表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/243

第十五話「暴露」(2)

「んじゃ、次は、シンの番だな」

 ボーイが声をかけ、全員が黒髪の偉丈夫に注目した。

「何が聞きたい?」

 対するシンの顔は、あくまでも涼しげである。

「その時の年齢は?」

 ボーイが質問を開始し、淡々とシンが回答した。

「十一」

「お相手は?」

「孤児院の後輩」

「お名前は?」

「内緒だ」

「そこをなんとか」

「すまんな」

 答える本人は淡々としていたが、聞いている人間は涼しげではなかった。

 ユーキなどは、平静を保とうとしながらも、身を乗り出すのを完全には押さえられていなかった。

 なおもボーイの質問は続く。

「きっかけは?」

「俺が孤児院の高等部に上がる前に、思い出が欲しいとせがまれた」

「ひゅーっ。やるねぇ」

「それほどでもない」

「場所は?」

「孤児院の裏庭」

「キスの時間は?」

「十秒程度」

「舌は入れた?」

 エスカレートしてきた質問を、ユーキがとめた。

「ボーイ」

「なんだ?」

「もっ、もう、そのくらいで、いいんじゃないかしら」

「なんだ、聞きたくないのか?」

 そう聞かれると、ユーキも困ってしまう。

 ユーキにも好奇心があるし、興味がない訳ではない。

 答えに詰まるユーキを救ったのは、他ならぬシンであった。

「入れなかった」

 こうしてシンの話は終わった。

 男三人が済んで、女二人が残った。

 初めはユーキ。

「ごめんなさい」

 まず謝った。

「あ、いや、謝られても、困るんだけどよ」

 ボーイは軽く顎を掻く。

「わたし、まだ経験、ないです…」

 申し訳なさそうに俯きながら、ユーキが答える。

 即座にボーイが否定する。「嘘だよな?」

「ほんとうです」

「ユーキは士官学校出身だろ?」

「はい」

「言い寄ってくる男、大勢いただろう?」

「えっと…、あの…、はい、少しは…」

 絶対、少しではない。ボーイとクリスは思ったが、あえて触れなかった。重要なのは、そこではない。

「でも、しなかったのか?」

「ごめんなさい」

「………」

「………」

 僅かの間、沈黙する。

「…本当に? 絶対に?」

「ほんとうに、ぜったい、です…」

「………」

「………」

 そんなことは、ありえない。ボーイは思ったままを言葉にした。

「ちょっと待て、ユーキ。いくらなんでも、それはないだろう」士官学校も、軍も。基本的には男が多い。しかも彼らは、経済力があり社会的な地位もある。当たり前の話だ。ロボットに任せることのできない立派な職業を、危険な職業を、あえて選んで働こうというのである。「エリート連中に囲まれて、そのルックスで、その性格で、それでも今まで何もなかったって言うのか?」

「はい…。みんなにも、変だって言われました…。付き合う寸前までは、いくんだけど…。その先は、まだ…」

「ちょっと待て。デートもしてないのか?」

「あの…。ええと…、食事くらいは、たまにあったけど、その先は、その、なんか、ちがうかなって…」

 信じられなかった。

 こういったことには、かなりの年齢差がある。個人的な差も大きいし、地域や環境による違いもある。そこまではボーイにも分かる。だが、士官学校という限られた空間にいながら、ファースト・キスすら経験しないで卒業した人間をボーイは知らない。ボーイ自身は士官学校の出身ではなかったが、卒業してきた友人は大勢いた。彼らはどんなに遅くとも、卒業までに経験を済ませていた。キスを、ではない。性的な関係を、である。そこに例外など存在しなかった。

 人間には、種族維持の本能がある。

 自らの遺伝子を残そうとする、生物としての本能である。だからこそ、男と女は惹かれ合う。戦場という空間に身を置く者には、特にその本能が強く働く。いつ自分が死ぬかも知れない状況にある以上、当然ともいえる。そしてそれは、士官学校においても同様の現象を生みだす。卒業という擬似的な死を前にして、生徒達も必然的に本能に目覚めるのである。ボーイは、そのように理解していた。

「…分かった。もういいぜ、ユーキ」

 謙遜ならばともかく、嘘をつくような娘でないことは、十分承知している。

 それに、ボーイの交友関係においても、サイバー・スペースでしか性的行為を経験していない者はいる。ユーキはまだ十七歳。当然であるが、年齢制限に引っかかる。違法ダイブを試みるような人間でもないだろう。

