表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/243

第三十五話「マイナス」(2)

 ナチアは、目を覚ました。

 穏やかな薄い光の中、ぼんやりと、通路の壁が見えた。

 ………ここは、どこですの?

 まわりを見ようとする。

 だが、それができない。身体が、硬く固まっていた。

 嫌ですわ、まったく。

 なんとか、動かそうとする。そして気付く。

 自分の胸を、触っているものがある。

 …これは、なんですの?

 手?

 わたくしの手?

 いえ、これは…。

 少尉の手!

「!」

 撥ね起きた。

 ナチアとしては、体ごと跳び起きたつもりであったが、実際には、僅かに上半身が持ち上がっただけであった。

 胸にあった手が、ナチアにかかっていたシーツごと下方に落ち、ちょうど下腹部の上にくる。

 いっ、いやらしいですわねっ!

 男をぶったたこうと、振り向く。

 そして、認識する。

 自分が、シンの腕の中にいたことを。

 …なんですの、この状態は?

 ナチアの隣にはクリスがいた。逆側にはユーキがいた。ナチアも含めて、全員が同じシーツに二重で包まれていた。

 ………。

 しばらく、それらを眺めていたナチアであったが、ゆっくりと、ユーキの頚動脈に触れてみた。次に、クリス。

 二人とも…、生きているようですわね。

 自らの胸元を覗くと、緑のランプが光っている。絶望のカウント・ダウンは、小型のコンソール上で、マイナスの時間を刻んだまま停止していた。

 残りマイナス、二十一時間。

 ぎりぎりで間に合った。完全死を回避することができた。理由はともかく、空気が戻り、覚醒用のガスが起動した、ということか。

 ひとつ息をつき、最後の一人、シンの頚動脈に触れる。

 ………!

 頭から血の気が引いた。

 脈がない。いや、あるが、弱い。

 ユーキとクリスの体をどかし、硬直した口元に顔を近づける。

 呼吸をしていない。感じられない。

 シンの胸元を見るが、緑のランプも、赤いランプすら点いていない。つまり、ガスを使用しなかったということか。

「…このっ、馬鹿っ」

 急いでコンソールを操作するが、救命用のシステムが稼動しない。宇宙服のエネルギーが足りない。

 システムが駄目なら、人間がやるしかない。宇宙服を脱がせる。

 手が急ぐ。焦る。

 衝撃吸収用のプロテクト・スーツの前を広げて、横たえる。気道を確保し声をかけるが、息が戻らない。横たえた体に跨り、厚い胸板に両手を添える。

 許しませんわよっ、ここまできてっ。

 体重を乗せ、強く押す。

 視界が傾く。当然だ。体力は戻っていない。遠くなりそうな意識を、辛うじて手繰り寄せる。今、自分が倒れる訳にはいかない。

 口元に顔を寄せる。

 まだ呼吸が戻らない。

 再度馬乗りになり、胸板を、その下の心臓を押し込む。

 …っ! …っ!

 戻らない。

 この状態で、何分経った? 何十分?

 焦りが増大する。

 パートナーの方を見た。「ユーキ…っ、ユーキっ」呼ぶが、反応がない。都合よく起きろという方が無理か。

 まだ…! 戻らない…!

 横に移動し、再び気道を確保する。

 シンの鼻を摘まみ、顎を押さえ、大きく息を吸い込んでから、唇を重ねる。その、瞬間。

「…ナチアの、…まで奪っては、な…」

 少女の顔を、大きな手のひらが静止させる。

「少尉っ」

 ナチアの体から力が抜けた。思わず、倒れそうになる。

「二人は、無事か…」

 薄目を開き、横になったままでシンが尋ねる。

「大丈夫…ですわ…。まだ、意識は、戻ってませんけれど…」

「そうか…」

 ナチアも限界であった。シンの隣に、ずるずるとその身を横たえる。

「無理をさせたな。すまん…」

「いえ…」

「生命維持システムが…、稼動したのか?」

「おそらく…。結果から見れば…、自動修復システムが、復旧したのですわね…」

「ブラック・ボックス…、だったか…」

「ええ…」

 二人、ともに目を閉じる。呼吸音が大きめに聞こえる。ナチアの息は、まだ荒い。

「…なぜ…、催眠ガスを、使わなかったんですの…」

「起きていれば、何か、できるかもしれないと、な…」

「馬鹿ですわね…。あと少しで、無駄死にですわよ」

「そうだな」

 急に、ナチアの胸に、感情の渦が込み上げてきた。

 残りマイナス、二十一時間。

 それは、途方もなく長く、苦しく、厳しい時間。

 明確な希望もないまま、それでも堪えた、孤独な時間。

「…少尉」

「何だ?」

「まさか、死に損なった、とか、考えてませんわよね?」

「…それを言ったら、ユーキやクリスが許さないだろうな」

「わたくしも許しませんわ」

「そうか、すまん」

「わたくし、あなたが…」

 大っ嫌いですわよ、と、続く筈の言葉は途切れたままで、船内を流れる風の中に消えていった。



  第五章 終

<次回予告>


 明るい声であった。

 立ち上がって話すクリスの正面には、ベッドに座るユーキとナチアの姿がある。


次回マーベリック

第六章 第三十六話「進路」


「それでも…。未来へ跳ぶことと、そこに辿り着く間に想定される、敵襲来の危険性を考えても、なお…」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