第四十話「排泄」(3)
「どうだ、直ったか?」
床から上半身を出しながら、シンが天井に問いかけた。
「うん、ばっちりだよ」
「お疲れさま、シン」
「ご苦労ですわ、少尉」
三者三様の答えが返ってきたが、クリスとナチアの声に、笑いの成分が含まれているように感じられた。
「じゃあ、床の扉を閉めて、そのままシャワーに入ってよ」
何故か明るい少年の声に従って、シンは扉を閉め、すぐ横のカプセル・シャワーの中へと入っていった。スクリーン上に映るシンの姿を、クリスは正面から、ユーキとナチアはやや顔をそむけながら眺めていた。カプセル・シャワーを囲むカーテンは取り除かれており、透明なカプセルの中の様子は、そのままの姿で映像化されている。
「準備いいぞ」
映し出された男の声を受けて、クリスが返事をする。
「じゃあ、これから、スクランブル・シャワーを始めるよ」
スクランブル・シャワーとは、クリスが名付けた、高圧放水のことである。マーベリック自体のエネルギーをカプセル・シャワーに送り込む荒業で、カプセル・シャワーを、水流式洗濯機へと早変わりさせることができた。
「五分間そのままで浴びたら、そのあとの五分は、ボディ・スーツを脱いで、どーぞ」
シンの了承を確認してから、クリスはコンソールを操作した。
「うわぁ…」
「あらぁ…」
思わず、ユーキとナチアから溜め息が漏れる。
スクリーン中では、凄まじい勢いで放出されるシャワーが、屈強な体を包み込んでいた。
あれ、わたしもやりたい。
わたくしもですわ。
二人の少女は、切に思った。
…この二人には、見せちゃいけなかったかな?
ユーキとナチアの顔を見て、クリスは思った。
二人のシャワー好きは、もう十分に承知していた。やりたい、などとせがまれては大変である。本来、生活設備にまわせるエネルギーは限られている。これ以上の浪費は、何としても避けなければならない。今回はあくまでも特例なのである。
オニキスを積んだ宇宙船で、まさかシャワーのエネルギーを気にするなんて…。
クリスとしても、やりきれない思いである。
「そろそろ五分ですよ。シンさん、ボディ・スーツを脱いでください」
クリスは、少し早めに声をかけた。いくら何でも、裸のシンを平気で見ることのできる少女達ではない。クリスとしては早いところ、二人の目からシャワーを遠ざけたかった。
案の定、ユーキとナチアは悔しそうに後ろを向き、カプセル・シャワーの中では、シンがボディ・スーツを脱ぎはじめた。
カプセルの外壁は、透過率ほぼ百パーセントの材質でできており、水滴もつかないよう加工が施されていた。これは、貴重な水を内部に残さないための工夫である。
設計者の考えがどうあれ、結果として、カーテンを取り外したカプセルは、内部がまる見えの状態である。大量の水流に包まれているが、シンの姿は、ある程度はっきりと見て取れた。
…これは、使えるかもしれない。
後ろでは少女達が、スクランブル・シャワーの使用許可の取り方について、小声で話し合っている。
クリスは牽制にでた。
「うわあ。シンさん、いい体してるなあ。ここからだと、よく見えるなあ」
ちょっとわざとらしいかな、と思いながら声をだした。
よく見えるですって、どうします、ユーキ?
カーテンがあれば、平気じゃない?
それもそうですわね。
シートの裏側から、声が聞こえる。
「でも、ここからエネルギーの調整が必要だし、カーテンを付ける訳にもいかないしなあ」
え、そうなの? どうして?
マーベリックのエネルギーは膨大ですわ。それを些細なシャワーに使うのですから、微調整は必要…とはいえ、カーテンの有無と関係があるかどうかは…。
関係ない?
かもしれませんわ。クリスは嘘つきですから。
「ぼくは嘘つきじゃないやっ」
つい反応して、シートから立ち上がるクリスであった。
「そんなに、わたくし達にシャワーを使わせたくありませんのっ?」
思わず、ナチアも振り返る。
「まぁまぁ、二人とも…」
ユーキも、二人の間に入ろうとする。
と、その時。
「クリス、水が出なくなったぞ」
シンの声が、操縦席に響いた。
「あ、うん。ごめん」
振り向いて、コンソールに手を伸ばすクリス。
つられて、スクリーンに目を向ける二人の少女。
「!」
「!」
何も知らないのは、スクリーンの中の裸のシン、ただ一人。
「きゃああああああああああっ…」
「いやですわぁあああっ…」
二人とも、子供だな。
クリスは耳を押さえながら、そう思った。
<次回予告>
漂流中、四人が揃った際に、全員で行うことがいくつかある。
そのひとつが、体力トレーニングである。
次回マーベリック
第六章 番外話「トレーニング」
「あなたを見ると、なごみますわね」




