第二十三話「思惑(後編)」(クリスティン)
クリスは、不安に駆られていた。
何が不安か分からなかった。分からないのが不安であった。
これから行われることを、クリスは知っていた。にも関わらず、不安は増大した。
何かが、おかしかった。
どこかが微妙に狂っている。違和感が拭えない。
近づいてくる二隻の試作戦闘機をスクリーン上で確認しながら、クリスは思考を続けた。すでに一日と半日以上、もやに包まれている気分であった。
睡眠も、あまりとれなかった。宇宙服の内側に存在する栄養補給飲料のストローに多少口をつけて、思考のためのエネルギーを確保する。
身体は疲れていたが、頭の回転はとまらなかった。
何が、おかしいんだろう?
ぼく達はこれから、合体する。そのあとで、ワープの実験をする。間違いはないし、問題はない筈だ。
でも、何かが引っかかっている。
それは何?
予定外の…出来事?
「これより先は、再びこちらからコントロールを行います。各自、コンソールへの接触を中止するように」
もはや肉眼で確認できるほどに近づいた三隻の宇宙船が、緩やかな旋回運動を始める。その様子を目で追いながら、クリスは考え続ける。
何が、予定外だったんだろう?
ヘブンへのウイルス侵入と機密のハッキング?
これは予定内。だけど、あれほどのサイバー・ビーングであったのは、予定外。
シンさんとボーイさんへの襲撃は?
ううん。これは予定内だ。
二人が無事で、本当によかった。
予定外は、これだけなの?
他には、ないの?
………。
あった。
予定の繰り上げ。本来なら、実機による実験を行うのは、もう少し先のことだった。
だけど、それの問題点が見つからない。
クリスは焦っていた。まだ、キー・ワードが足りないような気がしてならなかった。
「これより、機体の接続を行います。まず初めに一号機と三号機が接続。引き続き二号機が両機に接続します。接続時の衝撃は微少と思われますが、注意は払う様に」
教官の声が通信器から聞こえた。
その言葉どおりの状況が、クリスの眼前で、着々と進行した。
接続のたびに、当然のことながら、艦内の重力も増加する。低重力であることに、かわりはなかったが。
何が足りないんだ?
軽い振動を体に感じながら。クリスは焦った。
同じ頃、一号機の操縦席で一人の男が、似たような思案を続けていたが、クリスには知る方法がなかった。
三隻の接続が終わり、再び教官の声が響く。
「これより、五時間の現状待機とします。途中、外面からの確認用に、オルドープからの偵察艦が接近しますが、こちらで誘導します」
了解、と五人が答えると、ヘレンは少し、すまなさそうな声をかけてきた。
「長い時間、辛い思いをさせますが、許して下さい」
ううん、そんなことないよ。
クリスは思う。
これから行われるのは、人類の未来を変える実験なんだ。五時間なんて、ワープ航法開発から流れた時間に比べれば、ゼロみたいなものだよ。
それより、この不安は、なんだろう?
