第二十六話「孤立」(2)
四人は、集合した。
艦内経過時間で、約二日。通常空間での経過時間で、およそ一年八ヶ月ぶりの再会であった。
一号機の通路の中、操縦席を背に並ぶシンとユーキの前に、走ってきたクリスと、そしてナチアが並んだ。
久しぶりであった。
まるで、通常空間と同じくらいの時間が流れたかのような錯覚が、四人を包み込んでいた。
知り合って二ヶ月も経っていなかったが、年月では計れないほどの強い繋がりを、互いに感じていた。最後に揃った時と比べて、見なれた顔が二つ足りなかったが、それを口にできる者はいなかった。
シンに抱きつきたい。
ユーキはかろうじて、その衝動を抑えていた。自らの欲望を、理性で押し殺す。
今は、まだ許されない。
クリスの説明を聞くまでは。
「シンさん」
僅かに震えた声が、通信器を通して、三人のヘルメットの内側に響いた。
「ああ」
落ち着いた声がクリスに返り、そして少年は口を開いた。
「…機体調査の、結果を報告します」
「頼む」
クリスの声は、事務的なものへと変化していった。
自分を落ち着かせるためだと、三人は理解した。
そして覚悟する。
最悪の、事態を。
クリスの説明が始まった。
「…まず、ワープ機関については、エネルギー機関とほぼ一体化していることもあり、シャフトを含め損傷はほとんどありません。機能的に、簡易ワープが可能であることも判明しました。また、推進機関には相当なダメージが確認されていますが、ある程度の推進力は確保できるものと予想されます。…ただし、ワープにしても通常航行にしても、制御のために必要なエネルギー・ラインが、メイン、サブ、スペア及びエマージェンシーすべて焼き切れており…、現状での稼動は、不可能です…」
ここまでの内容は、おおよそユーキからの話と同様であった。
問題は、この続きである。
「…次に、自動修復システムですが、現状での稼働率は、ほぼゼロ・パーセント。復旧の見込みは…ありません…」
ユーキの顔から血の気が引いた。ナチアが奥歯を噛み締める。覚悟していたとはいえ、クリスの言葉は、死刑宣告と大差なかった。
「原因についてですが、ライン消失に伴う負荷を抑えようと、システムが超過全力稼動した反動と考えられます。…結果、中核の機関は被害を最小限に留めましたが、本体である自動修復システムが逆流に耐えられなかったものと推測されます。なお、自動修復システム自体は完全なブラック・ボックスにあり、現状設備での修復は不可能と推測されます…」
ここまで一気に言って、クリスは息をついた。
顔面蒼白の二人の少女と、表面上は変化のない青年が、クリスの前にいた。
そんな三人に対し、クリスは突然、笑顔を見せた。
「ぼく達、遭難しちゃいました」
明るく言って、ヘルメットを外す。
「ちょっと、クリス…」
驚いたユーキがとめるよりも早く、クリスはヘルメットを外しおえ、そしてもう一度笑って見せる。
「みなさんも、ヘルメットをとってください。大丈夫、空気はあります。それにもう、宇宙服のエアもエネルギーも残っていない筈です。そして…、ぼくの報告は、まだ終わりません…」
クリスの言葉どおりヘルメットを脱いだ三人は、次の報告を待った。
クリスは、いつのまにか落ち着きを取り戻しており、小さな笑顔すら見せながら、説明を再開した。けれど、少年の笑顔とは対照的に、その内容は絶望的なものであった。
「最後の報告です。生命維持システムが停止しました」
時間が、止まった。
ユーキの、ナチアの、頭の中が白色に染まる。
シンですら、一瞬、顔を強張らせた。
覚悟はしていたことが、現実として突きつけられた。
唯一、動いている時間の中にいたクリスが、吐き出すように言葉を続ける。
「現状、空気の循環及び酸素の供給に関するシステムが完全にダウン。温度の低下も、やがては避けられないものと考えます…」
凍りついた微笑みのまま、クリスが話し続ける。
「一応、原因を説明します。現在システムが止まっている直接的な要因は、単純にエネルギーの欠乏です。本来は独立しているものですが、自動修復システムが全力稼動する際、緊急措置としてラインが接続、全エネルギーが流出した上で焼き切れたものと考えます…」
