第三十三話「暴露2(後編)」(シン)
残り、約四十五時間。
「ええっと。もう大丈夫。お待たせしました」
ユーキがにっこりと笑い、ナチアとクリスは胸を撫で下ろした。
「人間って、不思議ね。ちゃんと、いつまでも悲しまなくていいようにって、できてる」
「ごめんなさい、ユーキさん。えっと…。ここでまた、暗くならないでね」
「大丈夫ですわよ。ユーキは根っからの能天気ですから」
「そんなことないのに。ひどいな」
「これから、最後のお楽しみですわ」
「そうね。ちゃんと聞かなきゃ、ね」
ユーキがナチアの隣に移動し、三人の視線が、一人の男に集中した。中断が入ったものの、残るは、シンのみである。
「さあ、次はシンさんの番だね」
三人を代表する形で、クリスが声をかけた。
ナチアと、特にユーキは真剣な眼差しに変わっている。
この暴露大会に了承を示した時点で、すでにシンは、生い立ちを話すことを了解した筈である。ユーキも、ナチアも、クリスも。この眼前の男が、いわゆる普通の人生を送ってきたとは思っていなかった。
シン・スウ・リンの人生。
三人は自分達の状況を忘れたかのように、或いは忘れるために、胸を高鳴らせていた。
「何が聞きたい?」
シンの落ち着いた声は、しかし、そんな三人の興奮を消し去る冷たさを備えていた。
「シンさんの、これまでの人生が知りたい」
またも三人を代表して、クリスが声を出す。ユーキとナチアも、同意を示して首肯する。
「話してもいいが、聞けば後悔するかもしれんぞ」
シンの声は、冷たいままであった。
クリスの視線が、ユーキとナチアに向く。
ナチアの視線が、ユーキに向く。
ユーキの視線は、シンへと向けられたまま。
「…わたしは、聞きたい。シン・スウ・リンのすべてを、知りたい」
例えそれが、どんな事実であったとしても。
三人の視線がシンに集まる。
後悔はしない。
意志を固めた三人に対し、シンは小さく頷いた。
「長くなるぞ」
「もちろん、聞くわ」
そして昔話が始まった。
それは、宇宙暦七百七十八年の出来事であった。
蒸すような暑い夏の日、孤児院の前に、赤子が捨てられていた。
その赤子は、当然のように、その孤児院で育てられることになった。シン、という名前が、孤児院の院長によって付けられた。何か由来があったのかもしれないが、それをシン本人が知ることはなかった。当時のフル・ネームは、シン・コウ・レイ。レイは、名前を持たずに孤児院にやってきた子供達に付けられる、共通のファミリー・ネーム。そしてコウは、同様に孤児院の黄色系人種用のミドル・ネームであった。
こうして拾われ、名を与えられたシンであったが、拾われた孤児院で生き延びるのには、相当な困難が待ち構えていた。孤児院は、惑星の中で最も危険と言われる地域に存在し、半ば必然的に、孤児院自体も乱れ荒んでいたのである。
すべての原因は、その地域において、統一的な政府が存在しないことにあった。
いくつもの団体や組織が覇を競い、それぞれのルールを押し付けあっていた。明確な法律もなく、サイバー・ビーングもバラバラなマスター設定がなされ。本来は最優先で保護されるべき子ども達が、大人達の搾取の対象として扱われていたのである。
シンが育った孤児院の規模は大きめで、年齢別に三つの区分がなされていた。その中で比較的まともなのが、幼年部であった。世間一般には遠く及ばないずさんな育て方ではあったが、とにもかくにも、健康な赤子が生きていけるだけの環境ではあった。それが、六歳からの中等部になると、大きく様変わりする。大人達の干渉も減り、体格差にものを言わせた年長者の横暴が吹き荒れるようになる。幼い者は食料を奪われ、遊び半分の暴力を受けることになる。孤児院の中で最も死亡率が高くなるのが、この中等部であった。そして、その中等部と並び過酷なのが、高等部である。地域の状況を反映して、マフィアや裏社会の兵隊養成所へと、その姿を変えるのである。力のある者達が権力を握り、約百人程度の高等部を支配する、専制君主となる。また、性的な暴力が本格化するのも、この高等部であり、女子院生達は暴君達の奴隷となるか、売春婦として街に立たされるようになる。時によって女が暴君側となることもあったが、下部構造に大きな変わりはない。力がなく見栄えのよい者達は、体を売ることを強要される。
そのような孤児院の中で、しかし、シンは着実に頭角を現わしていった。幼い時期こそ堪え忍んだが、中等部を卒業する頃には、過去最大と呼ばれるほどの権力と戦力を手中にしていた。シンは、中等部の院生に対して、自らの手足となるべく教育を施していった。特に誰に教わった訳でもない。シンが独自に学び、編み出した戦法と組織学であった。幼い頃、暴力から身を護るために身に付けた技術を、シンは発展させ、精練し、教えていった。中等部を卒業する一、二年前からは、学術的なものにも興味をもち、武術、戦術はもちろん、政治、経済、科学、文化、その他様々な方面へと才能を広げていった。シンにとって、生きることとは「征服されないこと」であった。あらゆる方向への努力を惜しまず、それらを元に、自らと、自らの部下達の力量を底上げし続けた。まずは、高等部へ上がった時に予想される、年長者からの攻撃に備えなければならなかった。こうしてシンは、十一回目の誕生日を迎え、高等部の扉を開いたのである。
「ひざまずいて、床をなめろ」
それが、高等部において、最初にかけられた言葉であった。
教室と呼ばれるスペースに、百人近い人間が集まっていた。すべて、シン一人を潰すために集まった、高等部の人間であった。自分達の敵になるであろうシンに対し、最初から人数で圧倒してしまおう、というのが彼らの狙いであった。そして同時に、強いのは誰かを示すための儀式でもあった。年の若い者ほど、中等部でのシンの姿を見てきており、そういった人間に「主人」が誰であるのかを、はっきりと示す必要があったのだ。中には、シンより年上でありながら、中等部時代、シンの部下として働いてきた者達もいた。彼らも、一年前に同様の試練が加えられ、暴君達の手により、屈服させられたのである。
「チェイ、キース」
年長者に囲まれたシンは、かつての腹心の名を呼んだ。
専制君主達は、馬鹿にしたように笑った。かつての仲間の成れの果てを見たシンが、絶望の声を発したと思ったのである。自分達のまわりには大勢の男達がおり、そのまわりには大勢の女達がいた。お気に入りの女は、裸同然の姿で傍らに侍らせている。それら手下達の前で、シンを屈服させる瞬間がきた。彼らは、そう思った。
「今まで、よく堪えてくれた」
けれど、シンの言葉は、服従を誓うものではなかった。
腹心の部下達の、忍耐を労う言葉であった。およそ一年を経過してなお、シンは、自らの部下を信じていた。
専制君主達は動じない。シン腹心の二人。その二人は、すでに自分達の部下となっている。飴と鞭とを使い分け、絶対の服従を誓わせてきたのである。今さら、裏切れる訳がなかった。
だが、しかし。
彼らは見た。名を呼ばれた二人が泣く姿を。主を取り戻した男達の涙を。
「チェイは右、キースは左の各二十人を潰せ。中央は俺がやる」
僅か十一歳の少年の声が、教室に響いていた。
「暴君どもは残しておく。思う存分、暴れて見せろっ!」
少年が吠えた時、すでに決着はついていたのかもしれない。
続く




