01
執政デューク・デルフォードは来た時のように、いや、それ以上に慌てふためき部屋を飛び出して行った。おそらくは王太后エリノアに報告する。
バリー・レイズの功績とそん色なく、しかも俺は王族。そのうえ敵を二人も生け捕りにした。これを公にすればバリー・レイズを讃える晩さん会はぶち壊しとなる。バリー・レイズはもちろん、熱狂した国民も肩すかしを食らったかっこだ。
デルフォードが一番頭にあったのは間違いなく王太后エリノアのことだ。バリー・レイズを推したのは彼女で、アメリアの危機を救ったのも彼女だと言っていい。
アーロン王の元で執政まで上り詰めたデルフォードである。彼ほどの政治家ともなると俺の方の気持ちも想像するはずだ。この晩さん会を、俺が快く思っていない。
デルフォードは何もなかったかのように今は俺に接しているが、キース・バージヴァルを死罪にしようとした過去がある。それほどキースを危険視していたわけだが、キース自身も大概な男だった。気狂いだと言っていい。
目の前にいる男は品行方正を装っているが、本性はそうでない。そう考えたデルフォードは血の気が引く想いだったろう。
とはいえ、裁判にかけられたのはキースでなく、かく言うこの俺自身。俺はもちろんキース・バージヴァルではないし、この世界にずっと留まるつもりもない。別に何とも思っていないのだが、事情を知らないデルフォードとしてはビビって然るべき。
俺は、賢い王太后エリノアがどういう判断を下すのか待つことにした。そして、思っていた通りエリノアが俺の部屋に姿を現した。落ち着き払っていて、晩さん会を抜けて来たと思えない。優雅でさえあった。
近衛兵長を筆頭に幾人かの兵を引き連れ、傍らには執政デルフォードがいた。廊下からはさっきまで酔った声が聞こえていたのに今は晩さん会から漏れる音楽のみ。俺は軽くひざまずき、挨拶をした。
「王太后陛下。ご機嫌麗しく」
「よくぞ戻られました」
俺は視線を雨男と風太郎に向けた。
「申し訳ございませんが、詳しい話はここでは」
早速デルフォードが近衛兵長に目配せした。察した近衛兵長は捕虜を連れていくよう兵に命じた。
捕虜が出ていくのを確認するとデルフォードは他の者も部屋に戻って頂く、と言った。食べ物はそこに届けるので旅の疲れを取ってくれと付け加えた。
人払いだ。それぞれが部屋に戻っていく。女戦士らはハロルドが連れて行った。皆がいなくなるのを見届けたデルフォードと近衛兵長も部屋を出た。俺とエリノアの二人っきりだ。
グリーンアイ、プラチナブロンドの女。美しいうえに頭が切れ、息子ブライアンを見事に王とした。今回の件も何を企んでいるのか分からない。底知れねぇ、妖しい女だ。
「シーカーと待ち合わせは二十六日後、龍哭岳の大岩壁の下となりました」
「よくやってくれました」 エリノアは頭を下げた。「陛下に成り代わり、礼を申します」
「有難き幸せ」
俺はもう一度ひざまずいた。ブライアン王の分だ。
「コウ・ユーハン殿とウマル・ライスマン殿の件は助かりました。チアナ、イスランとの和平に大いに貢献するでしょう」
エトイナ山行きにチアナとイスランが賛同してもらえないのはもう十分わかった。お互いが歩み寄ることはない。だったらこれ以上、かきまわしてほしくない。不可侵条約のようなものを結ぶのが順当な考えなのだろう。
現時点において、こちら側の条件はいい。チアナとイスランの、辺境の港町での敗北はエンドガーデン全土に広まっている。それでも、それは一部だ。もう一つの戦いでもチアナとイスランは敗北している。
一方の戦いでは王族二人失い、一方の戦いでは二人が捕虜となった。こちらとしては十分力を見せつけたし、寛容さも示す結果となった。脅すにもなだめるにもいい塩梅だ。和平を考えているならエリノアのことだ。この運とツキを逃さず有効活用する。
