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第二十六話「孤立」

 銀河帝国。

 それは、宇宙暦七百二十九年に建国した軍事国家。

 それは、内惑星連邦と対立する陣営。

 それは、ワープ不可空域をはさんだ、百年戦争の一方の当事国。

 軍の頂点に皇帝が立ち、政府並びに議会は民主的に選ばれる。三者の関係はほぼ対等で、戦争の指揮権と、軍事予算に関してのみ、皇帝が優越権を握る。

 内惑星連邦で、幼い子供達が想像しているよりは、よほど健全な政治機構。

 人口は内惑星連邦の約三分の二。資源の量は同程度。

 三つの有人太陽系を擁する、巨大な経済機構。

 宇宙暦七百九十八年、小さな宇宙船に跳び込まれた国家。

 それが、銀河帝国。


 静寂なる宇宙に包まれて。

 銀河帝国の奥深くに浮かぶ宇宙船の中では、四人の人間が活動を開始していた。

 一人の名前は、シン・スウ・リン。黒髪・長身の青年。

 一人の名前は、ミナヅキ・ユーキ。生命力溢れる、黒髪の少女。

 一人の名前は、ナチアスチア・スツーアキシナ・フォン・クラーギナ。金髪碧眼の美少女。

 一人の名前は、クリスティン・ローゼス。明るいブラウンの髪を持つ、天才少年。

 四人とも、数時間前までは、内惑星連邦の領内にいた人物であり、新型ワープ機関の実験中に、不本意な形で、帝国領にワープさせられてきた人間であった。

「どうだ、ナチア。分かったか?」

 シンが通信器を通して、金髪の少女の名を呼んだ。ナチアとは、ナチアスチアの略称である。

「ええ、だいたいのところは」

 通信器越しにナチアが返答する。声には、溜め息のようなものが混ざっている。

「どの辺りだ?」

 シンが尋ねた。ナチアはこれまで、僅かに回復したコンソールを操作し、自分達の宇宙船の詳細位置を調べていたのである。

「銀河帝国の最深部よりは、やや連邦寄り、といった所ですわね。三つの太陽系を結んだトライアングルの、若干、外側に位置してますわ」

 銀河帝国の三つの有人太陽系は、底辺がやや短い二等辺三角形の形を成しており、その底辺が、内惑星連邦との国境であるワープ不可空域と、ほぼ平行であった。ナチアの説明によると、一同の宇宙船は、三角形の頂点の中でも、一番連邦領から遠い太陽系の近くに存在している、ということになる。

「そうか」

 シンが短く答えると、ナチアが、暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように、努めて明るい声をだす。

「わたくし達、ワープ不可空域をワープで跳び越えた、初めての人間ですわね」

 本来こういった場合に明るく振舞うのは、もう一人の少女の役目なのであるが、その少女はこの時、別の作業に従事していた。

「歴史的瞬間、というやつだな」

 ナチアが無理をしているのを察して、シンも、できるだけ暗く聞こえないような声で応えた。本人が普通に話しているつもりでも、冷たく聞かれてしまうのは、シンの欠点であった。

「あら、でも、瞬間というのは、少し違うかもしれませんわね。少尉、今がいつだと思いますの?」

 少尉、とは、シンの連邦軍における階級である。

 ワープの前後で船は亜光速空間に入るため、通常空間よりも時間の進みは遅くなる。結果として、ワープを終えた宇宙船の乗組員は、自分達が感じていた時間よりも、未来の世界に到着することになる。だが通常、その差異は数日以内のものであった。

