第四十話「排泄」(2)
シンは、ボディ・スーツのみの姿になっていた。
基調の色は黒。部分的に色が入っているのは、マーベリックの宇宙服に共通している。ユーキはピンク、ナチアは白金、クリスは緑、シンの場合は、赤である。
「では、始めるぞ」
通路の天井を見上げる。
「うん、いいよ」
天井に付いた、小さな半球体の出っ張りから、クリスの返事が返ってきた。
その声を受け、シンが作業に取りかかる。
「シン、がんばってね」
「少尉、頼みましたわよ」
二人の少女の声も、半球体から投げかけられた。
この時、シン以外の三人は、全員がクリスの操縦席にいた。三人だけでなく、ベッドのシーツや枕、カプセル・シャワー付属のカーテンや、シンのカヴァード・スーツとプロテクト・スーツなども、同じ操縦席に押し込まれていた。
問題の処理ラインは、リビングのトイレ真下に存在する。その周辺から、極力物を遠ざけて、最低限の人員で作業を行うというのが、今回のプランであった。さらには、各操縦席のドアを閉ざし、十字路に存在する緊急用隔壁も下ろして、一号機と三号機を繋ぐハッチまで閉鎖した。すべて人力に頼った作業である。
そして今、同じ操縦席に体を詰め込んだ三人は、艦内カメラを経由して、シンの勇姿を見守っていた。制御シートにクリスが座り、その後ろ、シートの左右を取り囲むように二人の少女が立つ。六つの瞳が、一人の後ろ姿に向けられていた。
通路の奥に進む、シンの後ろ姿。
トイレの手前、通路の床を開く、シンの後ろ姿。
床に上半身を突っ込む、シンの後ろ姿。
哀愁すら漂いそうな逞しい後ろ姿が、三号機副操縦席のメイン・スクリーンに、無様な格好で映されていた。
「右から二つ目のラインだな?」
シンの声が、天井の出っ張りの中に収められたマイクを通して、クリス達の耳に届く。この半球体の中には、各種センサーやスピーカーも収められている。
「うん、そうだよ」
クリスの声が返る。
分かった、と言って作業を進めるシンを、三人は見守った。
一分が経ち、二分が経った。
スクリーン上のモニターは、いまだラインが正常に戻っていないことを示していた。慣れない作業に、シンも手間取っているのかもしれない。
さらに一分が経つと、そろそろクリスが、後ろ姿の映像に飽きはじめていた。床に上半身を埋め込んだ、下半身だけの後ろ姿である。しかも、男。我慢強いが飽きっぽい、そんなクリス向けの映像ではなかった。
「ねえ、ナチアさん」
つい、隣の少女に話しかけてしまう。
「なんですの?」
金髪の少女は、スクリーンから目を離さない。少なくともナチアは、クリスほどにはシンの作業に飽きを感じていなかった。
「こうして見ると、あれだよね」
「だから、なんですの?」
つまらなさそうに答える。
「ぼく達って、“白龍の真王”に、トイレ掃除させてるんだよね」
「ぷっ」
思わずナチアが吹き出した。
白龍は、内惑星連邦領内にありながら、ほとんど唯一、連邦政府からの独立を維持している商業国家である。商業国家というと聞こえはいいが、実体は連邦中のブラック・マーケットを纏め上げる暗黒帝国である。その白龍の、姿を消した真の王者が今、目の前で、トイレの掃除をしている。
あまりのギャップに大笑いしそうになったナチアとクリスであったが。横から発せられた巨大な殺気に押されて、かろうじて笑うのをこらえた。
「二人とも、笑ったら承知しないわよ…」
黒髪の少女は、視線を逸らさずに、恫喝の言葉を呟いた。
続く




