「対巡回警備隊戦」

「少尉っ、現在、敵艦は真正面、距離約七百十万から、さらに迫ってきますわっ」

 シンが一号機の操縦席に入った瞬間、ナチアの叫び声が、スクリーンから飛び出した。

 ナチアの画像の横には、やはり不安を隠せない、ユーキの映像もモニター表示されている。

 機体はすでに、第一種臨戦態勢へと移行。レーダーは不完全ながらも、全面に展開している。

「落ち着け、ナチア。あのクラスならば、射程まで余裕がある。ユーキ、現状の戦闘能力は?」

「はい、ぎりぎりで二十六パーセント弱」

 厳しい数字が並べられる。

「最大戦速約四十パーセント、主砲出力約二十七パーセント、ミサイルは計八門、それぞれ一回しか撃てません。シールド回復率はほぼゼロ、ガード・レーザーは三門のみ使用可能っ」

 ユーキの声は震えていた。

 無理もなかった。この十日間の訓練に比べ、四パーセント以上もの能力の損失があり、さらにクリスまでがいない。勝てる見込みは、無いに等しかった。

 けれど、男は言い切った。

「ユーキ、ナチア、必ず勝つ。だから安心しろ」

 落ち着いた、いつものシンの声であった。

「…わかった。思い切りやろう」

 根拠など不要。ユーキは信じた。

「ユーキが言うのなら、付き合ってさしあげますわ」

 ナチアは厳しい表情ながら頷いた。

「よし。基本的には、シミュレーション通りでいく」

 シンが作戦を話しはじめた。作戦、というよりは、確認に近いものであった。

「ユーキは火器管制を担当、ディフェンスに集中しろ。ミサイルは頼む」

「了解」

「ナチアはバック・ヤードとして航空管制及び運行制御を担当、いいか、とにかく今日は、指示通りに動け」

「わかりましたわ」

「俺は、艦の操縦と主砲のトリガーを預かる。クリスの分は全員で分担。コン・シールド・ブレイカーは、主砲分が俺、ガード・レーザーがユーキ。モニターも頼む。マスターはナチア。キーパーは俺がやるが、あてにはするな。回復はできない」

「厳しい、ね…」

「ここまでくると、笑えますわ」

 完全ではないものの、二人の少女は、従来の落ち着きを取り戻しはじめていた。そのための訓練、そのための修練である。

「ユーキ、ナチア」

 再び、二人の名を呼んだ。

「はい」

「なんですの?」

「初めての実戦がこんな事になって、悪かった」

 一瞬の沈黙。そして。

「ううん。そんなこと、ない」

「これが終わったら、シャワーを浴びたいですわ」

 固いながらも、それぞれに笑顔。

「了解した。いつもの倍、浴びてくれ」

「ふふ。いいの? ありがとう」

「…距離約、四百万。楽しみですわね」

 両軍の間隔が、縮まっていった。


 帝国軍から武装解除の通信が入ったが、シンはこれを無視した。

 どちらにしても、相手は降伏を勧告しており、応じるつもりはなかった。

「そろそろですけれど…。不用意に近づいてきますわね」

 ナチアが呟いた。

 マーベリックの主砲が万全であれば、すでに、一撃で粉砕できる距離である。ナチアとしては、悔しさが残る。

「たった三隻だし…。わたし達の正体は、知らないみたいね」

 ユーキが呟いた。

 心臓の音が宇宙服の内側で響いている。世界が、宇宙が、とても狭く感じられる。

「海賊退治なら、こんなものだろう」

 シンが呟いた。

 落ち着いてはいたが、余裕がある訳でもない。

「…どちらにせよ、むこうはやる気ですわよ。最終勧告を確認。スピードが上がりましたわ。距離約二百五十万。陣形は変わらず、戦艦を中心に、並列状態で前進っ」

 ナチアの声がかすれる。

 両者の間隔は、さらに縮まっていった。

「敵戦艦の有効射程距離は、推定約百九十万。こちらは、百七十二万…」

 ユーキの額に、汗がにじむ。

 形成が不利であることに何の変わりもない。

「………」

 シンは無言で、その時を待った。

 緊張の高まり。

 その、頂点を。

「敵戦艦の射程に入りますわっ、あと十秒っ」

 ナチアの声が聞こえた。

「中速後退」

 シンの声が返り、ナチアは一瞬の逡巡のあと、これに従って艦を後退させた。

 宇宙船の操作方法は、基本的に二種類ある。一つがメインとなる重力場の設定であり、もう一つが姿勢制御系エンジンの調整である。前者が、主に前後方向への加速及び減速による運行制御に対応し、後者が、上下左右方向の攻撃回避系の操縦に対応する。

