第四十七話「急変」(2)
クリスが倒れ、三日間が経過した。
前回のワープ・アウトより十日目が到来してなお、マーベリックは、次のワープができずに、同じ宙域を飛行していた。
もとからの作業の遅れに、クリスの病気とシンの看病が加わり、ワープの準備に、最低でもあと二日が必要となっていた。当然のことながら、戦闘能力も予想を下回っており、現状で二十五パーセントという数値が、一同の前に提示されていた。
進まぬ作業。治らぬ病気。消えない敵襲来の可能性。操縦席で三日間を過ごし、二人の少女にも疲労の色が見えてきた。途中で一回、シャワーを使用したが、それがせめてもの気分転換であった。各操縦席への帰り道、苦しげな寝顔の少年の横を、重い足で歩いていった。
クリスの病状にも変化がなかった。僅かに物を食べることができたが、あとは睡眠をとるのみで、熱が下がらず、ベッドから動けない状態が続いた。
最低限の医療品は各機に存在したが、精密に検査するための機材が不足していた。恐らくは二号機に、その種の物が格納してあったのだろう。医療系のデータも、帝国へのワープ・アウト時に損失しており、原因の追求も困難であった。そもそもこの時代に、怪我や病気は例外的なものであり、治療も専用のロボットや人工抗体に任せるのが通例である。シンも対処療法として、冷やしたタオルを当て、汗を拭うくらいしかできなかった。
三人の間の通信も、無言のものが多くなった。ユーキは、シンとの回線を開き続けたが、シンが応じられる回数も減少する一方であった。その数少ない通信においても、暗い内容のものを避けようとするあまり、簡潔なものとなりがちで、悪循環となっていた。
一同の精神的疲労が、一方的に拡大する中で。
敵は現われた。
「少尉っ、0‐4・0‐2、時空震確認っ。ワープ後の到達予測ポイントは、距離約八百万キロっ。機影確認っ、ワープ・アウトしましたわ。…早いっ、もう第二次亜光速に移行っ」
艦内にナチアの声がこだました。
前方右斜め上、仰角四十度、方位角二十度に機影を確認。
シンはリビングで、その通信を聞いた。
「じゃあな、行ってくる」
衰弱したクリスに声をかけ、立ち上がる。
「うん…、通信、聞いてるから…、がんばって…」
クリスの声は、かろうじてシンの耳に届いた。
向きを変え、去ろうとするシンに、クリスが手を伸ばす。
「どうした?」
シンの声は優しかった。初対面の者には決して分からないであろう、シンの喜怒哀楽。だが、クリスには分かる。今、このチーム・メイトは、優しい声を発してくれたのだと。
艦内通信では、ナチアの報告が続いている。現われた船の数は三。明らかに帝国軍。戦艦一に、巡洋艦二。想定した中では、最小の数。そして、シミュレーション訓練で、一度も倒せなかった数。
「ぼく達…、ともだち、だよね?」
ごめんね、シンさん。ぼくが倒れたばっかりに。
「ああ。友達だ」
ありがと、手を握ってくれて。
「勝ってくる。心配しないで待っていろ」
ありがと、ありがと。その言葉だけで充分だよ。
「うん…、信じてる…」
現状の戦力では勝てないよ。早く、白旗ふってね。
大好きなその背中、また、見せてね。
大好きなその手で、また、握手してね。
信じてるよ、シンさん…。
<次回予告>
シンが一号機の操縦席に入った瞬間、ナチアの叫び声が、スクリーンから飛び出した。
次回マーベリック
第七章 第四十八話「対巡回警備隊戦」
「初めての実戦がこんな事になって、悪かった」




