第十九話「ボーイとシン」
街に出かけた二人の馬鹿は、久しぶりの休日を楽しんでいた。
二人だけで楽しんでいたのであれば、ユーキもさほど心配する必要はなかったかもしれない。
朝早くからBブロックに移動した二人は、公園に入り、そこで午前中を過ごした。時間をかけて昼食をとり、その後は夜遅くまで、バー黒猫亭でグラスを傾けていた。そして、そんな二人のまわりには、絶えず複数の女達が存在していた。
いくら巨大とはいえ、ヘブンは人工のステーションである。その大きさには限りがあり、その人口にも限りがある。その閉じられた世界の中で現われたのが「クレイジー・ボーイズ」である。頭脳をとっても、喧嘩の腕をとっても、比肩する者のない集団。Dブロックでの活躍や、過去二回の白兵戦部隊相手の大喧嘩は、Bブロックのみならず、ヘブン全体の半ば伝説となっていた。
さらにはボーイの、日頃の努力の成果がある。ボーイは厳しい訓練の間にも、夜はBブロックに繰り出し、女達との縁作りに励んでいたのである。
そうして、やがて、異性に囲まれた一日が過ぎ去り。
別れを惜しむ女達を残して、二人は黒猫亭をあとにした。
ヘブン内の共用スペースでは、時刻に合わせて照明が変化する。駐車場へ向かう道中は薄暗かった。
「んんー…」
大きくボーイが伸びをする。
それを見ているシンの顔には、小さな笑みが浮かんでいる。
「満足そうだな」
声をかけるシンに、明るい笑顔が答える。
「そうだな。久方ぶりに、満足がいったよ」
ボーイは、女の輪の中から何回か抜け出し、特定の女達との時間を過ごしていた。シンの記憶によると、最後の一回には、二人の女を同時に連れ出していた筈である。
「それはよかった」
平然と答えるシンに対して、逆にボーイが問いかける。
「シン、おまえは、満足したのか?」
それはボーイが、今日一日気にかけていたことであった。自分自身が楽しむのが一番ではあったが、シンを楽しませる、というのも、この日の大きな目的だったのである。ユーキに対しては悪いとも思っていたが、それはそれ、これはこれ、である。いくら魅力的でも、手ひとつ触らせることのできない少女よりは、肌を許してくれる女の方が、今のシンのためになると、勝手に考えていた。
「ああ、満足させてもらったよ」
そう答えるシンが、ボーイには信じられなかった。女達の誘いに気付かない訳がないのであるが、シンは話をするだけで、終始ストイックな態度を崩さなかった。
自分の子供を自分でしか産めない「女」は、だからこそ最高の相手を求める。一方で、自分の子供を自分で産めない「男」は、とにかく幅広く相手を求める。もしも男が、女と同じように最高の相手を求めだしたら、人類は滅んでしまう。
だから自分は、幅広く女を愛している。
ボーイの持論であり、人生哲学でもあった。だからこそ、ヘレンという自分にとっての最高の女を別にして、今日という一日を楽しめたのである。
シンにも楽しんでもらえると、思っていたのである。
…女に興味がないのか?
だとすれば、余計なお世話だったということになる。勘違いで休日を消費させてしまったかもしれない。こういう時、こういう話において、ボーイは遠慮をしなかった。隠すような話とも思っていない。
「シン」
「何だ?」
「おまえ、男の方が好きなのか?」
「いや。女の方がいい」
苦笑しながらシンが答える。
「じゃ、なんで、手を出さなかったんだ?」
この質問に、しばらくシンは返事をしなかった。
無言の時間が経過し、駐車場への道のりが半ばも過ぎる頃、ようやくシンは、質問に対する答えを提示した。
「色々あってな。女は、断つ事にしている」
ボーイは、その返答に満足した。
「ふーん。ま、突っ込んでは聞かないけど、よ」
「すまんな」
満足したのは、返答の中身ではなく、返答するまでにかかった時間にであった。
シンともあろう者が、この程度の答えを返すのに、幾ばくかの時を要したのである。それは、ボーイのために、真面目に考えてくれた時間の筈であった。
「けどよ、それが理由で、嬢ちゃんも避けてるのか?」
「そうかもしれん」
にやにや笑うボーイに、シンはやはり、苦笑せざるをえなかった。この大男に対しては、つい気を許してしまう。どうしてなのかは、シンにも理由は分からない。
「そう言うからにゃ、嬢ちゃんの気持ちに、気が付いてはいるんだな?」
「一応な」
「で、おまえも、悪い気はしていない」
「そうだな」
「と、すると、だ」
「何だ?」