「本末転倒ね…、すべてのシステムがとまって、エネルギー機関だけが単独で生き残ってるなんて…」
ユーキが、さみしく笑った。
ユーキには、まだ、現実感が乏しかった。
何が嘘で、何が本当で、生命維持システムが何で、止まるとどうなって、死とは何かが、よく分からなかった。
「確かに本末転倒ですが、それだけ状況が危機的だったということです。自動修復システム本体の犠牲と、生命維持システム用を含めた、全エネルギーの流用がなければ、機体はワープ機関の暴走により、消滅していたでしょう…」
コロシテヤル。
ユーキは思った。心の中で。コロシテヤル。
こんな説明をする、クリスを殺してやる。
「!」
ユーキの心臓が跳ね上がった。
顔を横に向けると、肩に、シンの片手が置かれていた。
我に返った。
そうだった。一番つらいのは、クリスだった…。
この数十分間、誰にも相談できずに現実と戦っていたのは、他ならぬクリスであった。僅か十四歳の少年であった。
ユーキは、自分の思いに恥じ入った。
情けなくて悲しかった。自分が醜い人間だと思い知らされた。
絶望。
だが、それを救うものが、ユーキにはあった。
まやかしかもしれない。誤魔化しかもしれない。気休めかもしれない。しかしそれは、確かに存在した。
ユーキは、自分の肩に置かれた手に感謝した。その主に対しても。
「対策は、なかったのか?」
シンが尋ね、クリスが首を振る。
「いろいろ考えたんだけど…、全部、だめだった…。船のサイバー・スペースにも潜れないし、脱出ポッドの使用ですら、できそうにないから…」
「一応、話してみろ。俺達からも何か、アイデアが出るかもしれんぞ」
シンの声を受け、少し考えてからクリスは、自分の考えた対策を三人に話しはじめた。
クリスのアイデアは多岐に渡ったが、それらすべてが、不可能か無意味なものであった。
シンやユーキ、ナチアも様々な意見を出したが、いずれも現実の前に打ち砕かれた。
基本的に、二つの事実が、大きく四人の前に立ち塞がっていた。
一つが、使用できるエネルギーが無いこと。
一つが、各機関へと通じるドアにロックがかかっていること。
各機関へのドアのロックは、分離し失われた二号機からでないと、解除できないように設定されていた。よほど技術的な機密が各機関に収められているらしく、セキュリティは厳重で、一号機及び三号機からのプログラム変更では、どうにも開けることのできない構造となっていた。自動修復システムさえ動かせれば、変更が可能かもしれなかったが、それは言っても仕方がなかった。
四人の討論は、まず、自動修復システム及び生命維持システムの修復についてから始まった。それが不可能と判明すると、次に、生命維持システムの代わりとなる、空気の製造や圧縮、効率的な運用方法が検討された。そこから、緊急脱出用ポッドの作動方法に話が及び、救難信号の発信方法に移り、最後に自動修復システムの修復が再び議論された。
時間にして十数分。四つの優秀な頭脳は、すべての対策が不可能であることを理解した。
クリスが導き出した結論は、一同共通の結論となったのである。
抵抗手段を失った四人は、互いの顔を見合わせた。
辛く、苦しい沈黙が流れていく。
こうしている間にも。
四人の呼吸活動により、空気内の酸素は、二酸化炭素へと変換されていく。
さらには。
気圧調整用の真空槽に向かって、通路内の空気が、徐々にではあるが確実に流出していく。とめる手立てはない。
通常はある筈の、予備のエア・タンクすら存在しない。設計上、この通路そのものが予備なのである。
宇宙服のエアもエネルギーも、ゼロに等しい。頼るものが何も無い。
次第に重みを増す時間の中、ユーキが、最後の質問をクリスに投げかけた。
「…ねぇ、クリス、…わたし達、あと、どのくらい生きていられるの?」
呟くような問いに、呟くような答えが返ってきた。
「たぶん、あと、七十一時間…」
絶望的な、カウント・ダウンが始まった。
<次回予告>
残り、約七十時間。
四人は座っていた。
一号室の操縦席の、すぐ裏側の通路。冷たく、暗い、四人だけの通路。
次回マーベリック
第五章 第二十七話「カウント」
「理由? ごめん。そんなのは…、ないんだ」




