第十七話「対ウイルス戦」(2)
いくらクリスが落ち着こうと、ウイルスの猛攻が収まりはしなかった。
チーム・マーベリックをもってしても、自己進化の進んだウイルスの脅威を抑えるのは不可能に思われた。
「少尉っ、運行用プログラムの内、七ブロックが占拠されましたわ」
「残っているのは?」
「メインの系統と、一部の制御用エンジンだけですわ」
「それだけ残っていれば上等だ。あと何分もつ?」
「四十、いえ、五十分が限界ですわね」
「一時間もたせろ」
「…わかりましたわ」
「ナチア、負けるなよ」
一瞬の沈黙。そして返答。
「わたくしを、誰だと思っていますの?」
「頼んだぞ」
「了解ですわ」
管制官達は、二人のやり取りが信じられなかった。短い会話のみで、作業を続行できることが信じられなかった。
あと一時間で、ヘブンはグリューン地表面への落下を開始する。それが、ナチアの言った「限界」の意味である。大気圏への突入角度にもよるが、ヘブンの質量と保有エネルギーの大きさを考えれば、ヘブンどころか、グリューンの表層も、ただで済むとは考えられない。すでにヘブンの外周には、連邦軍の戦艦が展開しているが、巨大な宇宙ステーションのすべてを蒸発させるには、明らかに規模が不足している。ヘブン自体の宇宙港も機能を停止しており、残された人間が脱出する術も限られている。
追い討ちをかけるかのように、危機は続く。
「シンっ」
悲鳴に近い声をあげたのは、ユーキである。
「どうした?」
答える声は、あくまで落ち着いている。
「B及びCブロックの生命維持システムに侵入されましたっ」
管制室が静まり返る。
最も侵されてはならないシステムのひとつが今、侵された。
「被害は?」
「被害は微少。いえ、まだ、ほとんどありません」
「奴の狙いはDブロックだ。騙されるな」
「了解っ」
「BとCブロックのエネルギーを一時カット、暫くは持つ」
「了解…シンっ!」
ユーキの声が跳ね上がる。
「システムの外層を通って、ウイルスがDブロック…本管制室に向かってきますっ!」
管制室がざわめく。
中央管制室の占拠は、宇宙ステーション・ヘブンの占拠に等しい。ウイルスの管制室侵入はヘブンの滅亡に直結する。
「とめられませんっ。ナチアっ」
「無理ですわね。きますわ、あと二十秒っ!」
ナチアの言葉を受け、シンがもう一人の名を呼ぶ。
「ボーイっ」
シンの声を受け、巨体の優男が返答する。
「はいよっ」
「防げるか?」
「ラインが直結してるからな」
「予備は?」
「有る」
「ならば…」
息を吸い込み、そして叫ぶ。
通信器にではなく、仲間に向かって、直接に。
「実力行ー使っ!」
シンの声を受け、ボーイの体が弾かれたように動き出す。
シートの背を乗り越え、後ろの壁に取り付けられた赤い物体に手をかける。
緊急用トマホーク。
金具ごと引きちぎり、コンソールの上に駆け上る。
「おおおおおおっ!」
振りかぶり、目標に向かって投げつける。
滞空時間は、ほぼ、ゼロ。
ボーイの手を離れた次の瞬間に、トマホークは管制室前方の壁に激突した。
巨大スクリーンの左の壁に突き刺さったトマホークは、ぶつかってから、さらに一回転したあと、その赤い姿を壁の中に埋めた。
「!」
突如として管制室から明かりが消える。
非常灯のみが光を残すが、すぐに、一部のスクリーンが復活する。
「教官?」
シンが呼び、ヘレンが答える。
「大丈夫です。管制室へのウイルス侵入は防ぎました」
管制室が、大きな溜め息に包まれる。
「ブラック・アウト二秒前までの、全データの保存を確認。ですがそれよりも、ウイルスに変化があるようです。ナチア?」
自らの教官に名を呼ばれた少女は、手元のデータを解析する。
「今の衝撃で、各部に相当な負荷が生じたようですわ」
「ウイルスは?」
尋ねたのはシン。
「増殖のスピードを緩めましたわ」
一同の安堵は、僅かな間しか保たれなかった。
「一方で、エネルギー・ラインに異常が発生、管制室のシステムの六割が活動を停止。復旧には、約一時間が見込まれますわね…」
続く




