番外話「トレーニング」
漂流中、四人が揃った際に、全員で行うことがいくつかある。
そのひとつが、体力トレーニングである。
低重力の環境で長期間を過ごすと、人間は体力が低下する。骨や筋肉、血管、内臓、心肺等の機能低下を最小限に抑えるために、トレーニングが必要となるのである。
ボディ・スーツが、体内に擬似的な有重力の負荷を発生させるため、日常動作でも、ある程度の運動効果はある。
それでも、操縦席に座り続けて、身体に良いはずはない。特に、運動する、という意識は重要である。
こうしてリビング・スペース付近において、四人は毎日、二十分ほどのトレーニングを続けていた。
シンの運動。
リビング・スペースの奥。
いわゆる筋肉トレーニング。
腕立て、腹筋、背筋、スクワット。各種懸垂や倒立。複数の種目を日によって組み換え、休ませる部位は必ず作る。
間に若干の休息を挟むものの、全力でメニューをこなしていく。トレーニング後は、すぐには立てない程度に追い込みをかける。
ボディ・スーツの設定で、負荷は調整することができる。高負荷の時は回数を下げ、低負荷の時はスピードと回数を上げる。どちらにしても、総負荷量は大きく変わらない。
一度、シンが行う低負荷のさらに半分で、クリスが試したところ、指一本動かなくなった。
この人、やっぱり化け物だ。とクリスは思った。
ユーキの運動。
三号機の十字路中央。
四海剣術の型の繰り返し。
直立から抜刀。中段に構えて胴突き。上段に戻して真っ直ぐに斬り下ろし。くるりと回って、横に一文字。そして袈裟斬り。下方から切り上げ。四方向からの攻撃を想定しつつ、順不同で流れていく。同じ型が繰り返される時もある。
やがて、足の運びが加わる。十字路の前後左右に稼働が広がり、上体と組み合わさって、恐ろしいほどの間合いを打ち消していく。ユーキのトレーニングが、四人の中で一番空間を使う。
立体的に駆け巡り、始まりの位置に戻って終了となる。
最初と最後に小さく頭を下げるのは、ユーキの習慣である。この間だけが、修練であると区切るためである。逆に言えば、この時間以外はすべて実戦と認識して、ユーキは日々を過ごしている。
この人も、化け物なんだよな。とクリスは思った。
ナチアの運動。
ベッドの周辺。
最初の五分は、何もしない。床に立つか、ベッドに腰掛けるか。そのどちらかで過ごす。
次の十分は、ストレッチ。四人の中で、最も身体が柔らかいのがナチアである。ゆっくりと、人体の構造上可能な範囲で手足を伸ばしていく。
呼吸はとめない。途中、身体を捻ってヨガのポーズも混ぜる。
最後の五分は、座禅。目を薄く開いて、瞑想する。
ナチアの所作は常に優雅であるが、トレーニング中も、それは変わらない。
合計二十分。ボディ・スーツの設定は、シンと同じか、それ以上の高負荷となっている。
分かっていたけど、化け物だよなあ。とクリスは思った。
クリスの運動。
シンの隣でナチアの手前。
連邦軍の公式体操。二十分バージョン。
ボディ・スーツの負荷は普通。日常と変化なし。
それでも、トレーニングが終わる頃には、息切れして床に転がる。
誰かと比べる必要はない。その時その人で、自分の力を出し切ることに意味がある。
ぼくは普通。
ぜんぜん悔しくない。
他の三人が異常なだけだから。
昨日の自分を超えることが大切。うん。それに集中。
「あなたを見ると、なごみますわね」
まったく悔しくないけれど、次からは少し強度を上げよう。とクリスは思った。
<次回予告>
漂流五日目。
四人は、宇宙の中を漂っていた。
正確には、すでに一週間以上前から漂っていたのであるが、この時、改めて実感していた。
次回マーベリック
第六章 第四十一話「宇宙」
「ごめんね、ユーキさん」




