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第四十一話「宇宙」

 漂流五日目。

 四人は、宇宙の中を漂っていた。

 正確には、すでに一週間以上前から漂っていたのであるが、この時、改めて実感していた。

 一同は戦闘能力三十パーセントの状態で三隻の敵艦に遭遇した、という設定のシミュレーション訓練を終えたところであった。結果は惨澹たるものであったが、それ自体は、ある程度予想されたものであった。

 綺麗ねぇ…。

 ユーキの呟きが、仲間達の耳にも届く。

 四人は各自の操縦席に座っており、会話はすべて、通信器を介して行われている。ヘレンが組み込んだシステム・ロックの、ほぼすべてが解除されたことにより、この日、久しぶりに、スクリーンの全面展開が可能となった。修復作業は遅れぎみではあったが、戦闘シミュレーションが早めに終わったこともあり、四人はしばし、懐かしい宇宙を眺めることにしたのである。

 満天の星。澄み渡る空間。

 星々の光に身を委ね、ユーキは深遠なる時間と空間を感じていた。

 緩やかな時の中、決して瞬かない星々の中に、一つだけ、異なる赤い星を見つけた。

 なにかしら?

 自然に手が動いた。

 コンソールの上を、宇宙服に包まれた腕が通過する。

 ナチア。どうしたの?

 スクリーン上に、金髪の少女の上半身が映し出される。点滅していた赤い星は、ナチアからの着信ランプであった。

 モニター中のナチアは、僅かに苦笑すると、視線を横にずらしてしまった。

 ふふっ。ナチアったら。

 ユーキにとっては、そんなナチアが可愛くて仕方なかった。金髪の少女は、別に用がある訳ではなく。ただユーキの顔を、スクリーンの片隅に置いておきたかっただけなのだろう。

 ほんと、綺麗よね。

 ナチアの映像をスクリーンの端に移動させ、ユーキも星空へと視線を戻した。

 白い星、青い星、赤い星。

 赤い星…点滅してる。

 ふふっ。今度はクリス?

 モニターを開くと、明るいブラウンの髪の少年が、恥ずかしそうに笑っていた。

「ごめんね、ユーキさん」

「ううん、いいわよ」

 二言三言、言葉を交わし。そしてやっぱり、互いの画像をスクリーンの片隅にもっていく。

 クリスも、人恋しいのよね。

 ユーキの心の中で、温かい気持ちが大きくなる。

 ナチアの時に言葉は必要なかったが、クリスの時には必要であった。それが友情の差なのか、男女間の違いなのか、ユーキには分からない。

 男女間、かぁ…。

 頭の中に、シンの姿が浮かぶ。昨日、裸体を見る機会がありはしたが、瞬間的に後ろを向いてしまったため、朧げな映像しか覚えていなかった。

 せっかくだから、ちゃんと見ておけばよかった。

 眠る前、深く後悔したユーキであったが、目を覚ます頃には、そんな気持ちも薄らいでいた。

 見るべくして、見る。うん、これでいこう。

 それはそれで、追求すると赤面しそうな考えであったが、幸いなことに仕事は多く、あまり考えるような時間はなかった。

 ユーキは、スクリーンを見直してみた。

 やはり、一人足りない。

 シンには…、一緒に星空を眺める人が、必要じゃないのかな?

 心の中に、冷たい風が吹いたような錯覚。

 それじゃあ、さみしいわよね。

 頭に浮かぶシンの姿は、いつも一人であった。

 それじゃあ、やっぱり、さみしいわよ…。

 最後の一人へ回線を繋ぐかどうか、ユーキは迷いはじめていた。


 ナチアは、心の中で苦笑していた。

 宇宙空間は嫌いではなかった。それは間違いなかった。けれど、これまでの人生において、宇宙とは一人で眺めるものであった。誰かと一緒に眺めるようなものではなかった。

 それが、このざまですわ。

 苦笑をせずにはいられない。

 相手を呼びだし、無言で会話し、そのまま目を逸らし、モニターをスクリーンの片隅に移動させている。

 なんと自分勝手な女なのだろう。

 しかも、それで満足しているのである。度し難い馬鹿である。

 目の前では、巨大な空間が、ナチアに囁きかけていた。

 ナチアスチア、お前は馬鹿なのだよ、と。

 うるさいですわよ、宇宙のくせに。

 心の中でナチアは答える。

 ナチアスチア、お前は馬鹿で助平なのだよ。

 宇宙は、なおも語りかける。

 スケベは余計ですわよ。

 ナチアも返答し続ける。宇宙はいつも、少女を苦笑させるようなことしか言わない。昔からそうであった。

 ナチアスチア、無理をするな。認めるのだ。お前は馬鹿で助平である事を。

 まぁ、確かに昨日の夜は、眠れませんでしたけれど。

 ナチアスチア、何故だい?

 ふん、知っているくせに。

 ナチアスチア、私は知らない。私達は知らない。

 気楽なものですわ。

 ナチアスチア、素直になるといい。

 宇宙は小さく笑って、気配を消した。

 素直、ねぇ…。

 少女は思考の迷路に踏み込んでいく。

 確かに、昨日は眠れませんでしたわ。けれど、それは初めて男の体を見たというだけで、別段、少尉だからではありませんわ。ただ、女としてのわたくしが反応しただけで…。

 ………。

 まったく。なにを今さら…。

 あの程度で取り乱すとは…。クリスのことを言えませんわね…。

 ナチアは息を吐いた。少し長めに、吐き出した。

 男女間の問題に限らず、様々な面で、自分には経験が足りない。チーム・マーベリックに参加したのは、それも理由の一つである。

 さらに大きく息を吐こうとして、途中でやめた。

 他人に聞かせられないような、溜め息になりそうだったから。ヘブンを出て太陽系最外周に移動し、超長距離ワープを経て決死の七十一時間を越え、そして今に至るまで。心から休まる、そんな時間は存在しなかった。もはや、初めての実機演習の比ではない。このような状況でも明るさを失わないユーキ。変わらないクリス。平常心を保ったままのシン。羨ましくないと言えば、嘘になる。不安と不満が大きくなっているのは、自分だけなのだろうか。そんなことはない。そう思いたい。

