第十七話「対ウイルス戦」(6)
「おつかれさま、クリス」
その声の主がユーキだと分かるのに、クリスは数秒を要した。
「えらかったぞ、クリス」
「見直しましたわ」
ボーイとナチアも声をかけてきた。
「負けなかったな」
シンの声が聞こえた。
シートの後ろに、四人がいるのが分かった。
スクリーンには、ひとつの数字が表示されていた。
レベル・シックスの、侵入されたパーセンテージ。
九十九・九八パーセント。
レベル・シックスは、突破されなかったのである。
ウイルスがレベル・セブンに接触することはなく。勝利条件は満たされて。連邦最高機密は、護られた。
…ぼくは、負けなかった?
でも…。
「ごめんなさい、クリス」
ううん。教官は、悪くない。
「私には、こうするしかなかったのです」
わかってます。
ぼくが教官でも、同じことしたよ。
わかってる。でも。
でも。
ごめんなさい。
全部、ぼくの責任なんです。
ぼくが、もう少し早く、ワクチンを作りさえすれば。
そうすれば…。
教官が、レベル・セブンを消去せずにすんだのに。
「みなさん、お疲れ様でした。おやすみなさい」
そう言って、クリスは自分の部屋に入っていった。
クリスの部屋は、ユーキとナチアの部屋の隣であり、二人部屋を一人で使用していた。
少年の挨拶に対して、四人は優しく言葉を返し、ドアが閉まるのを見守った。
ドアが閉まる寸前、ユーキがクリスに声をかけようとしたが、ボーイがそれをとめた。
「そっとしておいてやれ」
ユーキは、何か言い返そうとして、その言葉を飲み込んだ。
十四歳の少年に対して、何もできない自分が歯がゆかった。
クリスは、今日初めて、戦闘機に乗った。
そして初めて、実機で宇宙を飛んだ。
模擬戦も立派に戦った。
そのあとで、あんなに頑張ったのである。あんなに、あんなに頑張ったのである。
褒めてあげたかった。
抱きしめてあげたかった。
よくやったね。
そう言ってあげたかった。
「男ってのは、いくつであろうと、涙は見せたくないもんなのさ」
ボーイの言葉にも、納得がいかなかった。
それは、ボーイだけではないの?
クリスは、やっぱり、抱きしめてほしいのではないの?
でも。やっぱり。
クリスは、男の子なのよね…。
「さあ、いきますわよ」
声のした方を振り向くと、そこには、自分と同じ年頃の女の子が、静かに微笑んでいた。
写真の中で、女の子は笑っていた。
捨てようと思って、何故か捨てずに持っていた写真であった。
女の子と、もう一人青年が写っている。
…この写真とも、そろそろ本当のお別れがきますね。
ヘレンは写真を机に仕舞い込んだ。
つい先ほどまで、上層部への説明を行っていた。
身体は疲労の限界を訴えていたが、それでもまだ、休む訳にはいかなかった。
ヘレンには、やらなければならないことが数多く残っているのであった。
もう、迷ってはいられない。
今回の事件で、上層部にも変化が現われるだろう。事態が急速に進行していくことは明らかである。急がなければならない理由が、ヘレンには存在した。
クリスには、悪いことをしてしまった。
許してもらえるとは、ヘレンは思っていなかった。
許してもらおうとも、思っていなかった。
これから先も、クリスを傷つけると分かっていたから。
クリスだけでなく、他の四人に対しても。
ごめんなさい。
せめて謝っておきたかった。
私には、こうするしかなかったのです。
第三章 終
<次回予告>
宇宙空間に、一隻の宇宙船が浮かんでいた。
その宇宙船の周りには、何も無かった。一隻の船も、ステーションも、惑星も、恒星も、何ひとつ存在しなかった。周りには、ただ暗黒の宇宙と、無限なる星々の光が存在するのみであった。
次回マーベリック
第四章 番外話「そこに至る過程」
「あなた達を巻き込んでしまった事を、申し訳なく思っています」




