第十八話「謹慎」
宇宙暦七百九十八年五月二十三日。三人は、おしゃべりを楽しんでいた。
「好きなら好きと、はっきり言えばいいんですわ」
ナチアが断言すると、ユーキは困ったように顔を横に向けた。その頬は、すでに赤くなっている。
「へえ。じゃあやっぱり、ユーキさんはシンさんが好きなんですか?」
「見ていれば、わかりますでしょ」
またしてもナチアに断言され、ユーキは軽く口を尖らせた。
可愛いな。
クリスはそう思った。
ユーキだけでなく、隣のナチアもあわせて、そう思った。二人が並ぶと、まるで一枚の絵画のようであった。
この時、三人は、クリスの部屋にいた。
着任から三週間。クリスにとっては、他のメンバーと過ごす、これが初めての休日であった。かつて二日酔いで訓練を休んだこともあったが、もちろん正式な休日ではない。あの時、クリスだけが休んだせいで、その後、他のメンバーとの休みがずれてしまった経緯がある。
みんなで遊びに行くのかな。
クリスの予想は、当たりはしなかった。
ボーイとシンは街に出ていき、ユーキとナチアはDブロックに残った。
ボーイは、一緒に出かけようとクリスを誘ったのであるが、少年は、二人の少女と残る方を選んだ。
いやらしいやつだな、などと言われてしまったが、クリスとしては、順当な選択をしたつもりであった。
「どうだ、クリス、おれ達とガール・ハントに行かないか?」
そう誘われて、イエスと、即答できるようなクリスではなかった。これは二人の少女も同様である。固有名詞だけを変えて同じ言葉をかけられた二人は、一人が困ったような表情で、もう一人は馬鹿にしたような表情で、チーム・メイトの誘いを断ったのである。
「わたし達は、自主的な謹慎なの」
ユーキが笑いながら説明してくれたが、クリスには、いまいち理解できなかった。クリス着任以前の休日で、騒動があったことは知っていたが、四人が詳細を語らない以上、クリスも深くは聞かないようにしていた。
また、それとは別に、クリス自身が疲れていたということも、街に出なかった大きな理由であった。他の四人に比べればクリスの訓練は甘めであったが、ウイルス迎撃戦も含めて、十四歳の少年にとっては、非常にきつい三週間だったのである。
こうして三人はDブロックに残り、穏やかな休日を過ごすことになった。
ボーイからの差し入れであるジュースを飲みながら、三人のおしゃべりは続いた。その内容は多岐に渡ったが、ほぼすべてが、シンとボーイの話に帰着した。共通の話題である、ということもあるが、街に出た二人をユーキが気にしていた、というのも大きな理由であった。
二人を、というよりは、シン単独を気にするユーキに対し、ナチアが多少の苛立ちを感じ、そして冒頭の発言に至ったのである。
「ユーキさんとシンさんなら、お似合いですね」
思ったとおりを、クリスは口にした。
二人とも同じ黄色系人種であるし、似たような黒い髪と黒い瞳をしていた。背の釣り合いも、ちょうど良いように思われる。
そして何より。いい男いい女、である。
クリスは、初めて一同に挨拶をした時の驚きを忘れていない。
最も目立ったのは金髪碧眼の美少女であったが、その隣に立つ、一組の男女の姿は、その後も脳裏に焼き付いたままである。
圧倒的なエネルギーと存在感。自信。そして風格。武芸を極めた者だけが有する、ある種特別な雰囲気。それらすべてを備えた二人だからこそ、ここまで魅力的なのである。お似合い、なのである。冷静で、時に冷徹なシンに対して、明るく、生命力に溢れるユーキ。陰と陽のバランスもとれているように思う。
健康とか元気とか、そういうものを極限まで凝縮すると、或いはユーキのような人間ができあがるのかもしれない。そんなユーキに、クリスは少し惹かれていた。
「でもそうすると、ナチアさんは、ボーイさんのことが好きなんですか?」
これもまた、思ったとおりを口にした。
クリスとしては、言葉に詰まっているユーキから、話題を逸らしてあげようとしただけなのだが、その反応は予想を上回るものであった。
「バカクリスっ!」
いきなり罵倒されたのである。
「ちょっと、ナチア…」
