第四十四話「洗濯」
巡回艇との接触から、三日間が過ぎた。
ワープ時のパワー・ダウンは事前の予想を上回り、クリスの計算どおり、この時点で、次回ワープまで七日を残していた。
エネルギー・バイパスへの負荷が大きかったことが直接的な原因であったが、問題の単純さと反比例するかのように、修正には時間がかかった。自動修復システムとエネルギー・ラインの並列的修復は、この三日間をかけて、ようやくワープ前の状態に戻ったところであった。
ここまでの作業は、ワープ前までの、ほぼ繰り返しであったこともあり、一同は修復と平行して、各操縦席のシミュレーション・プログラムを連動させた、模擬戦闘訓練も行っていた。
だが、しかし。
三日間で行われた十回以上のシミュレーション訓練をとおして、四人は一度も勝利を収めることができなかった。
「…少し、まずいですわね」
十二回目の敗北を喫した時、ナチアがぽつりと呟いた。
スクリーンは真っ赤に染まっており、自機が撃墜されたことを示していた。
「ほんとう、たった三隻相手に、これだもんね」
ユーキもため息をついた。
三隻という設定は、最低限の設定である。いくら何でも、これ以下の数で敵が襲ってくるとは、予想できなかった。
「ちょっと、不安になっちゃうね…」
クリスの声も暗かった。
もうあとは、敵が襲来しないよう祈るしかない、そういった心境になっていた。
「とにかく、あと一回、同様の設定でやるぞ。それで今日は終わりにしよう」
シンが一同に声をかけ、再度、シミュレーション・プログラムが起動を始める。
「よろしいですわ」
「りょーかい」
「了解」
何とか、やる気を維持する三人の声が返ってきた。
十二連敗。
よくここまで堪えてくれたと、シンは思っていた。
シミュレーション訓練では、敵艦やその攻撃は、高精度のコンピュータ・グラフィックスで表示される。いわゆる擬似映像であるが、これが余計に、緊張感を高めるのである。何故ならば、実戦においても、この擬似映像が用いられるからである。
人間の肉眼で識別可能な距離など、たかが知れている。いくら巨大な戦艦が相手になったとしても、広大な宇宙の中では、手元の豆粒よりもさらに小さなものとなる。ましてや、長距離攻撃兵器であるレーザーや亜光速ミサイルの射程距離は、人間の視界の消失点の、遥か遠方からの攻撃を可能とする。パイロットの視覚を活用しない手はないが、だからといって、それだけに頼れないのが、宇宙戦闘なのである。
エネルギー反応型の高感度レーダーを活用し、未来予測をかけた上で三次元映像へとデータ変換するのが、この時代の戦闘艦である。さらにマーベリックでは、超高精度の光学カメラも併用し、より実態に近い映像を作りだすことが可能となっている。
その、実戦さながらのシミュレーション訓練で、十二連敗した。一同の不安と重圧は、相当なものになっていた。
せめて、あと数パーセントでも高く設定できれば、勝つ見込みがあるのだが…。
正確な連携をとりながら襲ってくる敵艦隊から逃げ回りながら、シンは、方針の転換を検討していた。
訓練中、マーベリックの戦闘能力は、約三十パーセントに設定されていた。それが、次回ワープまでに到達しうる、最高の数値なのである。下がることはあっても、決して上がらない、ぎりぎりの線であった。
このままでは上がらない。それは確かだ。
敵駆逐艦の放ったミサイルが、マーベリックを正確に追尾し、装甲を削っていく。重力バリアの出力設定が低いため、被弾した際のシールド降下率は大きい。
当初シンは、自動修復システムの修復に大きな手間をかけても、限られた日数の中では大きな成果が得られないと考えていた。だからこそ、シミュレーション訓練を中心とした、十日間のスケジュールを立てたのである。しかし、どうもそれでは勝てないということが、明確になりはじめていた。
敵襲来の時期が遅れるのならよいが、それを当てにする訳にもいかない。帝国側が、この船を宇宙海賊の一味とでも考えたのならば、他の宙域に動く前に始末をつけようと動くのが普通なのである。
これ以上は、負けるイメージを強めるだけ、か…。
レーダー撹乱用のコン・シールドが解除され、敵艦からの照準が合わされていく。これで敵の主砲を回避することが困難になった。
ちょうど、エネルギー・ラインの修復も、ワープ直前のところまでは終了している。今後は、少しでも戦闘能力を上げるべく、艦の修復に力を向けるのが得策かもしれない。
赤色のレーザーが、船体の側面に当たった。
ミラー・シールドが回復していない以上、レーザーの直撃に耐えられる筈もない。
スクリーンが白に染まり、レーダーの中心にヒット・マークが表示される。
数パーセントの上積みが、本当にできるのか?
できたとして、それで勝てるのか?
方針転換こそが、愚行ではないのか?
シミュレーション・プログラムを閉じながら、シンの表情はしばらくの間、厳しいままであった。
続く




