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第三十二話「暴露2(中編)」(クリスティン)

 ナチアの出生話が終わり、次はクリスの番となった。

「ごめんなさい」

 最初から、クリスは一同に謝罪した。

「マーベリックの新式ワープ航法を発明したのは、ぼくなんです」

「…クリスが、発明したの?」

「それは、違いますでしょ?」

 ユーキとナチアが、同時に質問した。

「一応、表向きは、発明し、開発したのは、マーベリック博士ということになってます。連邦政府に対しても、クラーギナ財団に対しても、それは変わりません」

 クリスは、ゆっくりとした口調で続ける。

「だけど、事実はちょっと違うんです。重力制御装置を多用した新型ワープ機関と、それら三基のタイム・ラグ及び共鳴現象を用いた新式ワープ航法の基礎理論は、もともと、ぼくと仲間で構築したものなんです」

 次世代ワープ機関の開発。

 それは、ワープ航法が実現してから八百年以上もの間、人類の大きな夢であった。従来のワープ機関には、跳躍距離と重力干渉の制限という、根源的な問題が存在していた。この二つの問題のために、恒星間の移動時間が短縮できないことや、太陽系重力圏内でのワープが不可能であること、連邦と帝国を隔てるワープ不可空域を跳び越えての移動ができないこと等々の弊害が存在し続けたのである。

 連邦、帝国合わせて七つの太陽系でしか、人類が入植可能な惑星を発見できていないのも、この二つの問題点によるものとされている。

 多くの人々が望み続けた、次世代ワープ機関。それを実現したのが、宇宙船マーベリックなのであった。

「確かに…、そういえば、当初のプロジェクト名が、薔薇十字でしたわ。ローゼン・クロイツ…。そうですの。あれは、クリスの名前が由来でしたの…。では、マーベリック博士は、クリスの仲間の一人だったということですの?」

 ナチアの言葉に、しかしクリスは首を傾ける。

「ぼくの仲間は、みんなサイバー・ビーングで、人類はいなかった。博士は、ぼく達にとっては、めずらしいゲストだった。よき理解者であり、よき友人だった…って、ぼくは勝手に思ってる」

 ナチアとしても、クリスの頭脳の優秀さは理解していたつもりであったが、それでも不十分だったのか。

 そんな二人を見ていたユーキの頭に、疑問が浮かんた。

「ちょっと待ってよ、クリス」

「なに?」

「いくらアイデアが出たからって、すぐに、この宇宙船ができたわけじゃないでしょ?」

「うん、もちろんだよ。これが完成するのに、きっかり五年かかってるんだ。それでも十分、短い方だと思うけど…」

「じゃあ、あなたが理論構築をしたのって…、九歳の時?」

 ユーキ自身、自分の言葉が信じられなかった。永きに渡る人類の夢を、僅か九歳の少年が発明したなど、誰が信じられるだろう。ひとつひとつのパーツをサイバー・ビーングが持ち寄ったとしても、それらを纏め、組み上げるのは人類しかいない。

「正確には、八歳の誕生日に思いついたんだ」

 クリスは、年齢には似合わない苦笑を浮かべた。

「ぼくはね。昔は体が弱くて…、しょっちゅう、サイバー・スペースにダイブしてた。肉体の治療をサイバー・ビーング達に任せてね…。たくさんのワールドに行き、たくさんのことを学び、たくさんの人達に出会った…」

 その中の何人かは、文字通り、運命を左右する人達であった。その中に、マーベリック博士もいた。

「ワープ理論の専門家だった博士に、思いついたアイデアを話して、そしたらそれが、具体的な開発計画に発展して…。なんか、過ぎてしまえば、あっという間の出来事だったな…。マーベリック博士には、ぼくのこと、黙ってもらってたんだ。騒がれるの面倒だったから。あと、いくらぼくが、天才だ何だ言われても、やっぱり、八歳の子供のアイデアだなんて、誰も信じてくれないだろうし」

 それは、その通りであったかもしれない。

「その点、博士は、ぼくの話を真剣に聞いてくれた。ワープの試験が成功したら、ぼくの名前を発表するんだって…、いつも言ってた。それはやめてって、答えてたけど…。プロジェクトの名前だけじゃないよ。システムの起動画面にも小さく、我が友クリスティンに捧ぐ、って。ほんと、博士ったら茶目っ気たっぷりで…」