慌ててユーキがとめなければ、ナチアの平手は、クリスの頭に落ちていたかもしれない。
「ごめんなさい、ナチアさん」
とりあえず謝ったクリスであったが、どこか釈然としなかった。同じような言葉を、すでにナチアは、ユーキに対して発している。
とはいえ、発言が不用意であったのも確かである。クリスは逆らわず反省することにした。
しばらくして、ナチアの怒りが縮小してから、恐る恐るクリスは尋ねた。
「じゃあ、ナチアさんは、ボーイさんのことが、好きではないんですね?」
「大っ嫌いですわ」
そうは見えないんだけどな。
思ったが、今度は口にしなかった。
そんな二人を見て、可笑しそうにしていたのはユーキである。そっとクリスに顔を近づけ、
「ナチアはね、シンのことが好きなのよ」
と、囁いた。
囁きには違いなかったが、距離的に、本人に聞こえない訳がなかった。
「へえ、そうなんですか」
驚きながらも素直に頷くクリスを余所に、ナチアは反論を始めた。
「ユーキ。あなた、なにを言いだしますの」
「なによ、あなたが先にわたしのこと言ったんじゃない」
二人はじゃれはじめた。クリスには、そう見えた。
「あなたのは、本当だからいいんですわ」
「あら、ナチアのも、ほんとでしょ?」
「わたくしのは違いますわよ」
「うーそ」
「ほんとですわ」
「ナチアの嘘つき」
「なんですの、その言い草は」
「だってナチア、嘘つきなんだもの」
「話になりませんわ」
二人のやり取りを、しばらくクリスは眺めていた。
この世に二人といそうにない魅力的な少女が、二人して他愛のない口喧嘩をする様子は、
これを見れただけでも、残った価値があったな。
と、クリスに思わせた。
人間の価値は、外見だけでは決まらないことをクリスは知っているが、外見も立派な価値の一つだと、この時実感した。
クリスが感慨めいた想いにふけっていると、それまでとは少しトーンの異なる、ユーキの声が聞こえてきた。
「ちょっと待って。ナチア、ほんとうにシンのこと、好きじゃないの?」
ナチアの瞳を覗き込むようにして、尋ねる。
「だから、先ほどから言ってますわ」
「ほんとに?」
「ほんとですわ」
「ほんとう?」
「しつこいですわね。ほんとうですわよ」
クリスは、次々と変わる発言者の方へと視線を動かしながら、会話を聞いていた。
「じゃあ、ほんとーに、ほんとなんだ…。そうなんだ…」
ユーキが、信じられない、という表情になる。
そんなユーキを見て、ナチアが溜め息をつく。
「異性としての興味などありませんわよ。…ユーキ、どうしてそう思いましたの?」
ナチアが聞くと、呟くようにユーキが話しだす。その顔は、信じられない、という表情のままである。
「この前の休日の時に、わたし達、喧嘩したでしょ?」
「そうですわね」
聞いてたクリスは驚いた。二人でやり合ったのかと思ったのである。
だが、それが誤解であることをすぐに知る。
「敵に追いつめられて、最後に、シンとボーイが助けにきたじゃない」
「…そうでしたわね」
ナチアが露骨に嫌そうな顔をしたが、構わずユーキは続けた。
「その二人を見て、ナチアが名前を呼んだのよ」
「そうでしたっけ?」
軽く首をひねる。
「その時、なんて呼んだか、覚えている?」
ナチアは目を瞬いた。
名前を呼んだ、と、ユーキ自身がすでに言っている。
「ですから、二人の名前を呼んだのでしょう?」
「なんて呼んだか、覚えてる?」
「…少尉とボーイ、…ですわよね?」
不思議そうに答えるナチアに、ユーキは首を振って答える。
「シン、ボーイ、って呼んだのよ」
ユーキの目は真剣であった。
そして。
そして、僅かな空白があった。
ナチアとクリスが呆れるまでに、多少の時間が必要であった。
「…よく、まあ、そんな小さなことを、覚えていましたわね」
信じられない。
ナチアは首を振った。
本人にとっては些細なことを、ユーキはずっと、忘れずにいたのである。
恋する女って、恐いですわね。
その言葉は、言わずに飲み込んだ。
「恋する女って、すごいんですね」
発言したのはクリスであった。
呆れ顔のナチアとクリスを見て、ようやくユーキは顔を赤くした。
