第五十五話「対特務艦隊戦」
特務艦隊は、初めから包囲陣形をとってきた。
中央に二隻の戦艦が並び、やや後方、上下左右に一隻ずつの巡洋艦が陣を固めた。空母と駆逐艦はさらに後方に待機し、中・近距離戦闘に備えている。
両艦隊の最大有効射程距離である、二百七十万キロに距離が詰まった時、光の矢が、三本交差した。
一本は、青白いマーベリックの光。
二本は、朱を纏った帝国戦艦の光。
「!」
特務艦隊の旗艦である、戦艦ユーリエで、メルビスが息を飲んだ。
「右翼、巡洋艦メーデス被弾っ、スペクトルはブルー、やはり連邦の船ですっ。続けて第二射、第三射来ますっ…」
航空管制官の報告が、畳みかけるように続く。
「メーデスに被弾っ、合計三射っ、駄目ですっ、全チャンネル沈黙っ、エネルギー反応発散っ、…メーデス、撃沈されましたっ!」
馬鹿な…。
メルビスは信じられなかった。
初弾は当たらぬものと、そう考えていた。戦艦もだが、巡洋艦も高性能艦である。相対距離二百七十万キロで、コン・シールドが破られる訳がない。そもそも、コン・シールドを破られたからといって、戦闘開始直後でミラー・シールドも万全。たかが戦闘機のレーザーが三条被弾したくらいで、沈む船ではない筈であった。
しかし、その常識的な判断が、目の前の相手には通用しなかった。
「こちらのレーザーはどうしたっ?」
艦橋が僅かに揺れる。メーデス爆発の衝撃波が到達したのである。
「無理ですっ。敵艦コン・シールドは外れていませんっ」
「掠りもしないのかっ?」
「こちらはコン・シールド代わりに撃った主砲ですっ。大型とは言え、戦闘機に当たる距離ではありませんっ」
最後まで聞かずに、メルビスは新たな命令を下す。
「戦艦は微速まで落とせっ、巡洋艦は展開っ、包囲しつつ位置測定だっ」
通信官に直接命じるのが、メルビスの指揮スタイルである。慎重を期すよりも、迅速性を旨として、これまで戦ってきた。部下達も、それに慣れている。
「メーデスの穴は、ストリクで埋めろっ」
旗艦ユーリエの横に並ぶ、戦艦の名を叫ぶ。
「戦艦及び巡洋艦、ミサイル発射っ、全艦全門三連射だっ。ミラー・シールドを叩き潰せっ!」
メルビスの指示から、遅れること数秒。二隻の戦艦と、三隻に減少した巡洋艦から、無数のミサイルが発射される。
画面上、白い尾を引きながら、前方の空間に吸い込まれるミサイルの群れ。
その群れを目で追いながら、メルビスは、眼前の敵を罵った。
化け物が。どんな主砲を積んでやがる。
シューターの腕か? ブレイカーの技か?
くそっ。
メルビスの闘志に、火がついていた。もともと、相手が強ければ強いほど、熱くなる男であった。護衛艦を落とされたことも、闘争心に直結していた。自分の大切な多くの部下と仲間達が、慣れ親しんだメーデスと共に命を散らした。
許さねえぞ、ホワイト・キャットっ!
心の中で、メルビスは吠えた。
巡洋艦を一隻落としたからといって、だが、マーベリックの乗組員が浮かれることはなかった。
「距離約百万、ユーキ、敵は最初から決めるつもりですわよっ」
「了解っ、こっちでもトレースっ。すごい数っ、シンっ、手伝ってっ」
「了解した。クリス、演算まわすぞ」
「オッケーっ。思いっきりやっちゃって!」
クリスの声に重なるように、ユーキの叫びが艦内に響いた。
「ミサイルきますっ、総数約、二百五十っ!」
マーベリックの、ミサイル迎撃戦が始まった。
「前方、オール・レンジに展開っ、シンは副砲で中央を、わたしはまわりを落としますっ」
「了解」
「ガード・レーザー射程圏内まで、あと、五秒っ」
シンが、ユーキが、ナチアが、クリスが息を飲んだ。
「二、…一、…ゼロっ!」
七門のガード・レーザーと一門の副砲が、火を吹いた。
「大佐っ、ミサイルが落とされていきますっ」
旗艦ユーリエの管制官が、声を上げた。
「馬鹿なっ、たかが戦闘機に落とせる数じゃねえぞっ」
「ですがっ、しかしっ…」
「構わん、全艦主砲発射用意っ、近距離射撃で落としてやるっ」
メルビスの咆哮に、艦橋が震えた。
「四十一、四十二、…これで四十五っ」
ユーキの両手はコンソールを駆けまわり、確実にミサイルのコン・シールドを外し、ガード・レーザーを当てていった。
「ちょうど五十っ、シンっ、そっちはっ?」
