第五十四話「襲来」
ナチアとクリスがシートに着いた時、敵は、マーベリックの前方で陣を整えていた。
「遅くなりましたわっ」
「まだ、大丈夫だよねっ」
二人は、寝ているところを叩き起こされたのであるが、事が事だけに、すっかり眠気も失せていた。リビングでミーティングを行った翌朝である。集中力も十分に高まっていた。
「敵は正面、相対距離約一千五百万キロのポイントに集結中。レーダーの画面を、そっちに送るわ」
二人を待っていたユーキが、データを三号機に送る。
敵の編成は、ほとんどクリスの予想と一致していた。
戦艦二、駆逐艦一、空母一、想定艦載戦闘機数約三十、護衛艦として巡洋艦四。以上が帝国軍の陣容であった。
「だいたい、ぼくの予想、当たったね」
「ええ。でも、戦艦のエネルギー値が高いのよ」
ユーキが言及したデータを見て、ナチアもクリスも驚いた。
「ちょっと、これでは、射程が二百七十万くらいありますわよっ?」
「ユーキさん、こっちの射程は?」
クリスの質問に、ユーキは、データを加えながら説明する。
帝国軍の艦隊は態勢を整え、マーベリックに接近を開始した。
「こちらの有効射程距離は、ほとんど同じ、約二百七十万。出力約四十七パーセント。副砲は、約四十一パーセント。ガード・レーザーは三十九パーセントで稼動数は七。重力バリアの出力は四割、シールド回復率は見てのとおり、あとはクリスの腕次第ね」
「スピードは、どうですの?」
「五割五分」
ざっとデータを確認した、ナチアとクリスが顔を上げる。
敵襲三回目にして、初めて持った自信であった。
勝てると思わなかった一回目。半信半疑だった二回目。そして、今回。
いける。
凌いでみせる。
「クリス、あとは、ワープができるかどうかだ」
シンの通信に、クリスはゆっくりと頷いた。
「やるよ」
よし、とシンが答えた時、敵艦隊から通信が入ってきた。
「どうします?」
ユーキが、三人を代表して尋ねる。
これまでは、いずれの戦闘においても通信を開かなかったシンである。だが今回は、マーベリックが連邦の船であると、十中八九ばれている。素性を隠す必要性は大幅に薄れていた。
「よし、繋ごう」
シンは頷いた。
「クリス、こちらの背景にダミーを入れてくれ。宇宙服も含めて、内部は知られたくない」
「オッケー」
「では、つなぎます。クリス、いい?」
「うんっ」
「いきます」
「………」
「………」
「………」
「………」
しばらくの静寂の後、スクリーンのモニターに、帝国戦艦の艦橋と思われる映像が入ってきた。中央には、司令官らしき人物が、大きく映っている。
「こちらは、帝国軍領内特務艦隊・バーナリ。司令官のメルビス大佐だ。貴艦の船名、及び所属を明らかにしてもらおう」
紺とカーキの帝国軍の軍服を、階級に比べてラフに着こなしていた。若いが、堂々たる風格の男である。おそらくは叩き上げで地位を築いてきたことが、外見からも見て取れた。
通信官でなく、指揮者自らが出てきたということは、それだけマーベリックを評価し、見定めようということであろう。
「こちらの船名はホワイト・キャット。代表のリン。所属は言えない」
船名を除き、シンは事実を告げた。
「ふん、見かけによらず、可愛い船名付けてるじゃないか」
「褒めて頂き光栄だ」
「連邦じゃ、そういうのが流行りなのか?」
いきなり、核心を突いてきた。
「何の事かは知らんが、こちらの艦内では流行っている」
シンがメルビスとやり合う姿を、マーベリックの三人は、息を潜めて見守っていた。同じ頃、帝国軍艦隊内では、ああ大佐は相変わらずだな、と囁きが生まれていた。
「で、その白い子猫が、これからどうするつもりだ?」
「どうもしない。家に帰って寝るだけだ」
「はっ。言うねえ」
「それほどでもない」
「ではその前に、その船、置いていってもらおうか?」
「断る」
両者の距離は、すでに一千四百万キロを切っていた。
「…勝てると思っているのか? たった一機で?」
言葉では馬鹿にしているが、侮ってはいない。メルビスの瞳には、純粋に戦意が宿っている。
「やってみなければ、分からんな」
