第四十四話「洗濯」(3)
「じゃあ、準備いいですか?」
クリスは、スクリーンに映る二人の少女に声をかけた。
「お待ちなさい」
ナチアが返事をして、傍らの少女に、何やら話しかけはじめた。
この時、クリスとシンは、三号機の副操縦席にいた。クリスがシートに座り、シンがその後ろに立った。二人の正面のスクリーンには、艦内カメラから送られてきたユーキとナチアの姿が映し出されている。シンと、少女達の位置が、前回と逆になっていた。
スクリーンの中では、ボディ・スーツ姿の二人が、両手にシーツやらカーテンやらを抱えた状態で、会話を続けている。てっきり、裸でシャワーを浴びるものと考えていたクリスとしては、少しどころか、大いに残念であった。
でも、いいや。ボディ・スーツも、下着みたいなものだしね。
露出している部分は顔だけであるが、ボディ・スーツは体に密着しており、二人の魅惑的なラインをモニター越しに伝えていた。
…シーツとカーテンが邪魔だなぁ。
いつのまにか本来の目的を忘れていた。多少とはいえ、手間のかかるスクランブル・シャワーであったが、二人のシャワー・シーンを見られるのであれば、十分すぎるほどのお釣がきそうであった。
「クリスっ」
スクリーンのナチアが振り向いた。
「なにっ?」
本人達には決して言えないようなことを考えていた少年は、多少動揺しながら答えた。
「今、艦内モニターで見ていますわよね?」
「うん、そうだけど…」
通路の方からは、カメラが動いているかどうかまでは分からない。そういう構造になっている。
「モニター、お切りなさい」
「ええっ?」
必要以上に驚いたのがいけなかった。ナチアと、それにユーキも、不審の眼差しとなる。
「だって…、水圧の調整とか、見ていないとできないし…」
苦しい言い訳をはじめる。
もはや、水やエネルギーの問題ではなかった。ここまできて、二人のシャワー姿が見られないのでは、クリスとしてはあまりにも悲しかった。
「必要でしたら、音声で指示しますわ」
ナチアの言葉に、いったん操縦席からの音声を切り、シンを振り返る。
「シンさん…」
情けない声になっているのが、自分でも分かった。
そんなクリスを見て、シンは肩をすくめる。
まあ、仕方ないだろ。
そんな答えを、クリスは覚悟していたが。
「まあ、俺達にも息抜きがあっていいだろう」
シンさんは仲間だった。
やっぱり、健全たる男子たるもの、このくらいは当然だよねっ。
クリスは嬉しくなった。
「ちょっとクリス、聞いているのですかっ?」
声がスクリーンから飛び込んできた。
「あ、うん。今、映像を切ったよ」
嘘をついた。
このくらいは許される筈だ。
少年は確信犯になった。
「…クリス」
「…なに?」
「ほんとうに、画像を切ったのでしょうね?」
「もちろんだよ」
スクリーンの中では、ナチアが厳しい目で艦内カメラを見つめていた。クリスは身を硬くしたが、もう、後戻りはできない。
しばらくの睨み合いのあと、ナチアが視線をずらし、ユーキと言葉を交わした。
ばれなかった…かな。
ほっと胸を撫で下ろすクリスであったが、次のシーンを見て、心臓が爆発しそうになった。
スクリーンの中では、ユーキとナチアが、スーツを脱ぎはじめていた。
頭の中が真っ白になる。心臓が、過去十四年間の人生の中で、最も速く鐘を打ちはじめている。ボディ・スーツは素肌の上に着る。その中には、下着等の入る余地はない。というより、この船内に下着など存在しない。脱いでしまえば、それ以上の先はない。
えっ、うそっ、そんなっ、いいのっ?
おそらくは人類で最も優秀な頭脳が、その程度しか考えられない間に、二人の脱衣は終了した。
…なんだ、結局見えないんだ。
シーツがしっかりと少女達の身体を覆っていた。
がっかりするクリスであった。
ともあれ、普段見ることなどできない光景である。肩から胸元、そしてシーツから露出した両脚は、十分に魅力的であった。
でも、シーツあててるってことは、信用されてないのかな?
実際、信用されないようなことをやっておきながら、クリスが勝手な感想を浮かべていた時。
「シン、クリス」
ユーキの声が聞こえた。
「なに?」
「見て…ないわよね?」
露わになった肩を気にしつつ、ユーキが問いかけてきた。
ユーキの信頼を、裏切っていいのか。
「…見てないよ。もう、準備いいの?」
ごめんね、ごめんね、ユーキさん。
心の中で謝った。
でも、しょうがないんだ。男の性なんだよ、これは。
「クリス」
今度は、ナチアの声。
「なに?」
「あとで、艦内モニターの記録を調べますわよ」
ナチアの声が、クリスの心臓に突き刺さった。考えれば当たり前の話。だからナチアも信用したのだろう。この嘘は必ずばれる。しかし。
「…うん。どーぞ」
気が付くと、そう答えていた。
答えてから、シンを振り向く。
よかったのかな?
泳いだ目で訴えると、シンは顔を近づけ、小声で囁いた。
共犯だな。
クリスは、シンのことが大好きになった。
ぼく達、友達だよね。
右手を伸ばした。
ああ。
シンの返事と手のひらは、少年の心に温かかった。
「さあ、準備はいい?」
振り返り、スクリーンの二人に声をかける。
もはや迷いはなかった。
ミナヅキ・ユーキ。
ナチアスチア・スツーアキシナ・フォン・クラーギナ。
そうだよ、この二人のシャワー・シーンを見られるなら、もう、死んだっていいじゃないかっ。
こうして、宇宙船マーベリック艦内における、極めて個人的なエンターテイメント・ショーが幕を開けた。
もちろん、覗きは犯罪である。
<次回予告>
幕は開け、そして閉じた。
シャワーがとまり、なおも視線を動かせなかった少年の鼻血に気が付いたのは、本人よりも、シンの方が早かった。
次回マーベリック
第七章 第四十五話「一途」
「あ、ごめんね、わたし一人でもりあがっちゃって…」