「やっと二十だ。ユーキ、そちらに副砲をまわす。ミサイルは任せたぞ」
「…うんっ、わかったっ」
「すまん、頼む」
ユーキの表情が強張っていたが、それ以上、声をかける時間はなかった。
「少尉っ、敵戦艦及び巡洋艦、エネルギー上昇っ、レーザーの準備をしてますわっ」
「こちらも主砲の準備だ」
「わかりましたわっ」
「クリス、ブレイクの用意。ミサイルも発射するぞ。目標は中央の戦艦。あと二十秒っ」
「ひっどーいっ、ぼく、ユーキさんも手伝ってるのにっ」
「十五秒。ワープの準備も忘れるな」
「鬼っ、悪魔っ、黒豹っ、女ったらしっ、射出口開いたよっ」
「ミサイル・コン・シールド、用意」
「りょーかいっ、ちょっと待って」
「二連射する。ナチアっ」
「お待ちなさい、あと四十秒っ」
「ミサイル着弾と同時にレーザーを当てる」
「よろしいですわっ」
「シンさん、レディっ」
「ミサイル発射っ、ナチア、フォローを頼むっ」
シンの声と同時に、マーベリックから、計十六本となる軌跡が描かれた。
「ミサイル、三分の二が迎撃されましたっ」
「敵艦よりミサイル発射っ、総数十六っ」
「エネルギー上昇を確認、主砲の準備に入った様です」
「敵ミサイル・コン・シールド強固ですっ、ブレイク出来ませんっ」
メルビスは唇を噛んだ。
圧倒的に数で優位のバーナリ艦隊。だが、追いつめられているのは、まるで自分達のようであった。
「ミサイルは全て叩き落とせっ、こちらの主砲はっ?」
「各艦、既に準備出来てますっ」
「距離十万で発射、その後擦れ違うぞっ、シャールークに発令っ、ミレーヌを絶対に護らせろっ」
「了解っ」
いつも陽気な艦橋が、今は不安に包まれている。それを払拭することができない。
距離が詰まる。ミサイルが落とされる。ミサイルが近づく。ミサイルが落とされる。
糞おっ!
「距離十五万、自軍ミサイル、全て落とされましたぁっ」
メルビスは艦橋の床を蹴りつけた。
「化け物がぁっ!」
「大佐っ、レーザーはっ?」
メルビスは、声をかけてきた通信官を睨みつけた。
「発射しろっ。全艦斉射だっ」
「はっ、全艦、主砲斉射っ」
旗艦ユーリエのメイン・スクリーンが白色に輝き、宇宙空間に五条のレーザーが放たれる。
「着弾確認まで、四秒っ」
艦橋が静まり返った。
通常の戦闘機ならば、たとえ一条であっても、当たれば撃墜できる。それほどの威力。
だが、この、目の前の敵は…。
「全弾命中っ!」
おおっ。
艦橋が喜びの溜め息に包まれた。
「たっ、大佐っ!」
明らかに音階を外した管制官の声に、メルビスは嫌なものを感じた。
「レーザー…、全弾、弾かれましたっ」
艦橋が再度静まり返る。その中で、メルビスだけが声を発した。
「弾かれただとぉ…?」
「反射率は九十九…、いえ、ほぼ、百パーセント…」
管制官は、辛うじて声を絞り出していた。
メルビスが再び床を蹴りつける前に、新たな悲鳴が艦橋を襲った。
「大佐っ、対衝撃防御下さいっ。敵ミサイル、本艦に当たりますっ」
報告の内容が、メルビスには理解できなかった。
「…たった十六のミサイルを、落とせなかったと言うのか…?」
複数の船を従えた戦艦が十六のミサイルを落とせない一方で、二百五十のミサイルを迎撃する戦闘機が存在した。
化け物。
その言葉は、言いすぎではなかったのである。
「敵艦レーザー反射っ、損害はゼロっ」
クリスの声は、喜びに震えていた。「ユーキさんが守ってくれたおかげだよっ」
「え、ええ…」
答えるユーキは、自分を取り戻していなかった。数百のミサイル。その恐怖を、ただの一人で堪え抜いた反動であった。
「こちらのミサイルが当たりますわっ。五…、四…」
「いけいけ、ぼくのミサイル…」
「インパクトっ!」
「主砲、発射っ!」
ほとんどゼロに近い距離で、青白いレーザーが閃く。
ミサイル命中個所を正確に追撃した光の矢が、敵旗艦を大きく揺るがす。
「ミサイル、並びにレーザー命中、敵戦艦シールド損傷率推定約四十パーセント、内部にも被害を与えたようですわよっ」
ナチアの声も、いつもより高いトーンを響かせていた。
「側面通過後、空母に対して攻撃を行う。全艦、攻撃態勢を再度確保。ユーキ、いけるかっ?」
「うん、大丈夫っ」
「よしっ、いくぞっ!」
たった一機の連邦軍が、帝国艦隊の包囲網を突き抜けていった。
続く