クリスは考え続けた。時々休んだが、それだけである。気分転換をしようにも、できることは限られている。立ち上がり、ストレッチをするくらい。ボディ・スーツが体内を調整してくれるから、動かなくても不快感はない。そしてまた考える。
一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、偵察艦が接近し、離れ、さらに時間が過ぎても、なお考え続けた。その間、ワープに必要な準備が上官によって続けられていることを、クリスは知っていた。艦内すべての状況と情報が、監察衛星オルドープに流れていることを、クリスは知っていた。
そして。
約束の五時間が経過し、教官の声が、一隻となったマーベリック艦内に流れる。
「ヘレンです。これより我々の最終目的と、これから行われる実験について説明します」
うん、ようやくだね。ようやく、ここまできたね。
教官は自分のことを、任務中ならスタイナー、プライベートではヘレンと呼ぶ。今は任務中だから、ファースト・ネームを使用するのは、なんかヘンな感じだ。
「あなた達に、これまで秘密にしてきた事を、済まなく思っています」
ううん。そんなことないよ。ぼくは知ってたし。みんなには、あとで謝らなくちゃ。それより、教官。
「我々チーム・マーベリックの最終目的は、超長距離ワープ航法の実現です」
そうだね。これで人類の未来が変わる。きっと今頃、みんなも驚いてるんじゃないかな。でもそれより、教官。ぼくは不安なんだ。
「これが成功すれば、人類の歴史と、未来が変わります。有人惑星を擁する恒星間の移動が、一回のワープで可能となり、将来的には、連邦と帝国を隔てるワープ不可空域すら、跳び越える事が可能になると考えられています」
人類の長年の夢。超長距離ワープ航法。その開発と実現。
惑星間の連帯を強化し、経済活動に変換を促し、そして何よりも、銀河帝国領への直接攻撃を可能とする、幻の機関。空想兵器。現代のオーバー・テクノロジー。
連邦政府とクラーギナ財団が共同して行った、超極秘プロジェクト。膨大な資金と最高峰のテクノロジー、そして究極のエネルギー機関が実現させた、驚異の技術革新。
天国で見てるよね、マーベリック博士。ぼく達、ようやくここまできたよ。
「今回の実験では、スリューバル太陽系の最外周部まで、ワープを行います。分かっているとは思いますが、通常のワープでは二回以上必要な距離を、一回で跳び越えます」
うん、そうだね。でも、なんか…。
「スリューバル外周部において、後方のオルドープと同様の監察衛星・ディスターブが待機し、我々のワープ・アウトを待ち構えています」
うん、そうだね。でも、ちょっと違うよ。ディスターブは、オルドープよりも小さいんだ。それより…。
クリスはここまで考えて、そして気が付いた。
オルドープより…小さい?
そうだ。ディスターブは、こっちのオルドープよりも小さいんだ。
マーベリックを造り上げたのも、機密情報を有しているのも、オルドープ…だけ?
機密情報…レベル・セブン?
クリスの中で、キー・ワードが揃いかけた。
「また、申し訳ない話となりますが、本ワープにおいても、あなた達には、一切の操縦ができない様、設定しています。コントロールは全て、こちらで行います。これまでの訓練を思えば、酷い話かもしれませんが、ワープ事故や遭難等、あくまで特殊事態に備えての、人選並びに訓練だったのです。どうか、許して下さい」
ちょっと待って。
揃いそうなんだ。分かりかけているんだ。
やっぱり危険なんだよ。
「異存があれば、今、私が聞きます」
お願い。待って。
あと少しで考えがまとまるんだ。
待ってよ、あと少しだけっ。
「無いものと見なします」
お願い、待ってっ。
みんな、教官をとめてっ。
「それでは、これより六百秒後に、ワープ航法への移行を開始します」
待って、待って、待って、待ってっ。
クリスは心の中で叫び続けた。いくつものキー・ワードが、ようやく繋がろうとしていた。
レベル・セブン。
ウイルス侵入。
ハッキング。
メモリー消去。
メモリーを消去したのは、誰?
教官。
教官は何を知っている?
全部。
早まった作戦。
作戦を早めたのは、誰?
教官?
監察衛星オルドープ。
機密情報を保有する物体。
ヘブンの情報は消去された。
オルドープのバック・アップを取る時間はあった? なかった? 安全な場所は?
安全?
あれほどの事件があったあとで、安全?
現在、機密情報を保有するのは、オルドープだけ。
いや。そんな馬鹿なことはない。バック・アップは必ず存在する。
だから。そうか。そうだとしたら。
…まさかっ!
クリスの思考が、ひとつの結論をだした、その時。
マーベリックは、旋回を開始した。
<次回予告>
監察衛星オルドープには、千人を超える技術者が存在していた。
いずれも、連邦最高峰の能力を有する者達であった。
次回マーベリック
第四章 第二十四話「真相」
「マーベリックのエネルギーが急速に上昇中っ」




