表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/243

第四十二話「疎外」

 漂流六日目。

 ナチアは、目を覚ました。

 シーツから、もぞもぞと手を出し、大きく伸びをする。

 いい朝であった。

 睡眠も十分とれたし、何より身体が快調であった。

 手を伸ばして、壁に掛かった宇宙服を引き寄せる。その胸元の時計を見ると、ちょうど、アラームの鳴る十秒前であった。

 ふふっ。上出来ですわね。

 アラームの設定を切り、もうひとつ伸びをする。

 シーツを抑えていたベルトを外し、体を低重力の空間に開放する。

 慣れた手つきでベッドの脇を掴み、頭だけを突き出す。

「クリスっ、朝ですわよっ」

 大声で叫ぶ。

 ナチアと比べて、クリスは極端に寝起きが悪い。朝の第一声は、ナチアの習慣となっていた。

 けれど。

「?」

 クリスはいなかった。

「…クリス?」

 さらに身を乗り出そうとして、自分がボディ・スーツ姿であると思い直す。

 通路の奥にも目を向けるが、開かれたカーテンの向こうに、カプセル・シャワーとトイレがあるのみ。少年の姿はない。

 ざっとまわりを見渡すが、ブラウンの頭は、どこにもなかった。

 クリス?

 ナチアよりも早くクリスが起きたことなど、今までに一度もない。そもそも、誰かに起こされないと、いつまででも眠り続けるのが、クリスなのである。ヘブンにいた頃は、大音量の目覚しを一人部屋で使っていたらしいが、今は違う。不本意ながらナチアがその代役を務めている。

 どうしたのです?

 ナチアは急いで、壁の宇宙服を引き寄せる。

 なにか、あったというのですか?

 カヴァード・スーツに足を通そうとして、手がとまる。

 何かが、あったのだ。

 眠っているクリスを叩き起こさなければならないような、何かが。

 宇宙服を両手に抱え、ナチアはベッドから飛び降りた。床に着くまでの時間が、やけに遅く感じられる。床までの距離が縮まらない。

 クリスは必要だが、ナチアは必要ない。

 そんな出来事が発生している。

 床に接した。足の指で掴むように、全力で地を蹴る。

 向かう先は、三号機操縦席。自分の居場所。

 わたくしの…居場所?

 滲み出る不安を封じ込め、通路を走る。十字路をすぎる、その瞬間。

「!」

 なに?

 今のは、なんですの?

 体に急停止を命じる。

 拍手?

 どうして?なぜ?

 え?

 ユーキ、クリス、少尉、なにを言ってますの?

 ハッピー?

 バースデー?

 三人とも、なにを言ってますの?


「もう、どうしたのよ、そんな格好で?」

 軽やかな足取りで、ユーキが近づいてきた。

 ナチアは、ボディ・スーツだけの格好で、両手に残りの宇宙服を握って、立ちすくんでいた。

「あ、ほらほら、シンもクリスも、むこうに行って」

 いったん振り向いて、十字路の角へと、男どもを追い払う。

「ユーキ…」

 溜め息とともに、ナチアの声が漏れる。

「ほらもう、ナチアスチアともあろう者が、どうしたの?」

 ユーキが、ゆっくりとナチアを抱きしめた。

 両手から二つのスーツが離れ、ゆるやかに宙に浮かぶ。

「…わたくしだけ起こされなくて…、ですから…」

 まさか自分が、これほどに幼かったとは。

「あなたを起こしちゃったら、驚かせないでしょう?」

 子供だったとは、予想外であった。

「ごめんなさい。不安にさせちゃったね」

 ナチアの背中を、ユーキは優しく撫でる。

「ナチアさん、誕生日おめでとーっ」

 十字路の角から、クリスの元気な声が聞こえた。

「誕生日?」

 ナチアは、ゆっくりと顔を上げ、ユーキに尋ねた。

「そうよ。宇宙暦八百年二月九日。昨日ようやく、艦内時計の調整が終わったの。間に合ってよかった。標準暦になっちゃうけど…、あなたの誕生日でしょ?」

 にっこりと微笑んで、ユーキは答えた。

「ええ、ええ…」

 本人ですら忘れていたそれを、覚えていてくれた友人がいた。仲間達がいた。

「十八歳おめでとー」

 またもや、通路の向こうから声が聞こえた。

 ナチアは、少し調子を取り戻した。

「失礼ですわねっ、わたくしはまだ十六ですわよっ」

 十字路に向かって叫ぶ。

「えーっ、だってナチアさん、七百八十二年生まれでしょ。やっぱり十八だよーっ」

 生意気な答えが返ってくる。

「宇宙暦など関係ありませんわっ。体内時間ですわよっ」

 叫ぶ自分の声が、普段よりも音階が高いことを、ナチア自身気付かずにはいられなかった。

 そんなナチアに、ユーキが微笑んでいた。

「ふふっ、じゃあ、間をとって、十七歳というのはどう?」

 ナチアの目と、ユーキの目が合う。

「仕方ありませんわね」

「よかった。せっかく作った誕生日のごちそう、むだにしたくなかったのよ」

 ユーキは、一度ナチアと笑ってから、後ろに顔を向ける。

「十七歳の誕生日でいいわよねっ?」

「いいよー」

 元気な少年の声が返ってくる。

「シンも、いいわよねっ?」

「構わん」

 面白味のない声が返ってくる。

 そんな二人の返答を受け、ユーキはナチアと、もう一度笑みを交わす。

「さぁ、ちゃんと服を着てから、お祝いしましょ」

 ユーキは片目を、つぶってみせる。

「あなたがそこまで、サービスすることはないわよ」

 ナチアは、ユーキの優しさが好きだった。

「ユーキ」

「なに?」

「…わたくしの呼び方」

「呼び方?」

「………」

 少しだけ、顔を横に向ける。

 そんなナチアを下から覗き込んで、ユーキが屈託のない笑顔をみせる。

「ハッピー・バースデー、ナチア」

 ユーキの優しさが、また少し、好きになった。

 この女は人に取り入るのが上手だと思った。

続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