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第十七話「対ウイルス戦」(3)

 非常灯の赤い光に包まれて、焦燥感が、じわじわと押し寄せてくる。

 ウイルスの増殖と、ワクチンの開発。

 時間の勝負となっていた。

 この時、宇宙ステーション・ヘブンの、ほぼすべてのコンピュータが活動を停止していた。

 コンピュータが停止すれば、ウイルスも活動を休止せざるをえない。

 当たり前のことではあったが、踏みきるきっかけがなかったのである。

 いくら何でも、すべての運行機関をとめることはできないし、最悪の場合、僅かに活動している機関を通してウイルスだけが増殖する恐れもあったのである。さらには政治的な問題もあり、運行機関の停止が見合わされていたのであるが、中央管制室の、あわやのウイルス侵入と、エネルギー・ラインの遮断によるウイルス増殖の抑制が確認されたことにより、ヘブン最高責任者の許可が下りたのである。

 チーム・マーベリックの六人と約百人の管制官は、十四歳の少年の指揮の下、半ば手作業のような方法でワクチンの作成にあたっていた。

 百人の緊張感とは、ほぼ完璧に無縁であったことこそが、チーム・マーベリックの本当の凄さかもしれなかった。

「まったく、あなたの馬鹿力のせいで、大変ですわ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、ナチアが片手でコンソールを叩いていた。

「感謝していいぞ。おれのおかげで、ウイルス迎撃のとっかかりができたんだからな」

 ボーイも、片手でコンソールを叩きながら応じる。

 中央管制室の稼動率を下げたために、一人ずつが動かせるシステムが激減していた。ついさっきまで、複数のモニターを同時制御していた六人にとって、稼働率の落ちたコンピュータなど、文字どおり、片手で扱えるものであった。

「あなたのおかげでは、ありませんわよ。教官が上層部を説得したからこそ、ヘブンの中枢を一時停止することができたのですわ」

「ま、そりゃ、そうだけどよ」

 実際、ヘブンの運行機関を一時的にしろ停止させることを上層部に認めさせたのは、ヘレンの功績であった。チーム・マーベリックの一同は、ヘレンの権限と、人脈の広さを垣間見たのである。