「だっ、だって、あの時は、わたし達危なかったし、てっきりナチアの…、その、本音みたいなのが出たのかなって、そう、思って…」
つっかえながら、弁明する。
そんなユーキを見て、ナチアとクリスは顔を見合わせた。
思わず、二人の間から笑いが起こる。
「なっ、なによっ、二人ともっ」
怒ってみせるが、迫力はなかった。
「ユーキ、あなた、可愛いですわよ」
「うん、ぼくもそう思う」
二人に言われて、ユーキは頬をふくらませた。
「もう、知らないっ」
そのまま横を向いたユーキに対して、ナチアとクリスは再び笑い合った。
「そうですわ、ユーキ」
しばらく笑っていたナチアが、話しかけた。
「なによっ?」
答えるユーキは、横を向いたままである。
「せっかくですから、話の出たついでに、言わせていただきますわ」
ナチアにしては、優しい声であった。
ボーイさんと話す時には、とても聞けない声だな。
クリスは思った。
「なに?」
いつもとは違う声を聞き、ユーキが、顔をナチアの方に戻す。
首の後ろで結ばれた長い黒髪が、頭の動きに合わせて、揺れ動いた。
「その髪型、気に入ってますの?」
ナチアの発言の意味が、クリスには分からなかった。
少なくとも、クリスの着任から三週間、ユーキの髪型は変わっていなかった。長めの黒髪を後ろで結ぶのが、クリスの見なれた、ユーキの髪型である。変化があるとすれば、結ぶ位置の高さと、結ぶ紐の色や柄くらいであった。
「もちろん、気に入ってるわよ」
ユーキの言葉には、微妙に動揺が隠されていた。
「ですがユーキ。切られるまでは、ストレートも多かったですわ」
ナチアの言葉にユーキは答えず、代わって発言したのは、クリスであった。
「ユーキさん、髪を切ったんですか?」
問いかけに、ユーキは苦笑して答えた。
「クリスが来る前の休日に、ちょっとした喧嘩をして、切られちゃったのよ」
本人曰く「ちょっとした喧嘩」とは、連邦軍の誇る精鋭白兵戦部隊、トスポリ第十三小隊との抗争のことであった。ガン・モードに設定されたキル・レベルのビーム・ソードで撃ち抜かれたのだと知ったら、さすがのクリスも唖然としたかもしれない。
「ほんのちょっとなのよ。二十センチくらい、一握り程度の…」
何やら言い訳じみてきたユーキの言葉を、ナチアが遮る。
「結ばないと、ないことがわかってしまいますわ」
「それは、そうだけど…」
声を小さくするユーキに向かって、ナチアは立て続けに言葉をぶつけた。
「もし、ユーキが、本当にその髪型を好んでいるのであれば、わたくしも文句は言いませんわ。けれど、本当は切りたいのに、わたくしに遠慮しているのであれば、やめていただきたいですわね」
「ナチア…」
「どうせ、ユーキのことですから、自分が髪を切ると、わたくしまで切りかねない、とでも気をまわしたのでしょう?」
驚いた顔のユーキの視線を受け、ナチアは視線を逸らす。
「余計な気遣いですわ。ユーキのあとを追ったりしませんわ」
いいですわね、と、続けようとしたナチアに、突然ユーキがしがみついてきた。
「ちょっと、ユーキっ…」
引き離そうとするが、ユーキは離れなかった。
「ナチア、大好きっ」
頬をすり寄せてくる。
「わたくしは嫌いですわ」
きっぱりと言い返すが、通じなかった。
「んーん。ナチア、嘘つきだから信じないっ」
「ちょっと、ユーキっ、離れなさいっ」
「いーや」
「嫌なのはこちらですわっ、ユーキっ」
「ナチア可愛いっ」
クリスの目の前では、二人の少女が際限なくじゃれ合っていた。
そんな二人の姿を見ながら、
女の子って、いいなあ。
と、少年は思った。
それと同時に、ほんの小さな怒りも生まれた。
こんなに可愛い女の子を置き去りにして、街に出かけた馬鹿がいる。
まったく、なにやってんだろ、あの二人。
クリスは、Bブロックにいる筈のチーム・メイト達を思った。
<次回予告>
街に出かけた二人の馬鹿は、久しぶりの休日を楽しんでいた。
二人だけで楽しんでいたのであれば、ユーキもさほど心配する必要はなかったかもしれない。
次回マーベリック
第四章 第十九話「ボーイとシン」
「ああ、満足させてもらったよ」




