119「マーゴットの想い」②
「お母様……」
エンジーの瞳から涙が溢れた。
「僕はずっとそう言って欲しかったんだと思います」
「……私は頑張りなさい、応援している、とは言ったことがなかったものね」
幼いエンジーに言う必要はなかったのかもしれない。
エンジーは努力家だ。
頑張っている子に頑張れということは酷である。
しかし、頑張っている子を褒めることはできただろう。
おそらくマーゴットは、エンジーが頑張っていることに満足し、心の中で応援していた。その証拠に、彼のために診療所の準備までしている。
(――ミナの一喝のおかげかな。ずっと会話をしていたのに、どこかズレがあったから助かった。本来なら、俺が言うべきだったのかもしれないけれど、どういえばいいのかわからなかった)
レダ・ディクソンはダークエルフのフィナに拾われて育てられた過去を持つ。
どこから来たのか、実の親は誰なのか、一切不明だ。
母は空から降って来たと言うが、冗談だと思っている。
そんなフィナをはじめ、ボンボや集落のダークエルフたちはとても優しかった。
何かを頑張れば全力で褒め、悪いことをしたら全力で叱ってくれた。
今のレダ・ディクソンがいるのは、心優しい家族に育てられたからだ。
マーゴットが優しい親ではない、などと言うつもりもないし、思ってもいない。
だが、言葉が足りない人であったことは間違いない。
エンジーの本音も溢れた。
マーゴットはもっと言いたいことはあるだろうが、親として大事なことを言えた。
これだけでも大きな成果だ。
今日に今日、親子の仲が改善するとは思わない。それでも、ゆっくりと時間をかけて、新しい家族としての形を作っていくだろうと信じている。
(レイニー伯爵が、エンジーを利用していた自称友人たちは自滅して酷い目に遭ったと言っていたから、怒りをぶつける場所がないと変なことを考えていたけど、エンジーは怒りをぶつけるような子じゃなかった)
愚かなことを考えてしまったとレダは反省した。
「お母様、僕はずっと頑張ってきました」
「ええ、知っているわ」
「でも、お母様もお父様も、お兄様も誰も認めてくれないと――思っていました」
「誤解よ、エンジー。私たちはあなたのことを誇りに思っていたわ。ただ――治癒師ではない私たちはあなたのことをどう褒めればいいのかわからなかったの。それに、あなたは私たちに声をかけられるとひどく緊張していたでしょう」
「……はい」
「だからそっとしておいたの。エンジーが懐いていたメイドに任せてばかりだったことはずっと反省していたわ。当時の私たちは、エンジーに治癒士の才能があることに喜んだわ。喜びすぎていたわ。いずれ――大成する、せずとも我が家に治癒士がいることは良いことよ。結婚だって、選べるわ。もちろん家族も同じよ」
ふう、とマーゴットは大きくため息をついた。
「ミナさんに一喝されて、ようやく自分を冷静にみることができたわ。私は、エンジーのためにとずっと言っていたのに、自分の欲望の方が大きかったのでしょうね。――本当にごめんなさい」
マーゴットは謝罪と共に、大粒の涙を流した。
補足として、マーゴットは欲望を抱きました。
エンジーがいれば、兄や親族が良い結婚ができるだろう。他の貴族に頼られて、家の力も少しずつ増すだろう。いずれは金も稼げる。
色々と計画が浮かびますが、それは仕方がないことであり、同時に、エンジーのためにもなることは事実です。
ただ、会話が足りないこと、エンジーが不審を抱いてしまったこと、心に傷を負ったこと、お互いに向き合わなかったこと、その辺りが悪い方に進んだ感じです。
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