「ですけど、マーベリック博士は…」

 ナチアが言葉を詰まらせる。金髪の少女は、おおまかな事情を知っていた。当の博士は、ワープ機関開発中の事故で、すでに、この世の人ではなくなっていた。

「うん。もう、死んじゃった」

 ナチアに対しても、他の二人に対しても気を使わせないようにして、クリスは笑顔を作った。

「そうでしたわね」

 ナチアも微笑みを作り、そして少年へと手を伸ばす。

「だからね、残された開発グループからの推薦で、チームに声がかかった時には、本当に嬉しかったんだ。ああ、これでぼくも、博士の意志を継げる、ってね…」

 クリスは自らの頭を撫でていた、ナチアの手を、そっと押し戻した。

 ナチアを、ユーキを、そしてシンを見る。

「だから…、ごめんなさい。ぼくがもう少し早く、今の話をしていたら、こんなことにならなかった」

 ぺこり、と頭を下げる。

「なにを言ってますの」

「クリスのせいじゃないわよ」

 優しく声をかける二人の少女に対し、クリスは大きく首を振る。

「ううん、ぼくのせいなんだ。チームの目的も何もかも知っていながら、教官の思惑に気付かなかったのは、ぼくが、馬鹿だったからなんだ…」

「わたくしだって、ある程度は知ってましたわ」

「ある程度でしょ? ぼくは、全部知ってたんだ。事実を推測するために十分な筈の、全部を」

 ナチアの言葉にも、クリスは悔しそうに首を振り続けた。

「本当は、Dブロックでのウイルス迎撃戦の時に気付かなくちゃならなかった。あの時、ぼくはサイバー・ビーングやハッキングにばかり目がいってたけど、そうじゃなかった…。教官が、レベル・セブンに含まれる新型ワープ機関に関する情報を消したことに、もっと注目しておくべきだったんだ。或いは、少しでも作戦や実験のことをみんなに伝えておけば、やっぱり違った思考経路を経て、真実に辿り着けたかもしれないんだ…。そうしたら、今、こんな事態には…」

「クリス」

 少年の話を中断させたのは、シンであった。

 首を振り、やめるように伝える。

 その姿を見て、クリスもようやく、気が付いた。自分が、してはならないことをしていたと。

「………」

 ユーキが下を向いていた。

 クリスは即座に後悔した。泣かせてはならない相手を、自分は泣かそうとしていた。

「…クリスは、悪くないの…」

 少女の声は震えていた。

「わたしが…、わたしが…、二号機の切り離しを…、提案したから…」

 確かに、ヘレンの亡命行為を見抜けなかったのは、クリスにも責任の一端があったかもしれない。けれど、今回のワープ事故の、直接の原因となった二号機切り離しを提案したのは、他でもないユーキであった。

「あの時…、揺らいで…、ボーイ達が死ぬかもって…、死ぬって…、わかってたのに…」

「もういい、ユーキ。お前だけの責任ではない」

 シンの言葉に、ユーキは首を振る。

 決して自分を責めるなよ。

 ボーイは、去り際にそう言った。

 だが、今までユーキが三人の前で自分を責めなかったのは、その言葉があったからではない。人一倍責任感の強いユーキが、自分を責めないでいられる訳がないのである。

 他の三人に、気を使わせないように。

 そのために、ユーキはあえて、その事実に触れなかったのである。

 シンやナチアだけではない。クリスもそのことに気付いていた。だから、この話を始めた時も、途中で切り上げようと思っていた。しかし、ついそれを忘れてしまった。若いから、などという理由ではすまされない。

 何故ならば。自分は男で、ユーキは女の子なのだから。

「…ごめんなさい、ユーキさん…」

 その言葉が免罪符にならないと知っている。だが、言わずにはいられなかった。

「ユーキさんが一番責任を感じてるんだって…、ぼくも分かっていたのに…。なのに…」

 クリスは、ユーキを見ていられなくなった。

 肩を震わせ、涙をこらえるユーキ。その我慢も、もはや限界まできていた。

 四人の命は、四十六時間を切っているのである。

 ついさっき見た、接続ハッチが脳裏に浮かぶ。その先にあった筈の、二号機へと想いが巡る。

 大切な仲間達の命。未来へと繋がる筈だった、それぞれの人生。すべてを奪った責任は、自分にある。

 死ぬ時は、一緒だ。シンはそう言ってくれた。

 あの一言があったから、自分は悪者になることができた。シンも一緒に罪を背負ってくれると知ったから。だから大切な仲間を切り捨てたのだ。殺したのだ。ほんとはなにもかもぜんぶ、わたしが悪いのに…。 

「ナチア、クリス、壁でも見ていろ」

 シンが立ち上がり、ナチアが席を譲る。クリスの肩を掴み、そのまま後ろを向かせる。

 悔しいですけど、頼みましたわよ、少尉。

 そう思いながら、ナチア自身も、二人に背を向ける。クリスと並んで壁に向かい、そして目を閉じる。

 背後で、男女の抱き合う気配がする。

 男が女を包み込み、女が男の胸にしがみつく。

 小さな宇宙船の中の、細長い通路の中で。

 少女の泣き声が響きはじめた。

<次回予告>


 残り、約四十五時間。

 ユーキがにっこりと笑い、ナチアとクリスは胸を撫で下ろした。


次回マーベリック

第五章 第三十三話「暴露2(後編)」


「…そうして俺は国を出て、軍に入ったんだ」

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