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第二十五話「跳躍」

 ヘレンとの通信を切られた五人は、必死の抵抗を試みた。

 まず、コントロールの奪還を試みた。

 次に、操縦席のロックを解こうとした。

 最後に、ヘレンへの説得を再開しようと、通信回線で呼びかけた。

 すべてが失敗し、最後の通信から五分が過ぎた。

「シンさんっ。エネルギー上昇っ。マーベリックが動きだすよっ」

 クリスが叫んだ。

「少尉っ、レーダー、クリア! 位置、及び方位確認っ。船体加速っ。やはり帝国領へ、直接ワープ・アウトするつもりですわっ」

 ナチアも叫んだ。もう、手は尽くした。

「ほんとうに、不可空域を跳び越えられるのっ?」

 ユーキの声も、若干音階を外していた。

 機体は加速し、通常空間を抜けて亜光速空間に突入しようとしている。もはやワープは、とめられない。船体の無事を祈るのみ。ユーキは、そう思った。

「教官っ、ヘレンっ、頼むからやめてくれっ」

 ボーイの願いも、ヘレンの心には届かなかった。

 取り乱しかけた四人をおとなしくさせたのは、それまで黙っていた、シンであった。

「静かにしろ」

 叫ぶでも、訴えるでもない。

 低く、そして冷たい声が、四人を静止させた。

「最後まで諦めるな。クリス、ワープ・インまでの時間は?」

 名前を呼ばれた少年が、僅かに震える声で返答する。

 クリスを震わせたのは、恐怖であった。初めて聞く、冷たい声を出した、シン・スウ・リンという人物に対する恐怖であった。

「…正確には分からないけど、今、亜光速に入ったから、あと七分くらいだと思う…」

「よし、落ち着け、クリス」

 シンの声は、聞きなれたいつもの声に戻っており、少年は恐怖から脱することができた。

「うん」

「システム攻略の方法を、最後まで考えるんだ。いいな?」

「うん、分かった」

 少年の次は、金髪の少女の呼ばれる番であった。

「ナチア」

「なんですの?」

「この船は、クラーギナ財団の御手製だな?」

「たぶん、いえ、間違いありませんわ」

「製作チームは分かるか?」

「見当はつきますけど」

「その特徴を思い出せ」

「特徴?」

「これだけのものを造る人間だ。必ず、クセがある筈だ。何でもいい。コンソールを確認し、突破口を思い出せ」

「…わかりましたわ」

 ナチアの返答を確認し、シンは、残る二人に声をかけた。

「ボーイ、ユーキ」

「おう」

「はい」

「お前達は、機体を破壊する方法を考えろ」

「破壊っ?」

 答える二人の、声が重なる。

「そうだ。Dブロックでもやっただろう。ボーイは、各操縦席のドアを叩き潰す算段をつけろ。ユーキは、機体そのものを破壊する方法を見つけ出せ」

「オーライ。考えてみる」

「了解しました」

「落ち着いて考えるんだ。平行して、システムの奪取を試みる。まだ、時間はある」


 時間は経過した。

 ワープ・インまでの時間は五分を切り、なおも時は経過した。

 一同の焦燥が増す中、ようやく変化が生じた。

 声を出したのは、ナチアである。

「少尉っ」

「どうした?」

 希望が、見えた。

「特徴、ありましたわ」

「何だ?」

「確かあそこのチームは、セット・アップのモジュールだけは、一般のものを用いていた筈ですわ」

「すると、どうなる。結果を話せ」

「システムに、侵入することができますわ」

 聞いていた一同に、喜びの感情が湧く。

「クリスと詳細を詰めろ」

「ええ。クリス、情報を送りますわ。サブ・スクリーンくらいは、展開していますわね?」

「もちろん。早く送って」

 少年が答え、そして僅かの、時が過ぎる。

 時間は二百秒を切った。

 艦のスピードが上がっていくのが、振動という形で伝わってくる。

「シンさん」

 ナチアからの情報を受け取ったクリスが、十秒もしないうちに、年上の青年の名を呼んだ。その後の会話はすべて早口で行われた。

「どうした?」

「だめなんだ、これじゃ」

 クリスの声は、かろうじて泣くのをこらえていた。

「問題が?」

「ナチアさんの情報を元にすれば、確かに侵入できるけど…。あくまで表層。教官のケルベロスにやられちゃう」

「勝てないか?」

「無理だよ。ぼく達の使えるシステムは限定されている。現状、全システムを統括する二号機には…勝てない…」

 しかも、あのサイバー・ビーングを産みだしたのは、教官なんだよ?

