第三十六話「進路」(3)
「連邦まで、最短三ヶ月。食料も三ヶ月分。必要な五回のワープの内、一回目に戦闘能力三十パーセント。完全復旧までに最短二ヶ月。帝国に見つかっている可能性は、約五割…。ただし、ワープのたびに、発見される確率は上がっていく。一回でも戦闘になった場合、やっぱり亡命します、など、簡単には通用しないだろう」
黒い瞳が、二人の少女に向けられる。
「どう、考える?」
シンの視線を追うようにして、クリスの視線が二人に注がれる。
クリスとしては、是が非でも連邦に帰りたかった。ヘレン・スタイナーに負けっぱなしは、嫌だった。
そんなクリスの視線を受けて、ナチアが応える。
「せめて、戦闘能力五十パーセントは、ほしいですわね」
ナチアの発言にクリスは、
ええっ?
といった顔になる。
「ですが、まぁ、残りの二十パーセントくらいは、わたくし達の個人的能力で埋められますでしょ」
「ありがとうっ、ナチアさんっ」
今にも飛びつかんばかりのクリスである。
そんなクリスを手で制しながら、ナチアは言葉を続ける。
「言っておきますけど、クリスほど、勝った負けたと、気にしている訳ではありませんわよ」
そんなの嘘だ。
と、クリスは思ったが、黙っていた。
「オニキスがまだ、ここに二つありますわ。何としてでも、持ち帰らなくてはなりません」
「へー。ナチアさんもけっこう、連邦思いなんだ」
「わたくしが気にしているのは、連邦と帝国のパワー・バランス。オニキスには、それだけの力がある…。軍を関与させたのもまずかったですわ…。こんなことになると分かっていたら、貸し出しなどしませんでしたわよ」
「そっか…。んー…、なんとなーく、そうかなって思ってたんだけど…」
「なんですの?」
「ナチアさんは、オニキスがあったから、このチームに参加したんだよね?」
「そうですわね」
「ぼくみたいな子供がテスト・パイロットに呼ばれるなんて、ちょっと違和感あったんだよね。いくら、実験自体は安全だろうって言われてても、さ」
それは、ユーキも感じていたことであった。そして、かつてボーイも同様の違和感をもっていた。
「安全だったの?」ユーキが尋ねた。
「一応ね」クリスは肩をすくめる。
「複数のワープ機関を併用するだけなら、普通の技術だし。たとえ新式ワープが失敗しても、ただの長距離ワープになるだけだったから」
「結果は、大外れですわ」
「とはいえレベル・セブンだし、実験以外の部分には、ある程度の危険が予想されていた。それでも、ナチアさんが手を上げたから、結局、それがチームの採用基準になったんだ。年齢は問わない。能力さえあればいい、って」
ナチアは頷き、肯定する。おそらく、それが事実であろう。
「と、いうことはさ。このメンバーが集まったのって、ナチアさんが原因なんだよね…」
「なにか文句がありますの?」
「いえ、ありません…」
自分で言っておいて、クリスは身を小さくする。分かったから、つい口にした。少年の悪い癖かもしれなかった。
「でも、わたし、みんなに出会えて、よかったって思ってる。ほんとよ」
ユーキの言葉に、クリスも大きく頷く。
「いずれにしても、ですわ…」
ナチアは同調する気にもならない。
「クラーギナの娘が帝国に亡命など、理由はどうあれ許されるものではありません。連邦を目指すしか、わたくしには選択肢がありませんわ」
軽く首を振ってから、ユーキを見る。
「ユーキは、どうですの?」
「うーん、と…」
ゆっくりした口調で、ユーキは答える。
「わたしには、ナチアほど複雑な背景はないし、クリスほど感情を優先できない…けど…」
ナチアを見て、クリスを見て、そしてシンを見る。
「この船は軍艦で、わたしは軍人で、現在の任務は、ワープ事故や遭難等の特殊事態に対応すること。だから…。やっぱり連邦に帰るべきだと思う。…シンは、どうかな?」
三人の視線を受け、黒髪の偉丈夫が答える。
「今の俺の役割は、残ったメンバーを守る事だと考えている。帝国への亡命が安全とは言えない以上、お前達三人の、意思をこそ、守るべきだろうな」
「さっすが、シンさん」
「ありがとう、シン」
「…優等生すぎて、気持ちの悪い回答ですわね」
悪態をついたのは、ナチア。
「わ。雰囲気、ぶち壊し」
「ナチアったら、そういうこと言わないの」
チーム・メイトの非難も、意に介すところではない。
「これからの旅路が、楽なものとは思えませんわ。飾った言葉はいりません。本音をいただけませんこと?」
「本音を言ったつもりだが…、そうだな…。俺の趣味、嗜好というのであれば…」
シンは、少しだけ間を置き、言葉を選んだ。
「より、困難な道が望ましい」
「はじめから、そう言えばいいのですわ」
こうして、マーベリックは、遠く連邦を目指すことになる。
「ただし、一つだけ、決めておく」
「なに?」
ユーキが尋ね、ナチアとクリスが回答を待つ。
「最後の最後、どうしてもという時は、俺がタイミングを決めて、降伏をする。構わんか?」
三人に、いやはなかった。
<次回予告>
漂流一日目。
方針を決めた四人は、とりあえず、眠ることにした。
一仕事を終えて疲れてもいたし、助かったという安堵の気持ちもある。シンを除く三人には、催眠ガスの影響も残っていた。
次回マーベリック
第六章 第三十七話「睡眠」
「眠れないのか?」