 艦の後退は、したがって、ナチアの役目ではあるが、そもそも後退の必要性がナチアには理解できなかった。レーザーの出力に関わらず、射程距離ぎりぎりでは、そう簡単に当たらない。命中させるには、相手のコン・シールドを逆算解除する必要がある。いくらメイン・オペレーターが不在とはいえ、連邦最高機密たるマーベリックの論理防御が、三隻相手に瞬時に突破されることはない。

 中速で後退できる距離も、たかが知れている。案の定、敵艦隊は更にスピードを上げ、マーベリックを包囲しようと展開を始めた。

「敵艦隊、広がりましたわ。戦艦は中央より直進、二隻の巡洋艦が左右に展開」

「了解した。ナチア」

「なんですの?」

「反応が鈍かったぞ。気を付けろ」

 ナチアの表情が固まった。先ほどの逡巡を見抜いたのか。一秒の何分の一にも満たない、あの逡巡を。

「…わかりましたわ」

 ほんとうに恐いのは、もしかしたら敵ではないのかもしれませんわね。

 ちら、と考え、すぐに頭を切り替えた。前方からは、すでに敵艦隊が最大戦速で迫っている。左右に広がったとはいえ、巡洋艦の方が僅かに速い。

「そろそろ巡洋艦と、こちらも射程に入りますわ。距離約百七十万」

「シンっ、敵からブレイクかかったっ。コン・シールドが削られていくっ」

「了解」

「敵巡洋艦、ミサイル発射しましたわっ」

 スクリーン上、向かって左の巡洋艦から、赤いラインが走る。

「全速、後退っ」

「えっ?」

 反射的に聞き返した。

「ナチアっ!」

 間髪をいれず、叱責が飛ぶ。

「わかりましたわっ」

 悔しい気持ちを押し殺して、ナチアが答える。

 宇宙船は、見かけ上、推進方向に巨大な重力場を発生させる。そしてそれが、展開するバリアやコン・シールドの基盤となる。つまり、一度相対し、戦闘状態に入った以上、船は前に進めるべきなのである。後ろに下がるデメリットは大きい。ましてや全速の後退など、侮蔑の対象となってもおかしくない。

「チキンで結構だ。侮ってくれれば、それでいい。ユーキっ」

「はいっ。ミサイルの総数は十二っ、射程まで六十秒っ」

「巡洋艦エネルギー上昇っ、今度は右、レーザーきますわっ」

「ブレイクが間に合わないっ、シンっ、こんなに落とせないっ」

 ユーキの声は悲鳴に近かった。

 戦闘能力の最も回復していない兵装が、対ミサイル用ガード・レーザーであった。合計十六門中、起動可能な砲門が三門しかない。しかもそのすべてが、出力と有効射程距離を落としている。

「泣き言はいい、順に落とせ。ナチア、全速、前進っ」

 ユーキとナチアから、血の気が引いた。

 今さら前進?

 すでに放たれ、襲いかかる十二のミサイル。そしてレーザー。その中を、今度は突っ切れというのか?

 さらには、その先にあるのは、敵の戦艦ではないのか?

 混乱する頭上に、シンの雷が落ちた。

「ナチアっ、指示に従えないなら、コントロールをよこせっ!」

「やりますわっ」

 ナチアは答え、指示に従った。説明が欲しかったが、聞きただせる状況でもない。

 シンの怒声を初めて聞いた。大きくも激しくもない。しかし、聞いて、身体が震えた。

 白龍の真王。

 唐突に、シンのふたつ名を思い出した。

 ナチアも噂は聞いていた。惑星カナンの魔都・朱眼を纏め上げ、暗黒帝国・白龍を建国した大帝の噂を。

 曰く、逆うことの許されぬ相手。

 曰く、出会ってはならない存在。

 曰く、死と破壊を司る漆黒の魔王。

 過剰かと思われた表現が、決して過剰ではないのかもしれないと、この時思った。

 目の前には敵戦艦が迫っている。

 これで負けたら、一生怨んでやりますわっ!

 心の中で気丈に吠えて、ナチアは震えを抑えつけた。

「こちらも主砲を撃つ。狙いは中央の戦艦。三連射だ。ナチア、威力は問わん。十秒で用意」

「わかりましたわっ」

 やればいいのですわよねっ、やればっ。

 見ていなさい、少尉、こんな戦い方で、勝てる訳がありませんわ。

 負けたら、鼻で笑ってさしあげますわっ。

 ほーら、トリガーをお引きなさい、クリスに代わって、準備してさしあげましたわよっ。

続く

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