シンの瞳は、変わらずに冷たい。
僅かな睨み合いのあと、メルビスの方が、その表情を崩した。
「はっ。なるほどな。前の二艦隊がやられる訳だ」
「二艦隊だけで済むかな」
「ふん…。後は拳で語ってもらおうか」
「承知した」
「…じゃあ、な」
僅かな沈黙を経て、通信は切れた。
「なんか、すごいやり取りだったねっ」
途端に、クリスが通信に入ってくる。
「シンって、ああいう話し方もするのね」
「おもしろかったですわ」
ユーキとナチアが、クリスに続いた。
「やってみなければ、分からんな。だって。シンさん、ちょっと渋いよー」
「すまなかった」
クリスに言い方を真似されて、シンは苦笑した。
敵司令官の人なりを知るため、相手のペースに合わせて話をした。それがクリス達には、いつものシンと違い、新鮮に見えたのだろう。しかしおかげで、マーベリック艦内の緊張も、解きほぐすことができた。ここ一週間ほどあった、らしくない雰囲気が薄らいでいた。
「まぁ、でも、いろいろわかったし、よかったわよね」
帝国軍の艦隊を前にして、ユーキの声も明るかった。
「一回目の時みたいな司令官だったらよかったのにねー」
クリスが大きく肩をすくめる。
「残念でしたわね。ワープ・アウトの距離も、今回は絶妙ですし…」
話がでたついでに、ナチアはシンに尋ねた。
「あの時少尉は、ワープ・アウトしてきた相手の距離が近かったからこそ、必ず勝てると、確信したのですわよね?」
いくら仲間を励ますためとはいえ、必ず勝つなどと、普段なら言うシンではない。
にもかかわらず、一回目の戦闘時において、シンは必勝をクリス達に約束した。それは、その後の作戦立案の前提として、敵司令官の人柄を把握したからであった。
「あれほどの近距離にワープ・アウトをしたからな。意識したとしか思えん」
「上手くいけば威嚇になるけれど、一歩間違えば、亜光速・突撃戦になる…。確かに、愚か者のギャンブルですわね」
その後の心理戦も含め、一回目の戦闘は、完全にシンの手のひらの上であった。
「ふふっ。ナチアったら、ずっと気にしてたの?」
「ただの確認ですわ」
「けっこう、しつこいね」
「うるさいですわよ」
クリスの失言を、ナチアは一蹴する。
「いずれにしても、今回の参考にはなりませんわ」
その点については、全員が共通して理解してした。
「強敵、ということよね」
「そうですわね」
ユーキが不敵な笑いを浮べ、ナチアが頷いた。
「あの司令官、白兵戦闘もできそうだし…。一度、手合わせしてみたかったかな」
「あーら、ユーキ。恋する乙女が乱暴ですわよ」
「ふーんだ。ナチアだって、たまには人を投げ飛ばしたいとか、思ってるくせに」
「わたくしは、護身を嗜んでいるだけですわ」
「上品ぶっても、ぜーんぶお見通しなんだから」
「能天気娘に見通されるほど、底は浅くありませんわよ」
「ふふっ…、負けたくないね」
「当然ですわ」
久しぶりに、いつもどおりの会話を行い、ユーキとナチアは、笑顔を交わした。
「じゃあ、二人に続いて、ぼくも頑張らなくっちゃ」
「頼むぞ、クリス」
シンの言葉を受け、クリスは少し、恥ずかしそうに笑う。「うん」
答えてから下を見て、そして顔を上げる。
「ごめんね、シンさん」
「何がだ?」
「この一週間、プリプリしちゃってさ。ぼくの方が悪かったのに、ね…」
「いや、気にしなくていい」
「この戦いが終わったら、ちゃんとキキの設定も直すからさ」
「了解した」
一同が、それぞれの仲直りをしたところで、帝国艦隊との距離が、一千万キロを切った。
「それでは、いくぞ」
「うんっ」
「了解」
「わかりましたわ」
四人の顔が引き締まる。
強敵であることは分かった。だが一方で、相手にとって自分達が強敵であることも、間違いがなかった。
「マーベリック、第一種臨戦態勢へ移行、最大戦速で突っ込む」
シンの声が響き。三人の声が返り。艦内の重力が増し。白い機体が、宇宙空間を貫いた。
<次回予告>
特務艦隊は、初めから包囲陣形をとってきた。
次回マーベリック
第八章 第五十五話「対特務艦隊戦」
「ミサイルきますっ、総数約、二百五十っ!」




