第十六話「管制」
Dブロック中央管制室は、ユーキの言葉どおりの状況になっていた。
巨大な管制室を覆う巨大なスクリーンが、危険を示す赤い光点で埋め尽くされていた。
警報こそ鳴っていないものの、百人前後の管制官が必死になってコンソールにしがみつく姿は、異様ともいえる光景であった。
「チーム・マーベリック、五名、到着しました」
半円を描く管制室の一段高くなった場所に、自らの上官の姿を見つけ、シンが大声で呼びかけた。
ブルネットの頭が振り向き、同時に、管制官のほとんどが顔を向けた。
「待っていました。さあ、上がってきなさい」
ヘレンの声には、めずらしく喜びの微粒子が含まれていた。
「どうしたのですか?」
一段高くなったスペースまで上がり、シンがヘレンに尋ねた。
「説明は後です。こちらに来なさい」
一同を率いて、ヘレンは管制室の中央部へと歩いていく。
その間にも、管制官達の視線が、シン達六人に注がれていた。
ナチアやユーキに見とれたか?
ボーイなどはそう思ったが、どうも、それだけではない様子である。
「さあ、こちらです」
ヘレンが導いたのは、まさに、管制室の中心部であった。
一同が歩いてきたスペースよりも、さらに一段高くなっており、巨大な管制室のすべてを見下ろすことが可能であった。
合計七つの制御シートが半円を描いて並んでおり、その背に囲まれるようにして、ひときわ大きな制御シートが中央に設置されていた。
Dブロック中央管制室は、Dブロックの管制のみを行うものではない。それならば、Dブロック専用の管制室が別に存在する。宇宙ステーション・ヘブン全体の管制機能が、ここに集中しており、Dブロック中央管制室とは、ヘブンそのものの管制室を意味していた。
その中央管制室の、さらに中央にある制御シート。間違いなく、ヘブン管制を司る長官の椅子であった。
だがしかし、栄誉あるその椅子から立ち上がった人物の顔は、歓迎とは正反対の表情を浮かべていた。
「チーム・マーベリック、六名、到着しました」
ヘレンの敬礼を受けたその人物は、微かに身を震わせながら前に出てきた。
「…本当に、お前達にやれるんだろうな?」
「私達にできなければ、他の誰にもできないでしょう」
ヘレンの声が、その人物に返された。
それまで苦渋に満ちていた顔が、この時こそ明らかに、屈辱の二文字を刻みこんだ。
シン達も驚いた。これほど挑戦的な教官を見るのは初めてであった。
「よく、言った。だが、ヘブンと…グリューンの命運がかかっていることを忘れるなよ」
「了解しました」
早く話を終わらせろ。
ヘレンが、その言葉を飲み込んでいるのが、シン達にも伝わった。
「顔と頭でやるんじゃないんだ、解っているんだろうな?」
「顔と頭を褒めて頂き、有り難うございます」
返答に対して、白黒する顔に向かって、ヘレンは追い討ちをかけた。
「ヘブンとグリューンの命運がかかっています。早急に、管制権をお渡し下さい」
決まり、であった。
ヘレンの指示により、一同は制御シートに着いた。
七つの制御シートの内、両端のシートを空席として、中央の五席にシン達五人の体が収まる。正面スクリーンに向かって左から、ボーイ、ナチア、クリス、シン、ユーキの順である。五人の背を受ける形で、ヘレンは中央の統合制御シートに腰を下ろしている。
「各自、三分でシート動作方法の確認を行いなさい」
ヘレンの命令と同時に、五人の体が躍動を始める。
この発言を聞いて驚いたのは、シン達にその席を譲った管制官達であった。
管制長官の指示とはいえ、危機的状況の中、動作方法すら知らない人間が彼らの制御シートに着くなど、信じられることではない。七つのシートは、マスター・シートと呼ばれる極めて特殊なシートである。たかだか三分で理解などできる訳がない。
「これより、状況を説明します。各自、シートの確認を行いつつ、モニターに注目しなさい」
ヘレンがシン達に説明した内容は、次のようなものであった。
まず、約二時間前に、Bブロックの一部制御機関内でコンピュータ・ウイルスが確認された。
