第十五話「暴露」(2)
「んじゃ、次は、シンの番だな」
ボーイが声をかけ、全員が黒髪の偉丈夫に注目した。
「何が聞きたい?」
対するシンの顔は、あくまでも涼しげである。
「その時の年齢は?」
ボーイが質問を開始し、淡々とシンが回答した。
「十一」
「お相手は?」
「孤児院の後輩」
「お名前は?」
「内緒だ」
「そこをなんとか」
「すまんな」
答える本人は淡々としていたが、聞いている人間は涼しげではなかった。
ユーキなどは、平静を保とうとしながらも、身を乗り出すのを完全には押さえられていなかった。
なおもボーイの質問は続く。
「きっかけは?」
「俺が孤児院の高等部に上がる前に、思い出が欲しいとせがまれた」
「ひゅーっ。やるねぇ」
「それほどでもない」
「場所は?」
「孤児院の裏庭」
「キスの時間は?」
「十秒程度」
「舌は入れた?」
エスカレートしてきた質問を、ユーキがとめた。
「ボーイ」
「なんだ?」
「もっ、もう、そのくらいで、いいんじゃないかしら」
「なんだ、聞きたくないのか?」
そう聞かれると、ユーキも困ってしまう。
ユーキにも好奇心があるし、興味がない訳ではない。
答えに詰まるユーキを救ったのは、他ならぬシンであった。
「入れなかった」
こうしてシンの話は終わった。
男三人が済んで、女二人が残った。
初めはユーキ。
「ごめんなさい」
まず謝った。
「あ、いや、謝られても、困るんだけどよ」
ボーイは軽く顎を掻く。
「わたし、まだ経験、ないです…」
申し訳なさそうに俯きながら、ユーキが答える。
即座にボーイが否定する。「嘘だよな?」
「ほんとうです」
「ユーキは士官学校出身だろ?」
「はい」
「言い寄ってくる男、大勢いただろう?」
「えっと…、あの…、はい、少しは…」
絶対、少しではない。ボーイとクリスは思ったが、あえて触れなかった。重要なのは、そこではない。
「でも、しなかったのか?」
「ごめんなさい」
「………」
「………」
僅かの間、沈黙する。
「…本当に? 絶対に?」
「ほんとうに、ぜったい、です…」
「………」
「………」
そんなことは、ありえない。ボーイは思ったままを言葉にした。
「ちょっと待て、ユーキ。いくらなんでも、それはないだろう」士官学校も、軍も。基本的には男が多い。しかも彼らは、経済力があり社会的な地位もある。当たり前の話だ。ロボットに任せることのできない立派な職業を、危険な職業を、あえて選んで働こうというのである。「エリート連中に囲まれて、そのルックスで、その性格で、それでも今まで何もなかったって言うのか?」
「はい…。みんなにも、変だって言われました…。付き合う寸前までは、いくんだけど…。その先は、まだ…」
「ちょっと待て。デートもしてないのか?」
「あの…。ええと…、食事くらいは、たまにあったけど、その先は、その、なんか、ちがうかなって…」
信じられなかった。
こういったことには、かなりの年齢差がある。個人的な差も大きいし、地域や環境による違いもある。そこまではボーイにも分かる。だが、士官学校という限られた空間にいながら、ファースト・キスすら経験しないで卒業した人間をボーイは知らない。ボーイ自身は士官学校の出身ではなかったが、卒業してきた友人は大勢いた。彼らはどんなに遅くとも、卒業までに経験を済ませていた。キスを、ではない。性的な関係を、である。そこに例外など存在しなかった。
人間には、種族維持の本能がある。
自らの遺伝子を残そうとする、生物としての本能である。だからこそ、男と女は惹かれ合う。戦場という空間に身を置く者には、特にその本能が強く働く。いつ自分が死ぬかも知れない状況にある以上、当然ともいえる。そしてそれは、士官学校においても同様の現象を生みだす。卒業という擬似的な死を前にして、生徒達も必然的に本能に目覚めるのである。ボーイは、そのように理解していた。
「…分かった。もういいぜ、ユーキ」
謙遜ならばともかく、嘘をつくような娘でないことは、十分承知している。
それに、ボーイの交友関係においても、サイバー・スペースでしか性的行為を経験していない者はいる。ユーキはまだ十七歳。当然であるが、年齢制限に引っかかる。違法ダイブを試みるような人間でもないだろう。