「いくら嬢ちゃんからアプローチをかけなくとも、年上の、男の方からアクションを起こしてやるってのが、筋ってもんじゃないのか? それが、どういうアクションであるにせよだ」
「かもしれん」
二人は歩きながら顔を見合わせ、そしてボーイから声をかけた。
「ま、がんばれや」
どん、と背中を押す。その力は強いが、シンはほとんど体勢を崩さない。
「気を使わせて、すまんな」
その後、二人は予定どおり駐車場まで移動し。そこで別の男達に会うことになる。
「シン・スウ・リンと、ボーイ・ブロスだな?」
表通りからエレベータを使用し、エア・カーのある駐車場まで降りると、三人の男が待ち構えていた。
「なにもんだ?」
周囲に人影はない。あくまでも明るい声が聞き返した。「軍の人間じゃあ、ないようだな…」
男達は、黒の上下に身を包んでいた。隠すつもりもないらしく、明らかに戦闘服である。雰囲気からして、第十三小隊の仕返しでないことは推測ができた。彼らよりも、もっと暗くて陰湿なものを、男達は感じさせた。
ボーイとしても、誰何はしたものの、まともな答えなど期待していなかった。
敵。
すでに頭は、戦うべき相手として認識している。
「!」
危険、と判断するよりも早く、足は地を蹴っていた。
ほんの一瞬遅れて、それまでシンとボーイがいた空間に、大型のネットが広がった。
三人の内、中央の男が発射したものである。
捕縛用ネット・シューター。
それが、ネットを発射した武器の通称であった。
あと数センチの差で、ネットはボーイの横を通過した。ネットをはさんだ反対側には、ボーイと同様に攻撃をよけたシンの姿があった。
男達は、すでに格闘の姿勢をとっている。
そうくるかよっ。
ボーイは体を前方へ傾け、男達の横を通過し、そのまま疾走へと移った。
途端に、すべての明かりが消滅する。
構わず走るボーイの横に、平走するシンの気配を感じる。
さすがだな。
ボーイは感心した。
すでにまわりには、十を超える敵対者の気配が動いている。
その存在に気付かず、もし、最初の三人に反撃を加えていたならば。
暗闇の中、やられていた。或いは痛手を受けていた筈。
ネット・シューターを使用してきた以上、敵の目的は、あくまでも生け捕りである。したがって当然、攻撃の手段は、比較的殺傷力の弱いものとなる。「最初の三人を囮に使う」など、何のためらいも無かったであろう。より大型のネットを使用するなり、広範囲型の催眠ガスを使用するなり、具体的方法は様々である。
いずれにせよ、最初の三人に構わず、迷わず地を蹴ったからこそ、第二次の攻撃をかわせたのである。シンの状況判断能力と危機回避能力の高さを、改めて感じずにはいられない。身に付けたボディ・スーツには、空間把握機能に連動した危機感知システムが備わっているが、それだけに頼っていては、こうも見事に動けない。
いったい、このシン・スウ・リンという男は、どれほどの過去を背負ってきたのだろうか?
ボーイは、自分のことを棚に上げて、つい思いふけってしまった。
「ボーイ」
横から声がかかった。
「はいよっ」
おどけて答える。
目が慣れてきたせいで、ぼんやりとではあるが、互いの姿が確認できた。
「メンテナンス・エリアに入るぞ」
すでに、自分達が乗ってきたエア・カーからは離れてしまっている。二人の走る方向には、ヘブンの中央部に接した扇状のメンテナンス空間へと続く、非常階段が設置されている筈であった。
「オーライ」
ボーイは答え、シンの背中を護るような形で、非常階段へと疾走を続ける。
背後と側面からは、さらに数を増した敵の気配が伝わってくる。
はん。やつら、やる気だな。
ボーイは即座に、敵の本性を理解した。
当初の目的は生け捕りだったのであろうが、初撃をかわされ、続く囮にも引っかからなかったターゲットに対し、彼らは即座に修正を行った。ボーイ達がこれ以上の反撃を加えれば、その変更は確定的なものとなるだろう。
つまり。生け捕りから、殺害へ。
狙われる理由は分からない。シン個人か、ボーイ個人か。それとも、新型試作戦闘機“マーベリック”か。
いずれにせよ、敵は強く、凶悪な牙を隠し持っている。
楽しませてくれるんだろうな?
この日ボーイは、人間としての基本的本能の一つを満足させていた。
次は、もう一つの本能を満足させる番であった。
闘争本能という名の、本能を。
<次回予告>
疾走を続けたシンとボーイの眼前に、巨大な空間が現われた。
次回マーベリック
第四章 第二十話「対傭兵部隊戦」
「ったく。なんてところに構えてやがる」




