第三十二話「暴露2(中編)」(ナチアスチア)
「さて、次は、わたくしですわね」
ようやくにして、二番手に話が進んだ。言いたいことを言いたいだけ言って、だいぶすっきりした感じのナチアである。
「わたくし、クローン人間ですわ」
「………」
「………」
「………」
あまりにも突然な発言に、三人は、返すべき言葉を選べなかった。
「ふふっ。反応がないですわね?」
ナチアが笑った。
「………」
「………」
「………」
やはり、即座の返答はない。
そんな三人の様子を、ナチアだけが楽しんでいた。嬉しそうに、そして、ほんの少し寂しそうに。
ようやく口を開いたのは、クリスである。
「クローン人間なの? ナチアさんが?」
「ええ」
答えは簡潔である。
はっきりとした少女の口調に刺激されたのか、クリスは少しずつ、本来の調子を取り戻していった。
「じゃあ、本物のナチアさんが別のところにいて、ここにいるのは影武者ってこと?」
「ナチアスチア・スツーアキシナはわたくし一人。ですけど、大きな違いはないですわね」
「ミズ・クラーギナが、複数いる?」
「ええ。当然ですけど」
「だけどそもそも、連邦の規定でも各国の法律でも、人間の複製は、厳格に制限されている筈だよ?」
クリスの言葉は、真実であった。極度に限られた一部の例外を除いて、脳や脊髄を含む人間のクローン生成には厳格な制限がなされていた。
かつて、銀河帝国の建国時には、国力を上げようした皇帝並びに帝国政府の指揮の下、大規模な人工受精と急成培養による「優秀な人間」の生成が行われたという噂もあったが、それも昔の話である。今となっては、連邦、帝国の両陣営において、クローンに関する規定や法律に、大差はない。
一部の権力者の間やブラック・マーケットにおいては、ペットや玩具、実験材料としての売買が行われているという話があるが、多くの人々にとっては、それこそ単なる噂でしかなかった。
「そのとおりですわ。ですから、わたくしも厳格に言えば、少し、クローンとも異なりますわね」
にっこりとナチアは笑い、そして、自らの出生の秘密を三人に明かした。
ナチアが生まれたのは、宇宙暦七百八十二年。クラーギナ家の長女として、両親の間に生誕した。その経緯自体は普通の人間と変わるものではなかったが、遺伝子の構造が、通常とは異なっていた。
そもそもの原因は、二代前に行われた、祖母の遺伝子改造であった。
類まれな美貌と、究極の頭脳、そして運動能力。千年に一度とまで言われるほどに恵まれた資質をもって生まれた彼女は、自らの才能と肉体を、後世に残すことはできないかと考えた。永遠の命などというものが実現していない以上、別の手段によるしかない。細胞の一部を大量に保存し、クローン再生することも考えたが、それでは、自分以外の者に利用される恐れがある。あくまでも、自らの肉体から生み出す必要がある。卵子に細工を施し、自分と同じ遺伝子をもつ者を産む。さらにその者からも、同様に遺伝子を引き継いでいければ、結果として、遥か後世へと繋がることができる筈。彼女は、自らの考えを実行に移していった。
法律上の問題はあったが、クラーギナ財団の後継者という立場を利用すれば、大きな障害にならなかった。根源的にクローン技術がもつデメリットも、投入する設備と資本で、ある程度解消することができた。二代、三代と同じ容姿の者が続けば、公の場に顔が出しづらくなることが予想されたが、それも些事にすぎない。人類の未来を左右するほどの役割を担う財団を、より適切に運営していくという大義名分もあった。
かくして彼女は、完璧な後継者を手に入れることとなる。
それが、ナチアの母親。
完璧な容姿と完璧な肉体と完璧な頭脳をもった、自分と同じ自分。
失ったものも大きいが、得たものはそれ以上に大きい、と、彼女は確信していた。遺伝子改造から三代目、つまり、ナチアの出産を見届けたのち、彼女は息を引き取ることとなる。
その死に顔は、安らかな笑みを浮かべていたという。
「…まぁ、そのような感じで、わたくしのお母さまが生まれ、やがてわたくしも生まれた、という訳ですわ」
淡々とした、ナチアの説明が終わった。
「ナチア…、わたし、その…、なんて言えば…」
ユーキは、かけるべき言葉が思い浮かばなかった。
「気にする必要も、憐れんでいただく必要もありませんわ」
ナチアは、さばさばとしている。
「最高の肉体と頭脳…。決して、悪いものではありませんもの…」
そう言ってナチアは、ユーキを見つめた。
最初の遺伝子改造から、まだ百年も経っていない。それでも、自分が不自然で特異な存在だと、認めざるをえない。種としての進化も、多様性すら確保していない。
「…バック・アップとしてのわたくしが死ねば、お母さまが再び、わたくしを産んでくださる。そうしてわたくしは、変化することなく、連綿と続いていく…。この、わたくしを置き去りにして…」
ナチアの呟きは、通路の中で、ゆるやかに発散していった。
「どちらにせよ、あと二日で散る命ですわ…」
続く