「そうだな。九月か、十月程度か?」

 少し考えてから、シンが答えた。

 宇宙船が連邦領内でワープ実験を行ったのが五月の終わりであったので、シンとしては、遠めの日付を提示したつもりであった。

 だが、少女は可笑しそうに笑い、シンの解答を柔らかく否定した。

「いいえ。一月の終わりですわ」

「半年以上も跳んだのか?」

 ワープ事故。

 近年は少なくなっているが、まさにそれが、今回起きたのである。

 結果から推測すると、ワープ・アウトした機体が亜高速航行を続け、かろうじて減速した、ということになる。

 よほど、光速に近かった、という事か…。

 生きていられただけ、マシだったな。

 シンはそう考えた。

 けれど、そんな考えも、ナチアの可笑しそうな声に打ち破られた。

「いいえ、違いますわよ」

「違う?」

「ええ。確かに、帝国領内に跳び込んできたのは、七百九十八年ですけれど…」

「まさか…」

「今は宇宙暦八百年一月後半。正確な日付は、艦内時計の修復を待つ必要がありますけど…。わたくし達、一年と半年以上、時間を跳び越えたようですわよ」

 ナチアは、軽い笑い声を上げた。

 光速に近ければ近いほど、時間の進みは遅くなる。半年がさらに一年延びようとも、不思議な話ではない。

「それより少尉、そちらはどうですの?」

 とりあえず笑いを収めたナチアが、シンに尋ねてきた。

「算段はついた。破壊せず、ドアを開けられる筈だ」

 シンが答えたのは、操縦席を塞ぐドアの、開閉の可否についてであった。

 機体の各システムは、ワープ以前に、彼らの上官の手により、コントロールのできない状態に設定されていた。彼ら四人は、別々の操縦席に閉じ込められたまま、この数十分間、各自の確認作業に従事していたのである。

 比較的単純で簡易な作業をシンとナチアが行っていたのには理由があり、彼らのいる操縦席は、別の二人のいる副操縦席よりも、調査できる範囲がせまかったのである。つまり、副操縦席の方が、機体そのものに関する中枢機関を司っている、ということになる。

 あとの二人の調査結果の方が、シンとナチアが今話した内容よりも、よほど重要なのである。

「それはよろしかったですわ。では、あとはユーキとクリスの結果待ちですわね」

 ナチアが二人の名前を出したところで、出された一方の名前の主が、会話に入ってきた。

「シン、ナチア、いいかしら」

 ユーキであった。

「あら、いいタイミングですわね。ちょうど、話をしていたところですわ」

 ナチアの声が僅かに固くなる。ユーキの声は、決して吉報を知らせるそれではなかったのである。

「うん…。ちょっと前から、会話は聞いてたんだけど…、入りそこねちゃって…」

「それで、どうだった?」

 シンが尋ねる。すでに聞かなくとも、答えは分かった。しかし聞かない訳にもいかない。シンの声は優しかった。

「ごめんなさい」

「だめ…でしたの?」

 ナチアの声にも、ユーキを気遣う優しさが込められていた。

 たとえ良くない結果でも、それはユーキのせいではない。そのくらいのことが分かる程度には、ナチアも落ち着きを取り戻していた。

「うん…。ごめんね、ナチア」

「なにを言ってますの。あなたが謝ることではありませんわよ」

 シンとナチアの優しさを受けて、ユーキは、自分の調べた結果を二人に話した。この会話を、もう一人のメンバーも聞いていることは、ほぼ間違いなかった。

 ユーキが調べたのは、機体のエネルギー機関の状態と、機体外部に向けての、通信機関の状態であった。

「エネルギー機関自体の故障は…ないのよ。シャフトも生きてるわ。でも、推進機関を含めて、すべての制御用ラインが…焼き切れちゃっていて…」

「動きがとれない、という事か」

 ユーキの言葉を補ったのは、シンである。

「二つとも、ですの?」

 ナチアが尋ねた。現在一つになっている彼らの宇宙船は、本来、一号機及び三号機と呼ばれる二隻の宇宙船が接続されたものであり、当然、運行に必要な各機関も、二つずつ存在していた。

