第四十話「排泄」
漂流四日目。
大なり小なり、トラブルは毎日のようにやってきた。
この日のトラブルは、中でも最低のトラブルであった。
排泄物処理用パイプ・ラインが、詰まってしまったのである。
「………」
「………」
「………」
「………」
クリスからの報告が終わったリビングで、四人はしばらくの間、押し黙っていた。
直接的な原因は、処理ラインに大量の排泄物が流し込まれたからであった。
宇宙船マーベリックには現在、合計五つのトイレが存在する。各操縦席に一つずつ簡易タイプが設置されており、これで四つ。三号機リビングの奥に、簡易ではないタイプが一つ。全部で五つである。
基本的には、どこのトイレを使おうと問題はないのであるが、いくつかの制約は存在した。比較的制約が大きいのが、操縦席のトイレである。リビングのトイレが循環システムを採用しているのに対して、あくまでも簡易式であり、一定の容量が存在した。それを超える前に、中身を移す必要がある。移し方には二通りあり、宇宙空間に捨てるか、リビングの処理ラインに流すかの、どちらかであった。ただし、宇宙に捨てるのは手間がかかるため、現実的な選択肢として、処理ラインを利用することが決定されていた。
ここまでは問題なかった。全員が、この制約を理解していた。問題は、本来メインで使用すべき筈のリビングのトイレが、ほとんど使用されず、各自が各操縦席で用を済ませていた、という点にあった。
「簡易トイレの容量がいっぱいになる前に、ちゃーんと流してくださいね」
何気ないその一言が、悲劇を生んだ。
発言したクリスも含め、全員が、ほぼ同時刻に、三号機の処理ラインに簡易トイレの中身を流してしまったのである。
エネルギーを節約するべく、全機関に特別な設定がなされており、処理ラインも例外ではなかった。結果、いっせいに流し込まれた排泄物を処理できず、詰まってしまったのである。
生命維持システムで上がったエラーをクリスが調査し、四人が集まり、その後、無言の集会になった。
長めの沈黙を破ったのは、責任の一端を感じているクリスであった。
「とにかく、これからは、メインのトイレを使おうね」
目先の問題に触れるのは、クリスにもできなかった。それはすなわち、誰が処理ラインを直すかに直結する。
「ああ、そうだな」
同意したのはシンであり、他の二人は、素直に了解はしなかった。
「でも、ね、クリス。わたし達の気持ちも、わかるでしょ?」
「ええ、まあ、いちおうは」
ユーキに尋ねられて、クリスも頷いた。クリス自身、メインのトイレはあまり使おうとはしなかったのである。
「いちおう、では、ありませんわよ。あんなトイレ、わたくしとユーキに、どうやって使えと言いますの?」
苛立ちながら、ナチアが嫌悪の眼差しを通路の奥に向ける。
そこには、カプセル・シャワーと並んで、ぽつんとトイレが設置されてある。
シャワーはカーテンに包まれているが、トイレにはカーテンも、ドアも壁も、遮るものがなかった。そのままの形で、通路の奥に設置されている。
まる見え。
それこそが、使い勝手のよさにも関わらず、このトイレが使われなかった最大の理由であった。
「でも、二度と詰まるのは嫌じゃないですか…」
おとなしい声でクリスが答える。ユーキとナチアも、その点について異存は何もない。
「ええ、そうね…」
「確かに、嫌ですわね…」
「これからは、シャワーのカーテンを工夫して、トイレとシャワー両方を隠すように…」
「通路に設置しようね…」
「初めから、そうすればよかったのですわ…」
会話がとまり、再び沈黙が訪れようとしたが、かろうじて一人がくいとめた。
「ともかく、人力しかないんだな?」
四人の中でただ一人、恥ずかしいからという理由以外で、メインのトイレを使わなかったシンであった。トイレを使いたい時間に、ナチアやクリスの就寝時間が重なったため、さすがに遠慮をしていたのである。
「うん…。誰かが…直さないと…」
答えるクリスの声には、元気がなかった。自動修復システムが万全であれば「人力」などという言葉は、でてくる余地はないのであるが。システムの完全復旧はまだ先であり、現状では頼ることができなかった。
「では、俺がやろう。手順を話せ」
え?
クリスの、ユーキの、ナチアの心に光が宿った。
では、俺がやろう。
何と素晴らしい言葉であろうか。自分以外の人間が発する言葉としては、最上級の言葉ではないだろうか。
ぼく、シンさんのこと、大好きだよ。
クリスは思った。
さすがシンだわ。もう、わたし、なんて言ったらいいのか…。
ユーキは感激に瞳を潤ませた。
見直しましたわ、少尉。
ナチアの中で、シンに対する好感度が小さいながらも上昇した。
「ほら、早く手順を話せ」
急変した三人の表情に苦笑しながら、シンはクリスに声をかけた。
続く