 あるいは、同性にしか興味がない人間もいるが、多分ユーキは違う。

 …男に興味がない、とも思えないんだがなあ。

 だいたいが、シンにしろユーキにしろナチアにしろ。ボーイの知る限り、ここへ来て一ヶ月以上もの間、異性との接触を持っていないのである。接触どころか、アプローチすらしていない。ボーイとしては信じられない話であったが、断じて不自由とは言えない容姿である以上、相当な貞操観念か自制心を持っているのだと、考えるしかなかった。

 ユーキの次、最後はナチアの番である。しかしボーイは、この絶世の美少女の体験談に興味がなかった。

「ナチア、おまえはいいぜ」

 言い渡された、ナチアの方が驚いた。シン以外の二人も同様である。

 怪訝な顔をするナチアの前で、ボーイはつまらなさそうに手を振る。

「おまえのは、知ってるから、もういい」

「なんで、あなたが知っていますのっ」

 ユーキにすら話していない。ボーイが知っている訳がない。

「分かるんだよ、おまえは」

「わかる筈ありませんわ」

「いいから、いいから。あっ、そうだ。おまえ、言わなくてもいいから、例の貸しはまだアリ、な」

「そんなの、ずるいですわよっ」

 基本的にナチアは、人に貸しを作るのが嫌いであった。合意の上で三人の暴露話を聞いたあとで自分だけがしない、というのも筋が通らない。

「なんだ、おまえ、言いたいのか?」

「そんなことはないですけれど…、あなたがどうしてもと言うなら…」

「言わなくていいぜ」

「………」

 八方塞がりのナチアを、ユーキとクリスが助ける。

「わたし、聞きたい」

「あの、ぼくも知りたいです」

 二人の要求を聞き入れ、ボーイも渋々、了承することにした。

「じゃ、仕方ねぇから、聞いてやる。ほれ、言ってみな」

 ボーイに言われると、逆にナチアは詰まってしまう。

 言いたくない、という気持ちは、かなりの大きさで胸を占めているのだ。

「ほれ、どうした?」

「…わたくしは…」

「おっと、家族や友人なんかとのキスは、なしだぜ」

「わかってますわっ」

「恋人との、キス、だぜ?」

「ええ」

「それじゃあ、言ってみな。ほれ」

 ボーイの挑発と、助け船を出してくれたユーキとクリスの視線を受け、ナチアは諦めをつけた。

「…わたくしは、………ですわ」

 しかし、肝心なところが小声になった。

「全然、聞こえんぞ」

 にやにやと笑うボーイが耳に手を当ててみせる。

 こういう時のボーイは、ナチアにとって本当に意地が悪い。前回の意趣返しでもあるのだろう。

「わたくしも、まだですわ」

「はあ?」

 ボーイが馬鹿にしたような声をだし、ナチアは息を吸った。

 せめてもの嫌がらせにと、ボーイの耳に向けて、大声で怒鳴る。

「わたくしもっ、まだっ、未経験ですわよっ!」

「…知ってるよ、そんなこと」

 耳を押さえるボーイを、ナチアは睨みつける。

「覚えてなさいっ」

 顔を赤くするナチアの姿を見て、ユーキとクリスは思った。

 ナチア、かわいそう。

 かわいそう、ナチアさん。

 その時、計ったようなタイミングで壁のインター・ホンが鳴りはじめた。

「!」

 一瞬にして、場の雰囲気が変換する。そもそもが、緊迫感のまったくない、ここまでの会話が異常である。

 一同の視線を受け、ユーキがインター・ホンへと向かう。習慣として、インター・ホンを取るのはユーキの役割になっていた。ボーイは弁当の受け渡し、シンはまとめ役、クリスは訓練データの整理等々。明確な役割がないのは、ナチアくらいである。

 インター・ホンで会話をするユーキを、四人は見守った。

 ユーキの会話はすぐに終わり、緊張した顔でチーム・メイトを振り返った。

「全員、至急、Dブロック中央管制室に来い、との命令です」

 黒髪の少女は、もう一言を付け加えた。

「どうやら、かなりまずい状況にあるみたいです」

<次回予告>


 Dブロック中央管制室は、ユーキの言葉どおりの状況になっていた。

 巨大な管制室を覆う巨大なスクリーンが、危険を示す赤い光点で埋め尽くされていた。


次回マーベリック

第三章 第十六話「管制」


「私達にできなければ、他の誰にもできないでしょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