 クリスは、その言葉を言わなかった。

 言ってしまえば、たとえ互角の条件であっても勝てないのだと、認めてしまう気がした。

「他のシステムは潰せないか?」

「他の?」

「メインではないやつだ」

「プロテクトが固くて、ダイブできない。水面上からじゃ、どこを狙えばいいのか分からないよ?」

「ユーキ」

 シンが、黒髪の少女の名を呼んだ。

「…はい」

「効果的な破壊個所があるか?」

「………」

「ユーキ?」

「シン…」

「何だ?」

「わたし達…、死ぬかもしれないのよ…」

 ユーキの声は、悲痛なものに変わっていた。

「…そう答える以上、あるんだな?」

「今、ここで誰かが死ぬよりは…、わたし…、あなたと一緒に帝国に行きたいっ」

 ユーキが叫び、シンが答えた。

「死ぬかどうかは、聞いてから判断する。話せ、ユーキ」

「いや…、いやよ…!」

「ユーキっ」

「いやよ、だって…、だって…」

「ユーキ。死ぬ時は、一緒だ」

 ユーキは沈黙した。ずるい言い方だった。そんなことを言って欲しくなかった。

 残り時間が百三十秒を切り、そして少女は、呟いた。

「…接続機関」

 それは、もともと三隻の宇宙船を、一つに繋げている機構の名前であった。

「クリス!」

「分かってるっ」

「わたくしも手伝いますわっ」

 ブラウンの髪の少年が答え、金髪の少女が同調し、そしてシステム侵略が始まった。

「ボーイ」

 シンが、自らの戦友に声をかけた。

「おう」

 いつもと変わらない、太く明るい返答。

「これから、ワープ機関の中心と思われる、二号機を切り離す」

「おう」

「こちらはそのまま、減速に移るが…、二号機は恐らく、ワープ・インを避ける事ができない」

「なるほど。切り離してくれ」

「すまん」

「気にすんな」

 残り時間は、百秒を切った。

「システムに侵入。接続機関…、パージ準備完了まで…、あと、僅か…」

 クリスの声が、一同の耳に届いた。小さな声が、涙をこらえていた。

「頼むぜ、クリス」

 ボーイが優しく、声をかける。

「ボーイさん…」

「なんだ?」

「男には、やらなくちゃならない時があるんだよね?」

「そうだ」

「軍人…人間には、負けちゃならない時が、あるんだよね?」

「そうだ」

「それが…、この時なんだよね?」

「わかってるじゃねぇか」

 ボーイは笑顔。一切の陰りはない。

「帝国に着いたら…、ボーイ…。皇帝の顔でも見てくるといいですわ…」

 ナチアも分かっていた。

 途中には、ワープ不可空域が横たわる。ボーイとへレンが、二号機のみで帝国に辿りつくなど、ありえない。

「たっぷり拝んでくるぜ。惚れた女と一緒なら、まあ、ハネムーンだな」

「ごめんなさい。ごめんなさい、ボーイ…」

 ボーイの声に、ユーキは泣きはじめていた。

 残り六十秒。 

 クリスが告げる。

「準備完了。パージをスタート。あと三十秒で…、切り離しだよ…」

 堪えきれずに、涙がこぼれる。

 切り離しからワープ・インまでは、さらに三十秒ほどの余裕があった。クリスは、ぎりぎりまで待つようなことはしなかったのである。

「よくやってくれた。ありがとうな、クリス」

「うん、うん…」

 もはや、声にならなかった。

 そしてボーイは、残りの時間で、仲間に話しかける。

「ナチア」

「…なんですの?」

「いい女になれよ」

「あたりまえ、ですわ…」

 ナチアは小さく頷いた。男が死ぬであろうことを、胸の中に飲み込んだ。

「ユーキ」

「…はい…」

「よく、接続機関のことを話してくれた。これでよかったんだ。決して自分を責めるなよ。シンを、よろしくな」

「…うん…」

 ユーキの頬を涙が伝う。ユーキは、ボーイが好きだった。優しくて、強くて、笑顔の絶えないボーイが大好きであった。

「シン」

「何だ?」

「素直にな」

「ああ」

「幸せになる権利は、おまえにもあるってこと、忘れんな」

「覚えておこう」

「じゃあ、な」