「ボーイさん、ナチアさん。そっち、どうですか?」

 通信器を通して、クリスが声をかけてきた。

「まあまあ、ですわ」

「間に合うんじゃねぇの」

 二人の返事は、至ってやる気のないものであった。

「よろしくお願いしますね」

「オーライ。あと何分だ、クリス?」

 ボーイは、自分が壊したシステムの復旧までの時間を尋ねた。

 システム復旧までにワクチンを完成させ、システムの全面再開と同時にワクチンを流す。単純だが、それがヘレンの立てた作戦であった。

 時間的にも、それ以上運行機関を回復させずにいることは、危険な状況であった。

「あと三十七分です」

「そっか。ま、そっちもがんばれや」

「はい」

 あくまでものんびりしたボーイとの会話を終え、クリスは、逆側の二人にも声をかけた。

「シンさんとユーキさんは、どうですか?」

 通信器で話す以上、席の順で話しかける必要はないのであるが、そこは気分の問題であった。

「問題ない」

「こっちも、大丈夫よ」

「そうですか」

「クリスは、どうなの?」

 全員のプログラムを統合し、最終的にワクチンを作り上げるのは、クリスの役割である。

「はい、たぶんシステム回復の…そうですね、四十秒前くらいには、ワクチンができます」

「そう。それはよかった」

 この会話を聞いて冷や汗をかいたのは、約百人の管制官達であった。


 灯りが消えた。唐突に。

 非常灯以外の、各所のモニターとスクリーンの灯りが消えた。

「なんだ、こりゃ…」

「…クリス?」

「えっと…、わかりません。制御シートは生きてるし、稼動音には…変化がないみたいだけど…」

「変化がないなら、問題はシステムではありませんわね」

「…そうか。モニターだ!」

「どーいうことだ?」

「どうやら敵は、モニターの表示機能…を、奪ったようです」

 全員の手が止まっていた。動きようがなくなった。

「そんな器用なことって…、できるの?」

「管制室の近辺から、擬似的なリモコンで、スイッチを切ることができたら、あるいは…」

「おいおい。音声も死んでるぜ。どーすんだ、これ?」

「うん…。ちょっと、待って…」

 待てる道理がなかった。時間はない。敵の攻撃は、単純であるが故に効果的であった。

「リモコンは…、止めるしかない。数が分からないけど、一個や二個じゃない筈だ…。その間、ワクチンを作るには…、危険だけどサイバー・スペースにダイブするしか…」

 無茶でも無理でも、退路など最初からありはしない。

「管制官、ブラボー」

 呼んだのは、シン。呼ばれたのは、最右翼に位置する管制官達。ブラボー・チームのリーダーが答える。

「はいっ」

「聞いての通りだ。精鋭を選りすぐり、ダイブの準備を。クリスと、ナチアも用意。スタイナー教官、問題があれば指示を」

 返答は聞かない。その時間が惜しい。

「管制官、タンゴ、ビクター、及びヤンキー」

「はいっ」

 三箇所からの答えが、即座に返る。

「管制室外に出て、近辺のコンピュータをシャット・ダウン。通信経路を除いて、全てをだ。ハンマーかトマホークを携帯。ダウンできなければ、躊躇なく破壊」

 サイバー・スペースでの勝負に、こだわるつもりはない。それは先ほどのボーイの攻撃でも示した筈。

「俺達にはできない仕事だ。頼む」

 一瞬の間をおいて、各所から次々と声があがる。

「こちらタンゴ、了解しましたっ」

「チャーリー、タンゴを支援しますっ」

「ビクター、でるぞっ」

「了解っ」

「続くぞ、ヤンキーっ」

「おうっ」

「ブラボー、八名がスタンバイっ」

「こちらフォックス、図面思い出せっ、配線ひくぞっ」

「オスカーです。露払いは私達がっ。クリーンにしますっ」

 動きだす、管制室。そしてマーベリック。

 クリスとナチアがシートをサイバー・スペースに接続する一方で、手早く準備を終え、管制室から出て行こうとする、三チーム。

 ドアを開けた瞬間、叫び声があがった。

「ポリス・ロボットだ!」

「ドアを閉めろっ!」

「退け、退けっ!」

 ボーイが立ち上がり、ドアの方向を眺めみる。

「あーあ…」

 呑気、と言われても仕方ないような声を出す。

「人型が二体、侵入しちまった。こっちに向かってる。ったく、ロボットが人類に反乱とか、いつの時代劇だよ。…とりあえず、怪我人はいないようだ。ドアも閉まったようだぜ」

 周りの人間には目もくれず、二体のロボットは、ゆっくりと中央の制御シートに向かっていた。正確には、ヘレンの座る統合制御シートを目指している。

「ボーイ、ユーキ、頼めるか?」

 シンの言葉に、黒髪の少女もシートを離れる。

「…それでは、わたくし達は潜りますわ」

「あとはお願いします。みなさん、気を付けてっ」

 ナチアとクリスの制御シートが、カプセル状に閉じられていく。これから二人は、外界から遮断され、サイバー・スペースへと精神をダイブさせる。

「しくじんじゃあ、ねーぞー」

「クリス達もがんばって!」

 現実世界で、登ってきたロボット。

 立ちふさがるのは、一組みの男女。

 驚きつつ、見守る管制官達。

 いつくかの制御シートは閉じた。

 中央の上官は一瞥したのみ。

「さて、と…」

 ボーイが進みでて、至近距離でロボットの進路を遮る。

 そのボーイを避けるように前方のロボットが動くが、それをさらにボーイが遮る。

 再びロボットが避け、三度ボーイが邪魔をする。

「危ないわよ…」

 後ろからユーキが声をかけるが、ボーイは気にした風もない。片手を前に、数回突き出す。

 そのたびに、ロボットの両手が動き、滑らかにボーイの拳を受け流していく。ゆっくりとした挙動は、見る者が見れば、武道の達人のそれだと分かる。

「ふむ。ウイルスに汚染されても、決して人間は傷付けない。三原則がデリートされたってわけじゃねーみたいだな」

 ロボットが二体、僅かに後退して、その肢体をたわませる。

「くるわよ、ボーイ」

「いいか、ユーキ。直接攻撃がなくても、油断はするなよ。このタイプのやつらの弱点は、ひとつしかない…」

 ボーイが説明を終えるのを待たず。

 ユーキの体は疾風となり、一体のロボットの懐に吸い込まれていった。

「弱点は、喉元中央…。でも、極度にピン・ポイントだから、実戦では決して狙ってはいけない」

 ユーキの片手に押されて、ロボットは仰向けに倒れていった。

「って、学校で習ったわ」

 笑顔で振り向く。

「そんなの、弱点じゃないだろ…」

 呆れ顔で、ボーイは肩をすくめる。「ほんとの弱点ってのは…」

 残ったロボットが床を蹴り飛び出し、ボーイの横をすり抜けようとする。「ふんっ!」無理矢理その前方に、ボーイが右腕を捻りこむ。 

 大音量を伴って、ロボットが垂直に吹き飛んだ。天井に吊られた大型スクリーンに激突し、跳ね返り、床に落ちて大きくバウンドしてから、動かなくなる。

「衝撃に弱い。昔っから同じだ」

 それこそ弱点じゃないわよ。

 ユーキが肩をすくめる番であった。

 呆然と成り行きを見守っていた管制官に向かって、シンが声を発した。

「見ての通りだ。ポリス・ロボットは、パワーがあるが、動きは遅い…」

 言いながら、シン自身も席を立つ。

「タンゴ、ビクター、及びヤンキー、それぞれ三人を選抜しろ。俺達が援護する。外に出るぞ」

続く

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