 自分こそは、クラーギナの直系にして、人類の代表。如何なる理由も言い訳にならない。最上の結果を示し続ける義務がある。

 ボーイ・ブロス。

 脳裏に、赤みを帯びた金髪を持つ、巨体の優男の姿が浮かんだ。

 二号機の切り離しが、正しかったのかどうか。

 答えは明白。

 そこに自分が関与した以上、正しくない訳がない。世界はそう見る。歴史はそう判断する。

 ふん…。

 喧嘩相手とはいえ、いなくなるのは…。

 さみしいものですわね…。

 ナチアスチア、そう、素直になるといい。

 うるさいですわよ。ナチアスチア、ナチアスチアと。

 わたくしには、ナチアと、呼んでくれる友人ができたのですわよ。


 やっぱり、綺麗だよなぁ…。

 クリスは、星空よりも、別のものに見とれていた。

 ミナヅキ・ユーキ。黒髪の少女。

 今は、少し迷っているように見える。その表情すらも、魅力的だ。

 化粧はしていない。これは四人全員にいえることであるが、マーベリック搭乗前に、厳重なクリーン・チェックを受けたためであった。化粧品の持ち込みなど許される訳もなく、四人は素顔で、これからの数ヶ月を過ごさなければならなかった。だが、シンやクリスはともかく、ユーキやナチアも、化粧が必要な人間ではないようであった。それだけ素肌が美しいのだろう。二人にとって化粧とは、自分達のようになるために、あくまでも他の人がするものなのかもしれない。

 ふふっ。シンさんに繋ぐかどうか、迷ってるのかな。

 悩ましげな顔を眺めながら、クリスは微笑んでいた。他はともかくとして、恋愛に関しては、クリスよりも初心者のユーキである。表情や仕種から、簡単に心を読むことができた。

 ほらっ、がんばって、ユーキさん。

 思わず、応援してしまう。

 いくらシンさんだって、三ヶ月も迫ったら、きっと撃沈できるから。だから、がんばって、ユーキさん。

 小さく拳を握るクリスであった。

 クリス自身、三ヶ月の間ユーキと一緒の筈であったが、自分とどうこうなってほしい、とは考えていなかった。

 クリスにとってユーキは、高嶺の花であった。

 ユーキさんが人間ならば、自分は猿。自分が人間ならば、ユーキさんは天使。白い翼を持った天使。

 極端かもしれないが、そのくらいにクリスは考えていた。

 ユーキさんが天使なら…、シンさんも天使?

 クリスは、天使のシンを想像してみる。

 黒い翼の天使。

 少し気味が悪いかな、と思いつつも、クリスはそのイメージに納得がいった。

 じゃあ、ナチアさんは、灰色の翼?

 意地悪な想像をしてみるが、これはどうにもイメージが掴めなかった。

 黄金の色。

 ナチアのイメージに合うのは、それしかない。

 もしかして、とクリスは思った。

 ナチアと、そしてユーキを揃えたのは、これもスタイナー教官の筋書きの一つだったのかもしれない。

 もし、他国への亡命を目指すのであれば、個人の外見は、絶対と言っていいほど効力をもつ。美形、特に少年少女の亡命者は、そうでない場合に比べて、扱いが大きく異なる。民衆に知れれば、その支持は大きな力となる。ナチアやユーキほどになれば、それこそ大歓迎を受けるであろう。これを利用しない手はない。ナチアの素性も、ばれてしまえば不審に思われるであろうが、次世代ワープ機関の存在が、そのマイナスを補って余りあるアピールとなる。

 …亡命、かぁ…。

 消え去った二人のことを思い浮かべた。

 もし仮に、帝国領内で生きているとすれば。やはり、亡命している確率が高い。

 クリスは、少し真剣になって考えはじめた。

 二号機だけでは、次世代ワープ機関の情報としては不十分である。それでも、亡命するには十分な情報が詰まっている。しかも、オニキスまで付いている。ヘレンなら、クリス達の予想以上に、スムーズに帝国政府に近づくのかもしれない。また、その場合であっても、ボーイの尽力等があれば、クリス達の情報について、帝国側に流れていないという可能性もない訳ではない。

 確定した事実が少なければ、推測はいくらでも広がる。今の状況で、唯一の答えを導くことなどできない。

 他の船に会ったら、情報集めたいところだけど…。問題は、こっちの情報も漏れる可能性があるってことか…。

 クリスは小さく、首を傾けた。

 あとで、シンさんに相談してみよう。

 とりあえずの結論をだし、スクリーンに目を戻すと、まだ迷っているユーキの顔があった。

 しょうがないなぁ。

 クリスは苦笑した。年に似合わないからやめなさい、とユーキに言われたことがある。その時はナチアもついでに怒られていた。

 みんなのモニターを繋ごうって、提案してあげようかな。

 苦笑を笑顔に変えて、クリスは、コンソールに手を伸ばした。

 少年の役柄。

 それは、クリスにしか演じられない、大切な役柄の筈であった。

<次回予告>


 漂流六日目。

 ナチアは、目を覚ました。

 シーツから、もぞもぞと手を出し、大きく伸びをする。


次回マーベリック

第六章 第四十二話「疎外」


「あなたがそこまで、サービスすることはないわよ」

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