「うん。二隻とも、ほとんど同じ状態」

「サブのラインは?」

「それもだめ」

「ですけど、操縦席は生きてますわよ」

「残存エネルギーよ。あと少しで…これも使えなくなるわ」

「それでは、レーダーすら、見えなくなりますわね…」

「…照明は?」

「これは、独立設備だから、しばらくは大丈夫と思うけど…」

「流用はできませんの?」

「無理ね。エネルギー量も比較にならないし。完全に独立してるもの…」

「そう…ですの…」

「どうやら、この機体だけでも、簡易ワープができるかもって程度は…わかったんだけど…、それも、ラインが切れていなければの話。机上の空論ね…」

 最後の方は、小声になってしまった。

「では、通信機関の方も、期待できないですわね?」

「そう…ね。相手からの通信を、短距離で、反射させることくらいはできるかもしれないけど…」

「周りには、何もありませんわよ」

「うん…」

 すでに一年半この宙域にいて、周囲に船影はない。今さら都合よく現われるなど、期待できない。

「救難信号は、別回線ではないのか?」

「別回線だけど…、結局はエネルギー機関と繋がっているし…」

 ユーキは、ナチアにもシンにも、望まれるような答えをすることができなかった。

「調べた範囲では、バイパスを含めて、すべてのラインが大元から切れているの…。だぶん、相当な負担が、ワープ・インの時か…アウトの時にかかったと思う…」

「仕方ないですわね。あれだけのことをしたのですから…」

 ワープ・インの時を思い出しながら、ナチアがユーキを慰めた。

 ワープ直前まで、彼らの宇宙船は、三隻の宇宙船が接続され、一つの円錐形を形成していた。それが、ワープ・インとほぼ同時のタイミングで二号機の接続が解除され、ワープ突入の反動とあいまって、船体に大きな衝撃を加えてしまったのである。分離した二号機については、そのクルーとともに、行方不明となっていた。

「では、外部からの救援も望めない、か…」

「あとは、クリスの調べている自動修復システムが無事だと…、なんとかなる可能性があるんだけど…」

 ユーキの健闘を、シンとナチアが慰めて。そしてそこで、三人の会話はとまった。

 決して好ましくない沈黙が生まれていた。

 クリスティン、通称クリスと呼ばれる少年が調べているのは、宇宙船の中でも、エネルギー機関と並ぶ重要な機関群であった。つまり、生命維持システムと自動修復システム、そして、ワープ機関を中心とした推進機関である。

 ユーキの言葉どおりであれば、ワープ機関と推進機関は使用できないことが確定的である。最後の望みは、自動修復システムの状態にかかっていた。これさえ無事であれば、通信機関を回復させて救難信号を出すことも、ワープ機関を修復して手近な有人惑星へと向かうことも、理論的には可能になる。

 だが、クリスからの通信は入らず、三人は、無言の時間を過ごした。

 待ちに待った着信ランプが灯ったのは、ちょうどシンが、操縦席のドアを開ける方法を確立した時であった。

「シンさん」

 数十分ぶりに聞こえてきた声は、明らかに憔悴していた。

「どうした?」

 シンが応じる。

 ユーキの時と同様である。調査結果が良くないのは、聞かなくても分かった。二人の報告の大きな違いは、順番である。クリスの報告には、もはや、あとがない。

「どうした、クリス?」

 答えないクリスに対し、シンがもう一度呼びかける。

 二人の少女も、通信に聞き入っていた。

「…シンさん」

 クリスが、再度の呼びかけに答えるまでに、十秒近い時間が必要であった。

「何だ?」

「操縦席のドアは、もう開けられる?」

 クリスの返事は、三人の予想とは異なるものであった。

「ああ、開けられる。これから、各操縦席にデータを送ろうと思っていたところだ」

「じゃあ、送って」

「分かった」

 シンは、望まれるまま、ドアの開閉システムに関するデータを送信した。

 少年は、すでに調査を終了していた。ただその結果を、仲間達に会って、直接話したかったのである。シンも、その気持ちが伝わったので、クリスの言葉に従った。

「そこで待っててっ」

 データを入手したクリスは、通信器越しにそれだけを叫んで、会話を打ち切った。

「クリスっ?」

 黒髪の少女の声も、通信器に吸い込まれてしまった。

「ユーキ、ナチア、そちらにもデータを送った。接続用のハッチは開いているようだ。お前達も、こちらに来い」

 シンは、そう言ってコンソールを操作した。

続く

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