第三十三話「暴露2(後編)」(シン3)
「…そうして俺は国を出て、軍に入ったんだ」
シンの話は終わった。
白龍を知らぬ者は多くない。
しかし、それを築いた人間の正体は、暗く、厚いベールに包まれていた。
ユーキなどには、世界が違いすぎて現実感が沸いてこなかった。
最初に言葉を発したのは、ナチアであった。
「…朱眼の黒豹…。白龍の真王…」
ため息交じりの声に、ゆっくりと答えが返る。
「懐かしい名だ…。さすがナチア、よく知っている」
「多少の偽装は予想していましたけれど…」小さく首を振る。「敵対勢力の首領が、レベル・セブンに入り込むなど…。笑い話にもなりませんわ」
「敵対の意思はない。だからこそ、入り込めたのだろう」
二人の会話を受け、クリスが、従来の好奇心を取り戻した。
シンを恐ろしいと思う気持ちは、まだなかった。まだ少し、実感が足りなかった。
「ねぇ、シンさん」
「何だ?」
答えるシンの声も、普段と変わらないようにクリスには聞こえた。
「黒豹って、シンさんのこと?」
「そうだ。昔からの通り名だ。朱眼ではよくある事だが、本名を知っている者の方が少ない」
「白龍の真王も、シンさん?」
この質問に、シンは少し、困ったような顔をつくる。
「クリスも分かると思うが、白龍の真王などというものは、本来存在しない。あの国は、白龍王が治めている。その上は、ない」
「でも、実在するんじゃないかって、裏の世界では有名だよね?」
「どこで聞いたのか知らんが、噂は絶えんだろうな。白龍を興した黒い豹はいなくなり、残された十王も、その帰りを待っている。仕方のない事だ」
軽くシンが頭を振る。
そんなシンを見て、ユーキが初めて、口を開く。
「シン」
「何だ?」
シンとの距離は、僅か一メートルもない。その距離の、何と遠いことか。
「なぜ、軍に入ったの?」
ユーキの聞きたいことではなかった。
「理由はいくつかあるが…。争い、戦う以外に、するべき事が見つけられなかった」
「そう…」
沈黙が、静かに押し寄せる。
ナチアとクリスは言葉を発さなかった。この沈黙を破る権利があるのは、ユーキだけだと、二人は理解していた。
そして。長い沈黙を、ようやくにしてユーキが破る。
「…人を、殺したの?」
視線は、真っ直ぐにシンに向けられた。
「ああ」
シンの視線も、ユーキから離れなかった。
「女の人に…、乱暴、したの?」
ユーキとしては、もっとも知りたくない事実であった。
「ああ」
シンの回答は、ユーキには重い。
嘘でもいいから、ノーと言ってほしかった。
そしてユーキは、最後の質問をする。最大の関心。知りたい現実。イエス。そう言われることだけが、ユーキの望み。
「…後悔、してる?」
お願い、してるって。
お願い、シン。
「あの過去がなければ、今の俺は存在しない」
否定でも肯定でもない、ただの事実。シンの声は、あくまで冷たかった。
ユーキは言葉を失い、見守る二人も、声をかけられなかった。
沈黙が、その流れを再開する。
だが、今度のそれは短く、破ったのはシン。
「三人とも、不快になったのなら、言ってくれ」
一同の顔を見まわす。
「必要であれば、俺一人で操縦席に戻ろう」
シンの声は、落ち着いていた。
けれど、
「やだっ、それはやだっ!」
ユーキの叫びが放たれる。
許せない。
ユーキの価値観では、絶対に許せないことを、シンはした。
その当時、その場所における価値観が、今の、自分と違うのは承知している。現在の法律が遡って適用されないのも理解している。頭では分かっている。だけど感情は許せない。だけど。でも。
それでも。わたしはこの人を…愛してしまった。
「シンさん、千年前の人類は、動物を育ててから殺して、食料にしていたらしいよ」
「千年ではない。動物の話でもない」
「同じだよ。当時の朱眼では、それが日常だったんでしょ? その日常の中で、必死に生きてたんでしょ? 過去は過去として、ぼく達は今のシンさんを知っている。仲間想いで、努力家で、どんな強敵にも難問にも立ち向かう…。そんなシンさんを責められないし…、嫌いにはなれないよ」
少年の声が横から聞こえた。
ありがと、クリス。その言葉、わたしも言いたかった。
「わたくしは、元から少尉に好意などもってませんし。余計な気遣いは不要ですわ」
少女の声も、聞こえた。
ナチアのばか。でも、ありがと。シンの次に、あなたのこと好きよ。
ユーキの視線は、最初から最後まで、シンから離れることがなかった。
…あなたは、いつか、償わなくてはいけない。
それはもしかして、この七十一時間なのかもしれない。
「だいたい、この能天気娘の世話をするのは、少尉の役割ですわ」
…能天気は余計よ、ナチア。
………。
…けど…。
傷つけられた人達には…なにも…、なにも言えないけど…。
この人と一緒に死ぬ。
それだけは、許してね…。
<次回予告>
残り、二十四時間を切った。
温度の低下と、酸素の欠乏が、実感として現われるようになった。
次回マーベリック
第五章 第三十四話「限界」
「わたくし…、あなたを、許せませんわ」




