第三十七話「睡眠」
漂流一日目。
方針を決めた四人は、とりあえず、眠ることにした。
一仕事を終えて疲れてもいたし、助かったという安堵の気持ちもある。シンを除く三人には、催眠ガスの影響も残っていた。シンも本調子ではない。
最初のワープができるまで、およそ一週間。それまでは推進機関も作動できず、半ば漂流状態となる四人ではあったが、やる事は山のようにあり、スケジュールは過密状態となることが予想された。そのような状況下、健康管理も必須の仕事であり、睡眠は重要な要素であった。
「でも、どうしようか?」
ユーキの一言が、続く睡眠論争の幕開けとなった。
宇宙船には、四人の男女がいて、ベッドは二つ。場所は三号機の通路で、壁から引き倒すタイプの二段ベッドである。
結論としては、夕方から真夜中にかけて、シンとユーキが一つずつベッドを使い、その後、同様にナチアとクリスが使うことになったのであるが、決まるまでの経緯は、紆余曲折に満ちたものであった。
ユーキとしては、自分とナチアが同じ時間に寝て、シンとクリスも同様に眠ればいいと考えていた。男同士、女同士、男女別。ユーキにとっては、当然であった。どうしようかと一同に尋ねたのは、どちらが先に、という意味である。
ところが一方、クリスはそうは思わなかった。クリスとしては、ユーキの恋を応援したい気持ちでいっぱいであった。シンとユーキが同じ時間に寝る。それこそが、クリスにとっての、当然であった。時間だけでなく、ベッドも同じでいいよ。そう言ったクリスは、ナチアに頭を、はたかれることになった。
そのようなナチアとしては、シンとユーキがどうにかなるなど、もっての他であった。大切な友人を、大嫌いな男の毒牙にかけるなど、許す理由はない。生命維持システムが回復する前、二人の関係を応援したのは、あくまで極限状況下の気の迷いである。ナチアはそう考えていた。さらに、自分のシーツは男連中と共用はできない。これは絶対条件である。ユーキとクリスが一緒の時間に寝て、シンと自分が、それぞれ時間をずらして眠るのがベスト。
わがままなんだか、気を使ったんだか分からない三人の意見を、シンがまとめた。
船の修復は始まったばかりで、ヘレンがかけたロックが解かれていないシステムも多数存在する。作業効率は少しでも上げなくてはならない。また、敵襲に備えて、戦闘のシミュレーション訓練を行う必要性もある。そうである以上、一号機のパイロット同士と、三号機のパイロット同士が、同時に睡眠をとるのが好ましい。
正論であり、また、正論よりも感情を優先させるような人間は、四人の中にはいなかった。
こうして、各自の内心はともかくとして、睡眠に関するルールが決まった。当然、ナチアとユーキは同じベッドを使用することになり、ナチアの希望で、上段のベッドが女性用として指定された。下段のベッドが食事等の際に椅子として使われると想像できたためであるが、これに関しては反対もなく、すんなりと受け入れられた。
クリスが、あと少しやりたいことがある、と言ったので、先にシンとユーキが眠ることになった。
それじゃあね、と言って、嬉しそうにクリスが立ち上がり、渋々とナチアが続いた。
がんばってね、ユーキさん。
クリスは目で合図した。
気を許してはいけませんわよ。
ナチアも目で合図した。
行かないでよ、二人とも。わたし、どうすればいいのよ。
ユーキも二人に、目で訴えた。
「そうだ。一応、お前達にも言っておくぞ」
シンの声が、三人を振り向かせた。
「寝る時は、必ず宇宙服を脱いで寝ろ。ボディ・スーツ以外、全部だ」
ユーキの、クリスの、ナチアの、表情が固まる。クリスだけは笑顔。
「緊張を解いて、疲れをとるためだ。いいな、厳守しろ」
正論であり、それに逆らえるような人間はいなかった。
眠れなかった。
眠れる訳がなかった。
ミナヅキ・ユーキが眠れる理由など、何ひとつ存在しなかったのである。
自分は上段ベッドで横になっている。
シンは下段ベッドで横になっている。
考えるだけで胸の鼓動が速くなる。
ボディ・スーツは素肌に密着している。つまり。
自分はシーツの下は、下着姿同然の状態である。
シンもシーツの下は、下着姿同然の状態である。
目は覚める一方であった。
ボディ・スーツで寝ること、それ自体に、大きな抵抗はない。士官学校から軍に入ってきたユーキは、常に異性の目に晒されてきた。そんな時、最低限露出してもいい衣類として、ボディ・スーツを活用してきた。
ボディ・スーツは、見られてもいい。体形を見られるのは仕方ない。仕方ないから気にしない。
今まで、そうやって生きてきたではないか。
いくら自分に言い聞かせてみても、胸の鼓動は収まらない。
生命維持システムが停止した船内で、自分は何をした。自分とシンは、何をした。
思い返すと、赤面するばかりである。
小さく息を吐き、傍らのフックに掛けた宇宙服を見た。通路の照明は落としてあり、ベッドの脇の非常灯が、ほのかな灯りを提供している。宇宙服の胸元についた時計を確認すると、横になってから三十分が経過しようとしていた。
どうしよう。
ユーキは悩んだ。シンに対して、どのような態度をとればいいのか分からなかったし、それよりもまず、今は眠って疲れをとらなければならなかった。
ううん、今日だけじゃないんだ。
当たり前の事実に、ユーキは思い至った。四人の予定では、これから三ヶ月間も、同じような生活が続く。
間違いなく睡眠不足になる。やっぱり、寝る時のメンバーを変えてくれるよう、明日お願いしよう。
そう思った時、ベッドの下から、声が聞こえた。
「ユーキ」
シンの声は、相変わらず落ち着いていた。
「は、はい」
答える声は、落ち着いてなんかいられなかった。
なにかな。なにを話すのかな。こっちにこいとか言われるのかな。そっちにいくとか。どうしよう。やだ、こんな姿なのに。でもシンなら…、でも心の準備が…。
一瞬の間に、そこまで考えた時、次の言葉が耳に届いた。
「眠れないのか?」
心配してくれてたんだ。シンが、わたしのこと、心配してくれてたんだ。
あっという間に、ユーキの心が薔薇色に染まる。
「…うん。ちょっと…」
少し、恥じらいながら答えた。
「俺も寝る。お前も寝ろ」
シンの声が、ユーキには心地よい。
「うん」
嬉しそうにユーキは答えた。
やっぱり、寝る時のメンバーは、今のままでいいや。
いつのまにか、ユーキは心変わりしていた。
何やら幸せな気持ちに包まれて、ユーキはそのまま、眠りに落ちていった。
恋愛事に関しては、実に単純な少女であった。
続く