「ああ」

 そして、三十秒が過ぎた。

 だが。

 何も起こらなかった。

「…どうした?」

 シンがクリスに尋ねた。声に、微量の焦りが混ざっていた。

 ワープ・インまでの時間は、三十秒を切っている。

「分からない。おかしいな。もう、とめられない筈なのに…」

 そこまで言って、原因に気が付いた。

「教官っ。教官なんでしょっ? お願いやめてっ。邪魔をしないでっ。遅いんだっ。もう、とまらないんだっ」

 短い沈黙。

 そして。

「…クリス。あなたにも、邪魔はさせない」

 圧し殺したような、言葉が返った。

 邪魔をしたのは、クリスであったのか。ヘレンであったのか。

「シンにも…、ボーイにも、ユーキにもナチアにも邪魔はさせないっ」

 常に冷静である筈の、ヘレンが叫んでいた。

「誰にも、邪魔なんかさせないっ!」

 十秒を切った。

「ヘレンっ、もうやめるんだっ」

 ボーイの声は届かない。

「お願いやめてっ、もう遅いんだっ」

 クリスの声も届かない。

「教官っ」

 ユーキやナチアが、とめることなどできない。「どうしますのっ、これっ?」

 五秒を切った。

 ぎしり。船体が軋んだ。

「衝撃防御ぉおおっ!」

 シンが叫んだと同時に、光が船体を包みはじめる。

「邪魔をしないでぇええええっ…!」

 凄絶な声とともに、機体は、ワープに突入した。




 宇宙空間に、一隻の宇宙船が浮かんでいた。

 宇宙船の名は、マーベリックと呼ばれていた。

 一定の空間に静止してからしばらくの間、艦内は静かであった。けれど、一人の男が、残りのメンバーの名前を呼びはじめた頃から、次第に騒がしくなっていった。

 二人の少女が応じ、次に少年が答え、そのあとに続く者は、いなかった。

 宇宙船の形状は、細長い円錐を頂点から三分の一ずつに分けたものを、二つだけ、元どおりにくっつけた形をしていた。

 やがて、艦内に自分達しかいないことに気付いた四人は、一人が取り乱し、一人が落ち着かせ、一人が見守り、一人が計器に集中し、やがて自分達の現在位置を知ろうと、四人全員で計器を操作しはじめた。

 そして時間が経ち。

 現在位置を、突きとめた。

「シンさん…」

 少年の声は、震えていた。

「どうした、分かったか?」

「クリス、おわったの?」

「早く教えなさいっ」

 男が聞き、少女が聞き、少女が急かした。

「うん…。分かったよ…」

 少年の声は、震えたままであった。

「早く言いなさい、クリスっ」

「教えて、クリス」

 少女の声は高く命令して、優しく請願した。

「シンさん、ユーキさん、ナチアさん…」

 少年は息を整えた。「ここはね…」

 続く言葉は、三人にとって信じられない、或いは信じたくない言葉であった。

「ここは…、銀河帝国領の…、奥、深くなんだ…」

 少年の呟くような答えとともに、宇宙船に静寂が戻ってきた。

 宇宙船の周りには何ひとつ無く、ただ暗黒の宇宙と、無限なる星々の光が、存在するのみであった。



  第四章 終

<次回予告>


 銀河帝国。

 それは、宇宙暦七百二十九年に建国した軍事国家。

 それは、内惑星連邦と対立する陣営。

 それは、ワープ不可空域をはさんだ、百年戦争の一方の当事国。


次回マーベリック

第五章 第二十六話「孤立」


「…ねぇ、クリス、…わたし達あと、どのくらい生きていられるの?」




ーーーーーー

<作者より>

MAVERICKの物語にお付き合い頂き、ありがとうございます。

心よりの感謝を、送らせて頂きます。

ブックマークや、評価の★マークを頂いた方、とてもとても励みになります。お一方お一方にお礼を伝えたいです。

物語はターニング・ポイントを迎えました。引き続き、MAVERICKを宜しくお願い致します。

2020.12.31>>2021.01.08

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