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第四十四話「洗濯」(2)

 シン個人の考えはどうあれ、チーム・マーベリック全体の気質として、深刻さを長い間持続することは、できないようであった。

 巡回艇との接触から、五日目。一同の修復作業と模擬訓練が難航の色を濃くする中、昼食の時間に、それは始まった。

「クリス、洗濯をしたいとは思いません?」

 唐突なナチアの質問に、クリスは、目をしばたいた。

 …センタクって、洗濯?

 ウォッシュ? ウィッシュ? キャッシュ? じゃないよね、やっぱり。

「わたし達、やっぱり必要だと思うのよ」

 ユーキまでもがナチアに同調した時に、クリスは気が付いた。

 この二人は洗濯にかこつけて、スクランブル・シャワーを求めている。

 どおりで、この食事中おとなしいと思ったんだ。

 並んでベッドに腰かける二人は、すでに食事を終えている。その一方で、床に直接座り込んでいるクリスは、まだ三分の一ほど残していた。クリスが逃げられない状況が、すでに作り上げられていた。

「どうして、洗濯が必要なんです?」

 クリスはわざと、スクランブル・シャワーの名称を出さなかった。敵が「洗濯」と言っているのである。問題はできるだけ小さい方がよい。

「ですから、あれ以来、少し臭うとは思わないですの?」

 クリスは、それまで動かしていた口を、一瞬とめた。少なくとも、食事中にする話題ではない筈であった。

 …作戦だとしたら、すごく姑息だな。

 クリスは僅かに眉をひそめた。横ではシンが、何食わぬ顔で、最後の一口を平らげるところであった。

 ナチアの言う「あれ」とは、ワープの前にシンが行った、排泄物処理ラインの掃除のことであろう。

「ぼく、何も感じませんけど」

 とぼけて答えた。事実、僅かな異臭も感じられない。

 ラインを掃除している間は、艦内の換気システムをできるだけ動かしていたし、シンについたであろう臭いも、スクランブル・シャワーのおかげで、ほぼ完璧に取り除いた筈である。

 明らかな言いがかりだ。

 クリスは、そう結論をだした。

「クリス、あなたの鼻は、少しおかしいですわよ」

「ナチアさんの方がおかしいと、ぼくは思います」

 しれっとした表情でやり返す。

 クリスの返答に怒りを感じたナチアであったが、かろうじてこれを抑える。ここでクリスを怒らせても、得はない。

 ナチアは横目でユーキを見る。クリスに対しては、ナチアよりもユーキの方が効果的であることは判っている。

 さぁ、言っておやりなさい、ユーキ。

 ナチアは視線で出撃のサインをだした。

「ねぇ、クリス。わたしも気になるのよ」

 ユーキの声が聞こえ、クリスは嫌な顔になる。自分の弱点を突いてきたナチアの作戦が気に入らなかったし、また、その作戦が実際に効果的であることも気に入らなかった。

「ユーキさん、本当に、まだ臭うと思ってます?」

 逆に聞き返した。

 本来、嘘のつけるユーキではない。普段、裏表のないユーキだからこそ、真っ直ぐな強さを持っているのである。

「クリス、こういうことは、人によって感じ方がちがうから…、ね?」

 一応、発言の内容に嘘はなかった。

 ユーキ自身が、本当にそう感じているのかどうか、問いただす前に、クリスは別の人物を向いた。

「シンさん。シンさんは、どう思います?」

 ユーキが嫌な顔をしていた。クリスとしては、敵のとった作戦を逆用した形となった。

「やっぱり、シンさんも臭います?」

 シンさんは自分の味方をしてくれる。

 クリスの期待は、半分裏切られた。

「感じはしないが…、本人だからな、俺は。何か言える立場ではないだろう」

「ほら、ごらんなさい。やはり、スクランブル・シャワーは必要ですわ」

 ここぞとばかり、ナチアが突っ込んできた。いつのまにかスクランブル・シャワーに名称を変えていた。

「でも、エネルギーと水の無駄使いが許されないっていうのは、解ってくれますよね?」

「わかりますけど、水は循環させればいいですわよね?」

 前回のシンのシャワーは、当たり前ではあるが、清浄な水を使用した。単純な洗濯やシャワーであれば、そこまで奇麗な水を使う必要はない。現に、毎日ユーキやナチアが浴びているシャワーも、水を循環させながら使用している。

「確かにそうですけど、それでも、通常の三倍くらいの水量は必要なんです」

 ようやく食事も終わりに近づいていた。クリスとしては、早いところ、この会話から逃げだしたかった。

「ちなみに、エネルギーは、どのくらい必要ですの?」

「…やっぱり、それも、数倍必要です」

 食事は終わったが、目の前で笑顔を交わす少女達の姿が、クリスの体を動けなくさせていた。

 …なんか、失敗した発言だったのかな?

 思ってはみるものの、事実は事実である。一度でた言葉が、口に戻ってくる訳でもない。

「では、クリス」

「なんです?」

「わたくし達のシャワー時間を、しばらく半分にしていいですから、それで、お願いできますわよね?」

「ちゃんと洗濯もするわよ。だから、ね、お願い」

 二人の少女を前にして、クリスは敗北を悟った。

 横を見て、一応、シンの意向を確認しておく。

「どう思います?」

 クリスの問いに、シンは肩をすくめた。

「まあ、たまには息抜きもいいだろう」

 喜びの声を上げたのは、無論、ユーキとナチアであった。

続く

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