あるいは、同性にしか興味がない人間もいるが、多分ユーキは違う。
…男に興味がない、とも思えないんだがなあ。
だいたいが、シンにしろユーキにしろナチアにしろ。ボーイの知る限り、ここへ来て一ヶ月以上もの間、異性との接触を持っていないのである。接触どころか、アプローチすらしていない。ボーイとしては信じられない話であったが、断じて不自由とは言えない容姿である以上、相当な貞操観念か自制心を持っているのだと、考えるしかなかった。
ユーキの次、最後はナチアの番である。しかしボーイは、この絶世の美少女の体験談に興味がなかった。
「ナチア、おまえはいいぜ」
言い渡された、ナチアの方が驚いた。シン以外の二人も同様である。
怪訝な顔をするナチアの前で、ボーイはつまらなさそうに手を振る。
「おまえのは、知ってるから、もういい」
「なんで、あなたが知っていますのっ」
ユーキにすら話していない。ボーイが知っている訳がない。
「分かるんだよ、おまえは」
「わかる筈ありませんわ」
「いいから、いいから。あっ、そうだ。おまえ、言わなくてもいいから、例の貸しはまだアリ、な」
「そんなの、ずるいですわよっ」
基本的にナチアは、人に貸しを作るのが嫌いであった。合意の上で三人の暴露話を聞いたあとで自分だけがしない、というのも筋が通らない。
「なんだ、おまえ、言いたいのか?」
「そんなことはないですけれど…、あなたがどうしてもと言うなら…」
「言わなくていいぜ」
「………」
八方塞がりのナチアを、ユーキとクリスが助ける。
「わたし、聞きたい」
「あの、ぼくも知りたいです」
二人の要求を聞き入れ、ボーイも渋々、了承することにした。
「じゃ、仕方ねぇから、聞いてやる。ほれ、言ってみな」
ボーイに言われると、逆にナチアは詰まってしまう。
言いたくない、という気持ちは、かなりの大きさで胸を占めているのだ。
「ほれ、どうした?」
「…わたくしは…」
「おっと、家族や友人なんかとのキスは、なしだぜ」
「わかってますわっ」
「恋人との、キス、だぜ?」
「ええ」
「それじゃあ、言ってみな。ほれ」
ボーイの挑発と、助け船を出してくれたユーキとクリスの視線を受け、ナチアは諦めをつけた。
「…わたくしは、………ですわ」
しかし、肝心なところが小声になった。
「全然、聞こえんぞ」
にやにやと笑うボーイが耳に手を当ててみせる。
こういう時のボーイは、ナチアにとって本当に意地が悪い。前回の意趣返しでもあるのだろう。
「わたくしも、まだですわ」
「はあ?」
ボーイが馬鹿にしたような声をだし、ナチアは息を吸った。
せめてもの嫌がらせにと、ボーイの耳に向けて、大声で怒鳴る。
「わたくしもっ、まだっ、未経験ですわよっ!」
「…知ってるよ、そんなこと」
耳を押さえるボーイを、ナチアは睨みつける。
「覚えてなさいっ」
顔を赤くするナチアの姿を見て、ユーキとクリスは思った。
ナチア、かわいそう。
かわいそう、ナチアさん。
その時、計ったようなタイミングで壁のインター・ホンが鳴りはじめた。
「!」
一瞬にして、場の雰囲気が変換する。そもそもが、緊迫感のまったくない、ここまでの会話が異常である。
一同の視線を受け、ユーキがインター・ホンへと向かう。習慣として、インター・ホンを取るのはユーキの役割になっていた。ボーイは弁当の受け渡し、シンはまとめ役、クリスは訓練データの整理等々。明確な役割がないのは、ナチアくらいである。
インター・ホンで会話をするユーキを、四人は見守った。
ユーキの会話はすぐに終わり、緊張した顔でチーム・メイトを振り返った。
「全員、至急、Dブロック中央管制室に来い、との命令です」
黒髪の少女は、もう一言を付け加えた。
「どうやら、かなりまずい状況にあるみたいです」
<次回予告>
Dブロック中央管制室は、ユーキの言葉どおりの状況になっていた。
巨大な管制室を覆う巨大なスクリーンが、危険を示す赤い光点で埋め尽くされていた。
次回マーベリック
第三章 第十六話「管制」
「私達にできなければ、他の誰にもできないでしょう」




