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第三十六話「進路」

「それじゃあ、結果を報告するね」

 明るい声であった。

 立ち上がって話すクリスの正面には、ベッドに座るユーキとナチアの姿がある。

「まず、生命維持システムについては、ほぼ完全に回復しましたので、ご安心ください」

 一同は安堵の息を漏らした。

 クリスの横、通路に直接座り込んでいるシンからも、安心した様子が表情にでていた。

「それで、自動修復システムはどうですの?」

 一息ついたところで、ナチアが尋ねた。

「はい。以前にも話したとおり、システム自体にもかなりのダメージが計上されています…。ですがっ、生命維持システム用エネルギー・バイパスの仮修復を終えたあとも、最低限の稼動率は確保し、現在は自己修復と、残りのエネルギー・ラインの修復を、並列的に行っていまーす」

 答えるクリスの声は、弾んでいた。

 助かった喜びもあったが、今はそれ以上に、宇宙船マーベリックの自動修復システムの素晴らしさに感極まっていた。ブラック・ボックスに包まれていたとはいえ、ほんの僅かに残ったエネルギーを元に、誰の手も借りず、その名のとおり自動的に自らを修復して、生命維持システムを回復させたのが、このシステムである。クリスにとっては、愛い奴、であった。

「各システムとラインは、どのくらいで直りそうだ?」

 見上げる体勢で、シンがクリスに質問した。

 意識を回復させ、栄養補給飲料で胃袋を満たした四人が最初に行ったことが、生命維持と自動修復の、両システムのチェックであった。各自の操縦席に戻ったシン、ユーキ、ナチアが演算処理のサポートを行い、クリスがそれをまとめた。その結果が、発表の場を迎えたのである。

「はいっ。完全な修復には、相応の時間がかかりますが、長距離通信ができる程度まで、約三日。簡易ワープまでには、約一週間が予想されます」

 長距離通信ができるということは、救難信号を打てるということである。少なくともこれで、最低限の保証は確保ができた。

「そうか」

 答えるシンの口調も、自然と柔らかいものとなっていた。

「それから、シンさん」

「何だ?」

 クリスの声は、やや真剣味を帯びていた。

「この他にも、いろいろ調べたので、報告します」

 シンが頷き、残りの二人も見守る中、クリスは報告を始めた。

「まず、エア並びに水については、当面の間、艦内で循環させるだけの設備が整っています。また、食料についても…」

 ここでクリスは、背後の壁を開いて見せた。

 倒すように開かれたそこには、食料品と思われる箱型のパッケージが大量に並んでいた。

「約、二ヶ月分があります」

 覗き込むように食料を眺める三人に、説明を続ける。

「各操縦席から宇宙服に注入できる栄養補給飲料と併用すれば、約三ヶ月分となります。見ての通り、艦内各所のロックもだいたい解除済みです。そして…、修復しながらとはなりますが、五回のワープで約三ヶ月かければ…、帝国領を、縦断できることが判りました」

 クリスの目は、固い決意を三人に伝えていた。

 少年は言っていた。

 連邦に帰ろう、と。

「帰ることが…、できると言いますの?」

 ナチアが、ゆっくりとした口調で尋ねた。

 にわかには信じられなかった。ここは、帝国の最深部なのである。

「できます」

 クリスは頷いた。

「ただし、危険や障害があるのも事実です。まず前提として、同時代には帰れません」

 クリスの言葉の意味を、三人は即座に理解した。クリスは、連邦と帝国を隔てるワープ不可空域について言及していた。

「ワープの中核となる二号機が存在しない以上、この一号機と三号機でできるのは、あくまで簡易ワープでしかありません。完全に復旧したとしても、中距離ワープが精一杯。不可空域を跳び越えるような神業は望めません。つまりぼく達は、通常航行で、不可空域を抜けなければならないのです」

 通常航行で不可空域を抜ける。その、意味するところは。

「…どのくらい、かかりますの?」

 時間がかかる、ということである。

「最大の亜光速で突入した場合でも…、五十年から…百年はかかります」

 クリスの答えに、一同は絶句した。

「もちろん、その間、ぼく達は年をとりません。艦内経過時間は、二週間程度を想定しています」

 物体は、光速に近づくほどに時の流れを遅くする。宇宙戦闘を生きるパイロットにとっては、当たり前の事実であった。

「そんなに、ですの…」

「はい、残念ですが…」

 尋ねる方も、答える方も、この時ばかりは表情に影がさす。

「スタイナーは数十年で戻ってきましたわ。しかも、今回は片道ですわよ」

 教官、とは言わないナチアに対し、クリスはあまり気にしない。

「教官はそれだけ、薄い所を航行したのです」

「わかってますわよ」

 ナチアは軽く手を広げる。

「スタイナー教官は、もともと国境の防衛線にいました。当然、反対側には帝国軍が控えていた筈です。それに対して、ぼく達が突破できるのは、敵の少ない、不可空域の厚い所しかないんです」

 クリスは、小さく首を振った。「敵軍を前に踵を返した教官と、今のぼく達とでは、状況が違いすぎます」

 納得した様子のナチアから、クリスは視線を動かした。

「それでも…。未来へ跳ぶことと、そこに辿り着く間に想定される、敵襲来の危険性を考えても、なお…」

 真っ直ぐに、シンを見る。

「ぼくは、連邦に帰りたいんです」

 短い静寂。

 そして。

「理由は?」

 シンの質問に対し、クリスは直接には返答しなかった。視線を戻して、金髪の少女を見る。

「ナチアさんなら、解ってくれるよね?」

 期待を込めた少年の声を受け、ナチアは小さく息をつく。

「経緯はどうあれ、不本意な形での亡命は、嫌ですわね。ましてや、捕虜として扱われるなど、論外ですわ」

 ナチアの答えに、クリスは大きく頷く。

 負けず嫌い、という一点において、二人は一致していた。

「ぼくもそう思います。それに、ここで帝国に下っては…、ボーイさんに、申し訳が立ちません」

 十四の少年が、十九の青年に訴える。

「連邦に帰りましょう」

 小さな間を置き、シンが答える。

「クリス」

「なに?」

「まず、機体の状況を詳しく話してくれ。これからどうするかは、現状を把握してからだ。ナチアも、それでいいな?」

「よろしいですわ」

「分かりました。それじゃあ、細かい説明、始めます」

続く

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