9「アストリットの怒り」①
――王宮。
第一王女アストリット・ウィンザードは数年ぶりに袖を通したドレスに居心地の悪さを覚えていた。
数年前に、顔に傷を負い、最近まで顔の痛みと視力を失った恐怖で口汚い冒険を吐くだけの日々だった。
家族は遠ざかり、使用人たちからも嫌われ、世界を憎んでいた。
そんな世界に光を差してくれたのは、レダ・ディクソンだ。
彼の治癒のおかげで、傷は癒え、視力を取り戻した。
――単純ではあるが、恩人に愛情を抱くのは自然のことだった。
アストリット自身、自覚しているが、肉体は勝手に育ったが精神面ではまだ幼い。
人と接することなく、口を開けば感情的な暴言ばかりでは心が育つわけがない。
しかし、アストリットはここしばらくの間に大きく成長することができたと思っている。
怪我を負う前は、王女として厳しく躾けられていたこともあって、光を取り戻してからの日々への順応は早かった。
ローデンヴァルト辺境伯夫人や、辺境伯妹のヴァレリーのおかげで短い時間では限られていたが、数年分の一部を取り戻せた。
それ以上に、レダたちと過ごすアムルスの日々が、アストリットの心を癒し、成長させてくれたのだ。
――それゆえに、怒りを抱いていた。
王と王妃である両親が認めてくれたとはいえ、正式な結婚ではないが、アストリットは愛するレダと結ばれて幸せだった。
一番は愛娘のミナであり、その次に誰よりも早く彼を射止めたルナがいるが、気になどならない。
レダと、みんなでひとつの家族なのだ。
一度は傷物となり、婚約破棄もした身では、王女に戻ることはできないし、戻る気もない。
アムルスで慌ただしくも賑やかで楽しい日々をずっと過ごしていくと思っていた。
――思っていたのだ。
「ウェルハルト!」
怒鳴り声と共に、弟の部屋の扉を開ける。
執務机で書類を片付けている弟を見つけ、睨みつけた。
一方的に嫌われていると思っていた弟が、引くほどブラコンであったことには驚いたが、良い関係を構築できていると思っていた。
だが、まさか裏でこそこそされていたとは思わなかった。
正直、裏切られた気分だった。
「これはこれは、麗しい姉上。嗚呼、アムルスでの快活な格好をした姉上も素敵でしたが、ドレス姿もお美しい。まさに我が国に咲く一輪の花! そんなお姿を僕に披露してくれるなんて、大陸一の果報者ですぅうううううううううううう!」
びくんびくん、と背をのけ反らせて、痙攣する気色の悪い弟にアストリットの感情が死んだ。




