番外話「そこに至る過程」(3)
宇宙空間に、一隻の宇宙船が浮かんでいた。
その宇宙船の周りには、何も無かった。一隻の船も、ステーションも、惑星も、恒星も、何ひとつ存在しなかった。周りには、ただ暗黒の宇宙と、無限なる星々の光が存在するのみであった。
機体には白を基調としたカラーリングがなされていたが、それを外側から確認できる者は、誰一人いなかった。
少し前まで、姿勢制御用のエンジンを稼動させていたが、今はそれも落ち着いている。推進用の機関も活動を停止していた。慣性に従い一定の速度は保っているものの、加速や減速をする様子はない。光速の一パーセントにも満たない物体が、人間の寿命の範囲内で行ける所など、たかが知れていた。
広大な宇宙の中で。その宇宙船は、止まっているのと何ら違いはなかったのである。
暗黒・低温・無音の宇宙の真っ只中に浮かぶ、ただ一隻の宇宙船。そんな宇宙船の中では、外界の静寂に圧し潰されそうな、いくつかの声が交錯していた。
「ちょっとクリス、これはいったい、どういうことですのっ?」
「ごめん、待ってよ。ぼくにも、まだ分からないんだ」
声は、通信器を介して互いの操縦席を行き来している。
「なにを悠長なことを…」
「よしなさい、ナチア。クリスも、がんばっているのよ」
「頑張ればいいという話ではありませんわ。問題は、今わたくし達が…」
「静かにしないか、二人とも」
落ち着いた声が響くと、二つの声は沈黙する。
「クリス、あと、どれくらいかかりそうだ?」
「分からない。レーダー観測範囲内には何も映ってないし…。それでも本当なら、もう、解析できていい頃なんだけど…」
「了解した。落ち着いてやれ、クリス」
「うん」
宇宙船に静寂が戻るが、それも僅かの間であった。
「ちょっと少尉」
「何だ?」
「なにを、あなたは落ち着いてらっしゃいますの?」
「騒いでも、どうにもならんだろう」
「気が晴れますわ」
「ちょっとナチア、あなた、なんてこと言うの」
「構わん、ユーキ」
「でも…」
「ナチア」
「なんですの?」
「騒いで落ち着くのなら、俺に騒げ。クリスに当たるな」
「わかりましたわ。そうさせていただきます」
「ナチアっ」
「お黙りなさい。少尉がいいと言っているのです」
「だけど…」
「構わん、ユーキ」
「………」
「騒いでみろ、ナチア」
「では、お言葉に甘えさせていただきますわ」
いったん、言葉が途切れ、息を吸い込む微かな音が、通信器に流れる。
「これはいったい、どういうことですのっ!」
高く、大きな声が、宇宙船に響き渡る。
「ここはいったい、どこですのっ。あれはいったい、なんだったんですのっ。答えてください、少尉っ!」
「すまない、ナチア。俺にも分からない」
落ち着いた声が返答するが、受けた方は、落ち着きはしなかった。
「わからないでは、すまされませんわっ。あの二人は、どこに行ってしまったんですのっ」
「すまない、ナチア」
「そんな言葉は、聞き飽きましたわっ」
「ナチア、もうよしてっ」
別の声が割って入る。
「シンだってクリスだって、ほんとに…、ほんとに…」
「だからなんですのっ」
叫び声はとまらない。
「さあ、答えてください、少尉っ。ボーイは…二人は、どこにいるんですのっ?」
「すまない」
「許しませんわよ、そんな答えはっ」
叫び声は、その音階を狂わせていった。
「答えてください少尉っ。ここはいったい、ここはいったいっ…」
ひときわ大きく、ひときわ悲痛な声が、宇宙船を包み込んだ。
「ここはいったい、どこですのーっ!」
宇宙空間に、一隻の宇宙船が浮かんでいた。
続く