ここまでならば、さして問題はなかった。
本来あってはならないことではあるが、巨大な宇宙ステーションを網羅するサイバー・スペースからウイルスやハッカーを完全に排除するなど、しょせん不可能なのである。
重要なのは、如何にして迅速に、かつ有効な対応策を講じられるかである。当然のことながら、Dブロック中央管制室においても、数多くの専門家達が充実した設備とともに、緊急事態に備えていた。惑星グリューンの最重要施設のひとつに数えられる宇宙ステーションである。彼らの資質は、イコール、グリューンの最高水準であった。
だが、その最高水準を、この発生したウイルスは凌駕したのである。
自己増殖を繰り返し、次々と転移していくウイルスに、ヘブンの管制官達は追いつくことができなかった。
ウイルス確認から三十分後には、民間用のエネルギー供給系統に異常が発生し、一時間後には大元のDブロック内にウイルスが侵入した。シン達六人が一時間前に聞いた警報は、それに対するものであった。さらにこの時、ウイルスはヘブンの基幹通信システムを占拠し、管制官達は外部からの協力を得る手段を大幅に失い、孤立無援の戦いを強いられることになったのである。
そして現在。ヘブンに展開するサイバー・スペースの大部分が、ウイルスによって汚染されていた。管制官達の必死の抵抗も虚しく、遂に、どうしようもない状況に陥って初めて、チーム・マーベリックに招集がかかったのである。
「現在ウイルスは、D、並びにEブロックのサイバー・スペースに攻撃をかけています」
ヘレンの声が、通信器を経由して巨大な管制室に響き渡る。
管制官達にとっては、駄目で元々、といった心境かもしれないが、ヘレンにとっては、もっと早くに招集をかけられていたら、という悔しさがある。
初めに指示した三分まで、残り二十秒を切っていた。
「本管制室外のケルベロスは壊滅、マザー・システムは緊急凍結しています。これ以上のウイルス増殖を許す訳にはいきません。ステーションの生命維持システムと、運行制御用プログラムの防衛を最優先とし、これを迎撃します」
Dブロックには生命維持システムの主要機関が、Eブロックには運行制御用プログラムの中枢回路が、それぞれ存在している。
「三分です。各自、動作確認は?」
「終了しました」
代表して答えるシンの声に、迷いはない。
その返答に呆然としたのは管制官達だけで、ヘレンは驚く様子もなく、新たな指示をだす。
「では、作戦に入ります。ヘブンのサイバー・スペースは汚染されており、ダイブは禁止。水面上からのアタックを敢行。私が全システムのフォローにまわります。シン、指揮を執りなさい」
「了解しました」
ヘレンの命令を、シンが受ける。
落ち着いた声が集音マイクに届き、チーム・メイト並びに全管制官へと伝わる。
「ボーイは本管制室を守れ」
「オーライ」
「ナチアはサイバー・スペース監視と、運行用プログラムの確保」
「わかりましたわ」
「ユーキは生命維持システムの防衛にあたれ」
「了解」
「クリスと俺で、ウイルス本体の迎撃を行う」
「うん、わかった」
「スタイナー教官、フォロー並びにバック・アップ、よろしくお願いします」
「解りました」
シンの声に、僅かに熱がこもる。
すでに五人の身体は、制御シートの中で戦いを開始している。
「全管制官へと告げる」
約百人の管制官が、この時、姿勢を正した。
「こちらは、チーム・マーベリック。先ほど、諸君らの統制を引き継いだ。この戦いは、諸君らの力なくして、勝利を得る事ができない」
王者の鼓舞ね。ヘレンは、心中でそう表した。
「ヘブンと、グリューンを護る為に、持てる限りの力を尽くせ」
全管制官が戦慄する。
「これより、ウイルス迎撃戦に移行する!」
戦慄は、戦意へと変換を遂げた。
<次回予告>
管制官達は、驚愕してスクリーンを見ていた。
前方の巨大スクリーンには、五十近いモニターが並列表示されている。
それらすべてが、中央の六つのシートで制御されているものであった。
次回マーベリック
第三章 第十七話「対ウイルス戦」
「実力行ー使っ!」




