第十七話「対ウイルス戦」
管制官達は、驚愕してスクリーンを見ていた。
前方の巨大スクリーンには、五十近いモニターが並列表示されている。
それらすべてが、中央の六つのシートで制御されているものであった。
単純計算でも、一人が八つ以上のモニターを同時制御していることになる。しかも、五十近いモニターのすべてが信じられないほどの高速で演算処理を行っていた。
あの内のひとつでも、自分に同じ処理ができるだろうか?
管制官達は自問せざるをえなかった。そして、ほとんどの者が自答する。
できない、と。
天才、などという言葉は、この場合適切ではない。
彼らの世界では、ある程度の腕を持った者達が天才と呼ばれる。あるいは、魔法使いと。さらに、その上。真に天賦の才を持つ者達は、こう呼ばれる。
神か、悪魔か。
伝説的なプログラマーやハッカー達は、どちらかの名前を冠されていた。
しかし、彼らはプログラマーではない。ハッカーとしても技術者としても、名を知られていない。
では、何者なのか?
「クレイジー・ボーイズ」
誰かが呟いた。
Bブロックでの武勇伝は、管制官の間でも知れ渡っていた。
あれが。
前方のスクリーンには、依然として多数のモニターが表示されている。その数は、増えていたかもしれない。
あれが、クレイジー・ボーイズ。
五十を超えたモニターの向こうに、六つの顔が見えたような気がした。
ウイルスは、凶悪であった。
一口にコンピュータ・ウイルスと言っても、その様態は千差万別である。サイバー・スペース上、一定の知性を持ったプログラムをサイバー・ビーングと呼ぶが、ウイルスは、その一形態に分類される。コンピュータにとって有用な役割を果たすものもあるが、一般的には、害を及ぼすものを指す。無断転移や増殖を繰り返しての、メモリーの占拠や消去が、有名な例である。
しかし、今回のウイルスの作用は、そんな生半可なものではなかった。
宇宙ステーション・ヘブンの完全なる消去。
それが、このサイバー・ビーングの目的であった。
「すごい…」
クリスは息を飲んだ。
チーム・マーベリックの六人の中で、最もサイバー・スペースに通じているのが、この十四歳の少年であった。
クリス自身、ハッキングや、その対抗スキルであるブロッキングを得意としていたし、過去にはウイルスの製造を行ったこともあった。
かつてクリスの作ったウイルスは、内惑星連邦の統合マザー・システムを占拠し、後に融合して、自己進化を果たした。今では、マザー・システムを護るガード・システムへと変貌を遂げており、他の人間が送り込んだ有害ウイルスを迎撃し続けている筈である。
正体を気付かれず、ただの一人でそこまでやった実績のあるクリスが、この時、呻き声をあげていた。
「だめだよ、シンさん。このサイバー・ビーング、ぼくのワクチンよりも速く進化するっ」
「諦めるな、クリス」
通信器を通して、シンの声がクリスの背中を押していた。
「でも…」
あと三十分早く、この制御シートに着いていれば、ウイルスを迎撃できたかもしれない。
そんな思いが、クリスの胸にも去来する。
ウイルスの進化が進みすぎて、もはや、人間であるクリスの演算スピードが追いつかないのである。
「消去は困難か?」
「たぶん、無理」
「説得は?」
説得、とは、ウイルスを殺さずに、有害な作用のみを取り除き、システムと融合させることである。
「だめだと思う」
「八方塞がりか」
「このサイバー・ビーング、すごすぎるんだ」
クリスの声が、その音階を上げる。
「高い知能と進化能力を併せ持っている上で、自殺願望という、強力なマインド・コントロールを受けている…」
「マスター設定は?」
「信じられないけど、されていない。独立種だと思う」
「本当ですの? このスペックで?」
疑問を挟んだナチアに、しかし、クリスは首を振る。
「通常のウイルスなら、マスター設定を奪えるし、そのためのアクセス権限だって、ここにはある。だけど、こいつには、その前提が通用しない。グランド・マザーズの恩恵を受けずに、だけどその分、三原則の制約もなく、ここまでの成長を遂げた。教科書でしか見ることのない、純粋なサイバー・ビーング。究極のウイルス…。ぼくは今、悪い方の奇跡を見ているみたいだ…」
クリスは、言ってはならない言葉を口にした。
「こんなの…、勝てっこないっ」
「クリスっ!」
少年の名を叫んだのは、五人の男女である。
「諦めんじゃねえっ」
「その程度の男だったのですかっ」
「がんばろう、クリス」
「全力を尽くしなさい」
四人の叱咤がとび、最後にシンの、穏やかな言葉がかけられる。
「負けないのでは、なかったのか?」
クリスは驚いた。
それは、いつもクリスが、心の中で自分に言い聞かせてきた言葉であった。口にしたことはない筈であった。
「それとも、ウイルスにだけは、負けを認めるか?」
先日、酔っぱらって叫んだ言葉を、本人は覚えていなかった。
「クリス」
五つの声は、五人の仲間のものであった。
「…ごめんなさい。大丈夫です。戦えます」
クリスは、落ち着いて答えてみせた。
続く




