第三十八話「洗体」
漂流二日目。
初めに、四人は、睡眠時間に関する変更を決めた。
原因はクリスであった。
ナチアとほぼ同じ時刻に眠ったクリスであったが、ナチアが起き、三人が揃い、自動修復システムの調整をする段になっても、まだ起きてこなかったのである。クリス抜きであまり深いところを触る訳にもいかず、待ちくたびれ、手持ちぶさたになりかけた三人の前に、ようやくクリスは顔を出したのである。
遅れて、すまなさそうに謝るクリスを、だが三人は責めなかった。クリスは自分達よりも年下で、かつ、多くの睡眠時間を必要とすることは、ヘブンでも分かっていた。
二日目以降は、クリスの睡眠時間が増やされ、代わりに、シンの睡眠時間が減らされることになった。
ユーキなどはシンの体を心配したが、シン自身の提案でもあり、決定事項として処理された。
シンが居眠りしても、見なかったふりをしよう。
ユーキは、そっと、心に決めた。
一同が自動修復システムの調整に追われながらも、ようやく一日を終えようとした時、クリスが異変に気が付いた。
初めのうちは、通信器での相談と検討が続いたが、どうにも結論が得られず、遂には、各自の仕事を切り上げて、三号機に集合することになった。
船首側の通路には、二段のベッドとシャワーにトイレがある。通路の幅も、若干広くとられている。また、食料庫もあり、簡単な調理設備も付いていた。一同の生活の中心となるこの場所には「リビング・スペース」という名称が与えられていた。この、面白味も何もない命名をしたのはクリスであり、他の三人も、あえて別の名前を考えるようなことはせず、なし崩しで定着することになった。
四人は昼食の時以来に、そのリビングに集まっていた。
ユーキと、特にナチアは苛立っており、クリスは困り果て、シンは一人、我関せずといった顔をしていた。
「いくら、クリスが何と言おうとも、これだけは譲れませんわよ」
第一声は、ナチアであった。引き倒されたベッドに座ろうともせず、腰に手をあてた格好で、クリスの前に立っていた。
「じゃあ、どうすればいいのさ?」
クリスとしても、譲れない問題であった。声は、自然と硬いものとなる。
「それを考えるのが、クリスの役目ですわ」
「考えたからこそ、こうやって話してるんじゃないか」
徐々に熱くなりはじめた会話に、たまらずユーキが入り込む。
「ねぇ、クリス。ほんとうに、だめなの?」
ユーキのお願いに、クリスは弱かった。
「…うん。できれば、我慢してほしいんだ」
「ですから我慢できないと、さっきから言ってますわ」
ここぞとばかりに、ナチアが強い態度にでる。
二人の少女にはさまれたクリスは、年長者に助けを求めた。
「ねえ、シンさん。シンさんからも何か言ってよ。このままじゃ、ぼく達干上がっちゃうよ」
三人の視線を受けたシンであったが、即答は難しかった。
先ほどから四人が話しているのは、シャワーの使用時間についてであった。
リビングの奥に備え付けられている、カプセル・シャワー。それは、女性陣にとって、心と身体のオアシスであった。
いつまででも入っていたい。
二人の少女は、似たようなことを考えながら、それぞれ寝起きにシャワーを使用していた。だが、資源の限られた宇宙船の中で、そういつまでも入っていられないと、理解はしていた。そうして、二人とも必死の我慢をして、早めに切り上げることに成功したのである。少なくとも当人達は、成功したと思っていた。
しかし、生命維持システムのチェックをしていたクリスは、データ上その使用時間を発見して、思わず驚愕の声を上げた。
三十分。
二人合わせて、ではない。二人合わせたら、その倍になる。
通常女性が、通常どのくらいシャワーなりバスなりに入るのか、クリスは知らない。しかし、三十分という時間は、半ば漂流している宇宙船の中で許される限度を、大幅に越えていることだけは確かであった。
一日の中で、一同がシャワーを使用できる時間は、二十分であった。それが、クリスが頭を悩ませ、使用可能な水量から割り出した、ぎりぎりの値であった。
この話を聞いたユーキとナチアは、シャワー時間の削減に大きく反対した。三十分という時間でも、少ないと思っていた。それが一気に三分の二に減らされては、たまったものではない。ヘブンにおける訓練中ですら、睡眠を削ってでもシャワーの時間だけは確保してきた。それでも、何とかクリスが状況の厳しさを説明し、二人も仕方がないのだと納得しかけた時、大きな誤解の存在が明らかになった。
