第三十四話「限界」
残り、二十四時間を切った。
温度の低下と、酸素の欠乏が、実感として現われるようになった。
まだ、正気を保っていられる。
四人はたまに寝て、たまに起き、少し話し、水を飲み。宇宙服の栄養補給飲料を吸い。トイレに行き。
少しずつ、死に近づいていった。
残り、約十二時間。
ユーキはシンの横に座り、その腕にしがみついていた。
触れていないと不安であった。触れられていないと寂しかった。
艦内温度の低下が進み、四人は、ベッドからシーツをとり、自分達の身をくるんでいた。一枚をシンとユーキが使用して、一枚をナチアとクリスが使用した。二つの白い塊が、同じベッドの上に並ぶ。首から下は宇宙服が防寒してくれる。シーツは主に、首の周りを包むためのもの。
照明が眩しくなってきたので、照度を下げた。寒さは増して、空気は薄くなっていった。
クリスは、嘔吐感を抑え込んでいた。
頭が痛かった。身体の節々が痛かった。
眠ってしまいたかったが、それもできなかった。
こうなることは分かっていた。自分の身体が、一番小さいのである。体力も、他の三人に遠く及ばない。当然、一番先に死ぬ。
そうだ、そろそろみんなに、眠り方を教えておかなくちゃ。
じゃないと。
じゃないと、みんな楽に死ねない。
ナチアは、悔しかった。
ベッドに座った自分の隣で、ユーキが、シンにしがみついている。
見苦しい。見たくもない姿。
嫌ですわ、ユーキ。あなたには、もう少し恥じらいを見せてほしかったですわ。
勝手なことを思う。
横を見ると、クリスも苦しそうであった。
自分も意識が飛びそうになる。
でも、まあ、こんなものですわね…。
シンは、考えていた。
生き延びる手段を。
助けるための手段を。
ユーキを。ナチアを。クリスを。三人を。
最初から。今も。
ずっと考え続けていた。
思考のスピードは低下するばかりであった。
残り、約八時間。
クリスは一同に、死に方を教えた。
このままだと、薄くなった空気の中、苦しみながら死ななくてはならない。
宇宙服には、緊急用の即効性催眠ガスの噴射口が付いている。通常ならば、宇宙服の中の人間が瀕死の重体に陥った場合に、自動的に作動する。このガスを受けると、仮死状態に近い睡眠状態となる。当然、必要な酸素の量も減少する。少しでも、生存の可能性を延ばすためのシステムであった。
けれど、今の四人にとっては、もうひとつの使用法が、より重要であった。
つまり、このガスは、安楽死を誘うものでもある。
このガスで眠っていれば、空気が無くなるのに気付かずにすむ。覚醒用ガスのスイッチが入らない限り、一日足らずで、安らかに死んでいける。
操作方法は簡単なんだよ。ほら、こうして、ここのスイッチを押せばいいんだ。そうすれば、ランプがついて、ガスが出て…、ね、分かったでしょ?
安心してね。みんなより先に、ぼくが使って見せるから。
だから、安心してね。
ユーキにも、限界が近づいてきた。
もう駄目だと、体が言いはじめていた。
シンにしがみつくのも、疲れていた。
記憶が定かではない。
気が付けば、ずいぶん長い間、手に力が入っていない気もした。
ふふっ。やだな。好きな人…に…、疲れたなんて…。
でも。あれだな。
…あれ、なんだろう?
あれ?
あれって、なにかな?
いいや、でも、いっぱい抱きしめたな。抱きしめてもらったな。…一生分くらい、できたかな?
やだな。もっと時間があれば、もっとできるのに…。もっと、他のことだって…。
他の…こと。
したかったな。シンと。シンに。…キスしてほしかったな。抱いて、ほしかったな…。ねぇ、シン。どうして、抱いてくれなかったの。ねぇ、抱いてよ、シン。
お願い、愛してるのよ。
シン、抱いてよ。
好きって言ってよ。
好き、って。
お願いよ。
好きって、言って、言って、お願い、言って、好きって、好きって、好きって好きって好きって…。
ナチアは、怒っていた。
少尉は、まだ、意識がありますわね。なのに、なぜ、応えないんですの?
…あれだけユーキが訴えているのに。
聞こえないなんて、言わせませんわよ。わたくしにだって、聞こえているんですから。
許せない。許せない。許せない…。
許せないっ。
「…ないですわ」
そう、そうですわ。こちらを見なさい。
「わたくし…、あなたを、許せませんわ」
どうしたい、ですって?
決まっていますわ。昔から、気に食わない男達には、こうしてきましたもの。
「お立ちなさい、少尉。…勝負ですわ」
待っていなさい、ユーキ。今から…、この男を…、…殺してさしあげますわ。
続く