「心苦しいのですが、殿下の武勲は内密にさせてもらいます。公にするのはエトイナ山への道が確保されたということだけ。ご承諾、頂けるでしょうか」
えらい下からの物言いだ。絶対に断るなということなのだろうな。分かっている。俺もそんなに馬鹿でない。確かに公にすれば民衆は何を言い出すか分かったもんじゃない。裁判にかけろ、は言うだろうな。俺だってかけられたんだ。
気の遠くなるような時間、王族に虐げられて来た。磔にしろという輩も出るかもしれない。和平を求めるのなら、やはりここはチアナとイスランに貸しを作るという感じで、何もなかったように、静かに帰国させるのが妥当なのだろう。
「おおせのままに」
「理解、感謝します。明日の朝、陛下が殿下にお会いになるとおおせられました。お会いになられるのは陛下の執務室です。忘れ無きよう」
えっ、あの王の私室か。アーロン王に毒薬の入った瓶を手渡されたあの部屋だ。それにわざわざ個室っていうのもなぁ、なんか嫌な予感がする。まぁ、所詮相手は子供か。そんなにビビるこったぁねぇだろうが、おそらくはエリノアもそばにいる。
「かしこまりました」
ポーカーフェイスのエリノアにうっすら笑みが見えた。ブライアン王とは明日じかに会うし、もしかして、話は終わったとか。これで俺は無罪放免かぁ?
「着替えて下さい。陛下もお待ちですよ。晩さん会にもう一つ花を添えましょう」
そういう笑顔ね。やっぱ、こいつ、意地が悪いな。話の流れからゆっくり休めるかもと思った俺が馬鹿だった。
大広間の両サイドには二つの長いテーブルが並べられていた。出席者は百人を超えるというのであれば、少なくとも左右おのおの五十人が着席している。正面のテーブルにはブライアン王と王太后エリノア、そしてリーバー・ソーンダイクとその娘クロエ。俺は大広間の中央を歩いてブライアン王の元へと向かった。
俺の登場に誰もフォークを止めない。おしゃべりも盛んで、給仕は活発に動いている。皆、俺の存在を気にも掛けず食事を楽しんでいる。軽んじられているとは思わない。むしろ、喜ぶべきといったところか。
アーロン王の時代、アーロン王の性格を反映してか世の中自体がギスギスしていた。晩さん会なぞは考えられない。民衆が楽しむことが許されない世の中だった。
随分と変わるもんだな。アーロン王がキースを嫌っていたのは周知の事実だった。世間はそれに同調していた。そう言う空気をアーロン王は作っていたんだ。俺なんか公の場に出てみろ。白い目で見られていた。
アーロン王がもしこの場にいたら、悪い意味で皆がフォークを止めたであろう。俺がアーロン王にいびられると誰もが思う。そんなのは見たくはない。俺が現れればその場に嫌な空気が流れる。そりゃぁ、誰もが陰で俺をあざ笑うわ。
バリー・レイズの姿があった。長テーブルの下手の方の席だ。英雄といえどもぽっと出では、国家の序列はまだまだ後ろだ。
両横正面のご婦人紳士に頻繁に話しかけられているようであった。バリー・レイズはフォークを手に持たずに、聞いている風を装っている。パレードの時の冷たい目を思い出すと意外と常識人であることに安心する。
ブライアン王は俺の姿に気付いたようだった。顔がほころぶのが分かった。ウキウキしている。俺が前まで来るのを待っているようだ。
ブライアン王の前で、俺はひざまずいた。ブライアン王がグラスを手に取り、そのグラスをスプーンで叩く。一変、晩さん会は静まり返る。
ブライアン王が立ち上がった。親愛なる臣民よ、と幼いながらはっきりとした言葉で招待者に呼びかけた。デルフォードでなく、王自らがエトイナ山行きを発表するようだ。どうやら俺はブライアン王に気に入られているらしい。