二十分とは、四人全員で使用できる時間だったのである。
つまり、一人当たり五分。
ユーキとナチアが、悲鳴を上げる番であった。
「もう、それ以上時間は伸ばせないんだな?」
シンの質問に、クリスは大きく頷いた。
「これ以上、一秒もまけられない」
クリスの目は真剣であった。
そんな眼差しを受けても、シンはよい返事ができない。
ナチアはともかく、ユーキまでもが、必死の眼差しをシンに送りつけていた。とりあえず、シンは正論から入った。
「ユーキ、ナチア」
「なんですの。最低、一人二十分ですわよ」
「ごめんなさい。そのくらいは、ほしいのよ」
名前を呼んではみたものの、取り付く島もない反応が返ってきた。
「一日、合計二十分しか、シャワーは使用できない。まず、これは分かってくれるな?」
本人としては、できるだけ柔らかい言い方をしたつもりであったが、二人の少女は、そうはとらなかった。
「いいえ、わかりませんわ」
「もう少しでも、伸ばしてほしいのよ」
やはり硬い返答である。
クリスの必死の表情を横に見ながら、シンは、少し強く出るしかないと判断した。
「いいか、お前達で計算して、クリス以上の答えが出せるのなら、それでいい。だが、それができないのであれば、諦めろ」
「そんなの、ひどいですわよ」
「お願い、あと少しでいいから」
それぞれの反応で、シンに訴える二人であったが、シンは首を振った。
「二人で一緒に入れば、十分になる筈だ。それで諦めろ」
「それなら、少尉も、クリスと一緒に入ればいいんですわ」
「十分間でも、やっぱり短いのよ」
シンの隣では、クリスが無言で応援をしていた。
「申し訳ないが、俺とクリスでは、物理的に同時には入れない」
「二人の勝手ですわね」
「わかるけど、でもシン…」
「俺の分を、一分なら分けてやる。クリスもよければ、同じく一分。合わせて十二分。それで我慢しろ。でなければ、十分で決まりだ」
勝手に時間を減らされそうなクリスは、やや不満であったが、黙ってしまった二人の少女を見て、これで決まるなら文句はないや、と思い直した。そもそもクリスは、男女の違いをこういう時に言ってくるのは、おかしいと考えていた。だが、それを口にするとまたややこしくなると思い、発言は慎んだ。
「せめて、十五分…は、ほしいですわ」
「そうね。それ以上は、譲れない。ごめんね、シン」
苦しそうに、二人は口を開いた。
クリスとしては、お手上げ状態であったが、シンは、そう思わなかった。
クリスの方を向き、
「それでいいか、クリス?」と、聞いてきた。
二人の少女は目を輝かしたが、クリスは納得がいかない。いくら何でも、二分三十秒でシャワーを終える自信はなかった。
そんなクリスに、シンは、単純な発想の転換を提示した。
「俺達は、一日おきに五分ずつ入る。それでどうだ?」
ああ、その手があったか。
クリスは了解した。
「うん、いいよ」
晴れ晴れとした気持ちで答える。清潔度の基準をどこにとるかは人それぞれであるが、少なくともクリスにとっては、許容範囲内の提案であった。
だがしかし、そんなクリスとは対照的に、ナチアが憤慨をはじめた。
「そんなの、ずるいですわ。それなら二人とも四分ずつにして、わたくし達の時間を十六分にするべきですわ」
口を尖らすナチアを、今度はシンが睨みつける。
「俺達は、一日おきに入るんだ。その程度は認めろ」
至極もっともな意見であった。
「十五分でいいって言ったの、ナチアさんじゃないか」
クリスもシンを援護する。
「ですけど…」
なおも反論しようとするナチアに、シンは首を振る。
「クリス、もう一度、時間が制限された理由を言ってやれ」
シンの言葉を聞き、ナチアは嫌な顔をし、クリスはにっこりと笑う。ユーキにとっても、あまり聞きたい話ではない。
「理由は、水量と循環、若干のエネルギーの問題。そして何より…」
説明の途中で、ナチアは横を向き、ユーキは下を向いた。
「誰かさんと誰かさんが、生命維持システムの止まっている最中に、五時間近く、シャワーを使い続けたから」
とどめの一言であった。
<次回予告>
漂流三日目。
ナチアが疑問に思った。
四人はリビングで、昼食をとろうとしていた。
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第六章 第三十九話「食事」
「食事中です、静かになさい」




